発売日: 2018年4月27日
ジャンル: シンセポップ、インディーロック、パワーポップ、ダンス・ロック
概要
『Megaplex』は、We Are Scientistsが2018年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、
その名のとおり“巨大娯楽施設”のように、ポップ、エレクトロ、ギター、そしてユーモアがごった煮となった、最もキャッチーで洗練された一枚である。
本作は『Helter Seltzer』(2016年)でのエレクトロ・ポップ志向を引き継ぎつつ、
さらにビート感・メロディ重視の“ポップス志向”を極限まで突き詰めた作風となっている。
その一方で、バンド特有の皮肉や自己ツッコミも健在。
プロデュースは再びMax Hart(Beck、Katy Perryなど)が担当。
ギターの比重は控えめだが、“踊れる・笑える・ちょっと泣ける”というWe Are Scientistsの美学がアルバム全体に隅々まで行き渡っている。
全曲レビュー
1. One In, One Out
シンセがリードする華やかなオープニング。
「ひとつ得れば、ひとつ失う」——バランスを求めるこの哲学的なラインを、軽快なメロディで包んだ傑作ポップチューン。
恋愛や人生のトレードオフを、あくまで軽やかに描く。
2. Notes In a Bottle
メッセージ・イン・ア・ボトルならぬ“メモ書き”の比喩で、伝えられなかった想いと時間差の感情を描く。
タイトなリズムと優しく揺れるボーカルが心地よい。
3. Heart Is a Weapon
最もエッジの効いたロック寄りのナンバー。
“心は武器だ”というメッセージは、恋愛における攻防戦を暗喩しつつ、バンド自身のメロディ哲学をも表している。
4. Your Light Has Changed
イントロのリフが印象的なギター・ポップチューン。
光が変わった=“君はもう昔の君じゃない”という、変化をめぐる戸惑いと諦念を、明るく包み込む。
5. KIT
“KIT”=“Keep in Touch”。
離れてしまった誰かとのつながりを保とうとする、メッセージとノスタルジアが交差するシンセ・バラード。
どこか90年代後半のポップソング感も漂う。
6. No Wait at Five Leaves
タイトルはブルックリンの人気カフェ“五葉”を指すが、内容はすれ違う恋人たちの朝の空気感を捉えたシネマティックな一曲。
コーラスが美しく、都会的な切なさがにじむ。
7. Not Another Word
“もう何も言わないで”というフレーズが、対話の限界と沈黙の美しさを示す。
ダンス・ロックの装いながら、実はとてもパーソナルな内省曲。
8. Now or Never
文字通り“今やるか、永遠にやらないか”の決断ソング。
ミドルテンポながら、内面の緊張感と静かな決意が感じられる。
恋愛でも、人生でも“機は熟した”ことを歌う。
9. You Failed
We Are Scientistsらしいアイロニカルなタイトル。
しかしサウンドは甘く、“君は失敗したけど、だから愛しい”という温かさと皮肉が同居する。
シニカルなのに優しい、不思議なバランスの一曲。
10. Properties of Perception
アルバムを締めくくるインテリジェントなナンバー。
“知覚の性質”という哲学的タイトルを掲げながら、実は恋愛と人間関係のあいまいさを歌っている。
静かに消えるようなエンディングが心に残る。
総評
『Megaplex』は、We Are Scientistsが“自分たちが最も得意とするメロディックでウィットに富んだポップロック”を最大化した作品である。
ギター主体のロックという枠を越えて、ポップであることそのものを肯定する潔さがここにはある。
彼らが2005年にデビューした頃と比べて、音楽の潮流も人々の聴き方も変わった。
だがその中で、“楽しさの中にちょっとの傷跡を残す”というスタンスだけは、何一つブレていない。
それゆえ本作は、若者のアルバムではなく、“大人になってもバカをやりたい人たち”のための理想的なポップソング集として成立している。
おすすめアルバム
- Bleachers『Take the Sadness Out of Saturday Night』
ポップとメランコリーの交差点に立つサウンド。 - Phoenix『Alphabetical』
軽やかだが洗練されたポップサウンド。知的なメロディ運びも共通。 - Fun.『Some Nights』
キャッチーで大仰なのに、どこか孤独な感覚が似ている。 - The Wombats『Beautiful People Will Ruin Your Life』
自虐とポップセンスを兼ね備えた兄弟的存在。 - Rooney『Calling the World』
2000年代の王道パワーポップを現代的に更新したような親和性。
ファンや評論家の反応
『Megaplex』は、“バンド史上最もポップなアルバム”として好意的に受け止められ、
特に「One In, One Out」や「Your Light Has Changed」はライブでも定番化した。
批評家からは、**“深刻ぶらずに音楽と向き合うことの美学”や“年齢を重ねたインディーの理想形”**として評価され、
初期作品よりもむしろこの時期にバンドへ入門したリスナーも多い。
『Megaplex』は、ポップソングが持ちうる“ささやかな魔法”を、
笑いながら、踊りながら、ちょっとだけ泣きながら体験させてくれる。
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