発売日: 1981年9月14日
ジャンル: ポップ、ソウル、アーバン・コンテンポラリー
概要
『Why Do Fools Fall in Love』は、Diana Rossが1981年にRCAレコードへ移籍後、初めてリリースしたスタジオ・アルバムである。
この作品は、モータウンという“故郷”を離れたRossが、新たな環境で音楽的アイデンティティを再定義しようとした重要作であり、商業的にも大成功を収めた転機の一枚である。
タイトル曲「Why Do Fools Fall in Love」は、1950年代のフランキー・ライモン&ザ・ティーンエイジャーズによるドゥーワップ・クラシックのカバーで、Ross流のポップ解釈によって全米チャートでヒットを記録。
また、当時の婚約者Gene Simmons(KISS)との関係を背景にしたとも噂された「Mirror, Mirror」も大ヒットとなり、恋愛に対する複雑な視点が本作の大きなテーマを成している。
プロデュースはDiana Ross自身が中心となって手がけており、これは彼女のキャリアにおいて初のセルフ・プロデュース作品でもある。
ディスコの終焉を迎えつつあった1981年の音楽状況を映し出しつつ、ポップ、アーバン・ソウル、バラードなどを織り交ぜた構成は、80年代型“多面的な女性像”の幕開けを予感させる内容となっている。
全曲レビュー
1. Why Do Fools Fall in Love
アルバムの表題曲であり、1956年の名曲をカバーしたアップテンポなポップ・ナンバー。
オリジナルのドゥーワップの甘さに、80年代的な軽やかなビートとシンセを加え、現代的にリブート。
Rossの明朗な歌唱とコーラスの掛け合いが絶妙で、アルバムの扉を元気に開けてくれる一曲。
2. Sweet Surrender
エレガントでメロディアスなバラード。
「あなたに降伏することが甘美なの」という内容で、恋に溶けていく心情を描いている。
ストリングスとエレピが空間を彩り、Rossの声は穏やかで繊細。
3. Mirror, Mirror
自己と他者の境界、そして恋愛の駆け引きを描くシャープなポップ・ソウル。
“Mirror, mirror on the wall, tell me, mirror, what is wrong?”と問いかける冒頭は、童話的なモチーフを自己認識のメタファーに昇華している。
ギターのカッティングとキレのあるビートが心地よく、Dianaの知的な魅力が光る。
4. Endless Love(with Lionel Richie)
1981年のサントラからの再収録で、Lionel Richieとのデュエットによる不朽のラブバラード。
アメリカでは9週連続No.1を記録したモンスター・ヒットで、Rossのキャリアを新たなフェーズへ導いた。
柔らかく重なり合う2人の声は、まさに“無限の愛”そのもの。
5. It’s Never Too Late
希望と再生をテーマにしたアップリフティングなポップ・ナンバー。
「遅すぎるなんてことはない」と繰り返すリリックは、キャリアの節目に立つRoss自身の想いを重ねたかのよう。
爽快で明るいコーラスが耳に残る。
6. Think I’m in Love
80年代的エレポップに接近した都会的なトラック。
恋に落ちたばかりの戸惑いとときめきが、機械的なリズムの中に有機的に息づく。
Dianaの囁くようなヴォーカルがミステリアスな雰囲気を醸成する。
7. Sweet Nothings
「甘いささやき」に耳を傾けながら、関係性の曖昧さと心の揺らぎを歌うバラード。
浮遊感のあるシンセとストリングスが、夢と現実の境界を曖昧にしていくような美しさを持つ。
Rossの低音域の美しさが際立つ一曲。
8. Two Can Make It
友情と愛情のはざまにある絆をテーマにした、爽やかなデュエット風ポップ。
ポジティブでカジュアルなリズムが特徴で、70年代ソウルの残り香も感じさせる。
アルバムの中では少しラフで人懐こいタッチの一曲。
9. Work That Body
明快なディスコファンク調のトラック。
「身体を動かして、自分を取り戻そう!」というアクティブなテーマで、運動向けソングとしても人気。
Rossのキレ味あるヴォーカルとグルーヴィーなアレンジがマッチし、アルバムにフィジカルな勢いを加える。
総評
『Why Do Fools Fall in Love』は、Diana Rossが“レーベルの象徴”から“完全な個”へと移行したことを明示する作品である。
セルフ・プロデュースによって生まれた自由度の高さ、80年代的なエレクトロ感の導入、そして「Mirror, Mirror」や「Work That Body」といった自己肯定的な楽曲の存在は、そのすべてが“自己再構築”という意図のもとに配置されているように感じられる。
もちろん「Endless Love」のような美しいラブバラードも収録されており、Rossの“ラヴ・ソングの語り部”としての側面も健在。
だが、それと同時にこのアルバムでは、「自分の足で立つ女性」としての新しい物語がはっきりと始まっている。
ディスコの終焉とポップの過渡期、そしてRCAという新天地――その中でDiana Rossが選んだのは、“声の強さ”でも“流行”でもなく、“選択する力”だったのかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
- 『Diana』 / Diana Ross(1980)
Nile Rodgersらとのディスコ名盤。前作としての流れや音楽的完成度が高く、本作との対比が鮮明。 - 『Can’t Slow Down』 / Lionel Richie(1983)
「Endless Love」のデュエット相手による大ヒット作。80年代ポップソウルの王道。 - 『She Works Hard for the Money』 / Donna Summer(1983)
女性の自立や力強さを歌った点で、本作と思想的な共鳴がある。 - 『Private Dancer』 / Tina Turner(1984)
復活と再生、そして自己表現の深化という意味で、Rossの本作とシンクロする構造を持つ。 - 『Let’s Hear It for the Boy』 / Deniece Williams(1984)
ポップとダンスの交差点で生まれた、軽やかで知的な女性ポップの好例。
後続作品とのつながり
この『Why Do Fools Fall in Love』で得た成功と手応えは、続く『Silk Electric』(1982年)へと受け継がれ、そこではAndy Warholによるアートワークなども含め、さらなる“セルフ・ブランディングの深化”が試みられることになる。
また、Ross自身によるプロデュースは80年代を通じて彼女の作品における重要なスタイルとなり、「歌うだけの存在」から「創り出すアーティスト」への変化が本格化していくのだ。
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