発売日: 1989年9月
ジャンル: パンク・ロック、オルタナティヴ・ロック、パワー・ポップ
概要
『Lick』は、The Lemonheadsが1989年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、
**ハードコア・パンクからメロディックなパワー・ポップへと移行する“過渡期の終着点”**を象徴する重要作である。
本作の制作は、メンバー間の対立と解散寸前の空気の中で行われたため、
収録曲の多くは過去のアウトテイクや再録、EP収録曲の再利用で構成されている。
だがその断片性がむしろ、**The Lemonheadsというバンドの“ぐらぐらと揺れながら生き残る美学”**を強く映し出している。
本作を最後に、創設メンバーのジェシー・ペレッツとベン・ディーリーは脱退し、
以後、エヴァン・ダンドゥが実質的なバンドの中心人物となる。
その意味で『Lick』は、バンド初期の“3人の青春時代”の終焉と、メジャーシーンに向かう新時代の幕開けを告げる分岐点でもあった。
全曲レビュー
1. Mallo Cup
本作を代表するポップ・パンク曲で、のちのLemonheadsのスタイルに直結するナンバー。
「マローカップ(チョコレート菓子)」をモチーフに、甘さと皮肉を絡めたリリックが絶妙。
ジャングリーなギターと切なげなメロディが既に表れており、過去作との明確な違いを印象づける。
2. Glad I Don’t Know(再録)
デビューEPからの再録。
疾走感に満ちたスラッシュ・パンク調だが、ヴォーカルに少しだけ余裕が見えるのが時代の差。
3. 7 Powers
ベン・ディーリーのボーカルによる、どこかシュールでサイケデリックな一曲。
宗教的・神秘的なメタファーを散りばめつつ、演奏は荒々しい。
初期の自由奔放さを象徴する変則トラック。
4. A Circle of One
不穏でメロディックなコード感が印象的なナンバー。
内省的なリリックに、エヴァン・ダンドゥの繊細な感情表現の萌芽が見える。
5. Cazzo di Ferro
インストゥルメンタルで、ハードコアとメタルの要素が交錯。
タイトルはイタリア語で“鉄のアレ”的な意味で、完全な冗談曲ながら演奏は妙に本格派。
6. Anyway
シンプルながらもメロディラインが際立つ佳曲。
アコースティックの響きがのちの『It’s a Shame About Ray』以降のフォーク志向にも通じる。
“初めて未来のLemonheadsを垣間見せた”とも言える重要曲。
7. Luka(スザンヌ・ヴェガのカバー)
本作の最大の注目曲にして、彼らの知名度を押し上げたカバー。
元曲の静かな語りをパンクの疾走感で再構築しながらも、歌詞の社会的テーマ(虐待)を損なわない絶妙なバランスが光る。
8. Come Back D.A.(再録)
前作『Creator』収録曲の再演。
リズムやテンポが微調整されており、こちらのほうがより“完成形”に近い印象。
9. I Am a Rabbit(Proud Scumのカバー)
ニュージーランドのパンク・バンドProud Scumのカバー。
原曲のユーモアと攻撃性を保ちつつ、The Lemonheads特有の“バカっぽさと切なさ”の同居が魅力。
10. Sad Girl
ダンドゥ作によるバラード調のパンク・ナンバー。
メロディの抑制と歌詞の感情の落差が、のちの“泣きメロの王子”時代を予感させる。
11. Ever
ラストにふさわしいミディアムテンポのポップ・チューン。
“永遠”というテーマに対して皮肉とも希望とも取れる歌詞が、青春の終わりと次章への移行を象徴するような締めくくり。
総評
『Lick』は、The Lemonheadsが**“混沌の青春期を駆け抜け、ようやく進む方向を見つけ始めた”**アルバムである。
パンク的衝動、DIY的構成、バンド内の分裂気味な作風、カバー曲の多用——それらは一見散漫にも見えるが、
そこに通底するのは、**エヴァン・ダンドゥという未完成なソングライターの“ポップに向かう意志”**である。
本作を最後に主要メンバーが離れ、ダンドゥ主導のバンド体制となることで、
彼の個性はより明確に、より繊細に開花していく。
だからこそ『Lick』は、“一つの時代の終わり”であると同時に、
The Lemonheadsというバンドの物語の第2章の予告編でもあるのだ。
おすすめアルバム
- The Replacements『Tim』
ラフなパンクから洗練されたメロディへと進化する過程が共通。 - Dinosaur Jr.『Bug』
ノイズとポップ、青春の衝動がせめぎ合う過渡期の記録。 - Teenage Fanclub『A Catholic Education』
初期の荒さとメロディ感覚がLemonheadsと重なる。 - The Descendents『Enjoy!』
短くて速くてちょっとおバカ、でもどこか切ない——そんな共通性あり。 -
Buffalo Tom『Birdbrain』
ボストンの同時代シーンにおける、感情を鳴らすギター・ロックの好例。
ファンや評論家の反応
リリース当初の評価は賛否両論で、特に“再録とカバーが多すぎる”という点が批判されたが、
のちにLemonheadsのファンとなった人々からは、“未完成な彼らの美しさ”を詰め込んだ過渡期の宝石として再評価されている。
特に「Mallo Cup」や「Luka」のような、パンクの形式を借りながらも感情に訴えるメロディは、
90年代のオルタナティヴ・ロックの源泉として、静かにその影響を残し続けている。
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