1. 歌詞の概要
「Trigger Cut(トリガー・カット)」は、Pavement(ペイヴメント)が1992年に発表したデビュー・アルバム『Slanted and Enchanted』の2曲目に収録された楽曲であり、彼らの初期スタイルを象徴する混沌としたエネルギーと美意識が見事に凝縮された一曲である。
この曲に明確な物語性は存在しない。むしろ、断片的なフレーズや比喩、そして意味があるようで掴みきれない言葉の連なりによって、“わかりそうでわからない美しさ”が成立している。歌詞のなかには愛や欲望、他者との関係、自己の曖昧な立ち位置といったテーマが揺蕩っており、それはマルクマスが好んで描く「未完成の自分」の姿でもある。
「Trigger Cut」という語は銃器のパーツの名前でもあるが、ここでは比喩的に“きっかけ”や“引き金”を意味するようにも読める。つまりこの曲は、「誰かを好きになること」「何かを始めること」、その不安定な始まりの瞬間に潜む“暴発”のような感情を描いた歌なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Slanted and Enchanted』は、1992年にMatador RecordsからリリースされたPavementのデビュー・アルバムであり、90年代インディー・ロックの礎を築いたとも言える伝説的作品である。「Trigger Cut」はアルバムの2曲目に配置され、1曲目「Summer Babe (Winter Version)」の混沌から一転、よりストレートなギター・ロックの形をとりながら、しかしやはり整いきらない不協和音と雑音の中に存在している。
本作は、初期Pavementが持っていた“音の破綻美”と“詩的ナンセンス”の両方をもっともバランスよく提示した一曲とも言われている。また、レコーディングにはドラマーのゲイリー・ヤングが参加しており、彼の自由奔放なスタイルがこの曲の“崩れそうで崩れない”グルーヴ感を際立たせている。
1992年にはシングルとしても発売されており、B面には「Sue Me Jack」や「So Stark (You’re a Skyscraper)」なども収録された。だが当時はチャート的成功とは無縁で、むしろカルト的支持を得ながら、時間をかけて評価されていった楽曲である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Trigger Cut」の印象的なフレーズを抜粋し、和訳とともに紹介する。
Lies and betrayals
嘘と裏切りFruit-covered nails
果物の飾られた爪──なんて滑稽なElectricity and lust
電気みたいな衝動と、欲望Won’t break the door
それでもドアを壊すことはできないI’m trying, I’m trying, I’m trying, I’m trying
やってるんだ、本当に、ずっと、やってるんだよTrigger cut, waddle with the bottle
トリガー・カット──ボトル抱えてふらついてIs this love?
これって、愛なのか?
出典:Genius – Pavement “Trigger Cut”
4. 歌詞の考察
「Trigger Cut」の歌詞は、まるで詩の断片を無作為に組み合わせたようでいて、その奥には確かな“熱”と“傷”が宿っている。
冒頭の「嘘と裏切り」「果物を飾った爪」というラインは、甘美さと不快感、魅力と痛みといった相反するイメージが同時に表出する表現であり、“他人との関係”に潜む不協和や不安を示しているようでもある。
「Electricity and lust(電気と欲望)」というラインでは、恋愛の衝動性と、予測不能な爆発力が象徴される。だが、それらは結局「ドアを壊せない」、つまり何かを突破するには至らない──この語り手はずっと“入り口”に立ち尽くしているのだ。
「I’m trying(やってるんだよ)」と繰り返すフレーズは、切実な“届かなさ”を伝える。やろうとしても、踏み込もうとしても、何かがいつも阻む。そこには自己否定と諦念、そしてそれでも何とか繋がりたいという小さな意志が込められている。
そしてタイトルにもある「Trigger Cut」は、物事が始まりそうで始まらない、または始めてしまうことへの怖れと期待が入り混じった“境界”のイメージとして機能している。恋愛かもしれないし、音楽かもしれない。いずれにしても、“何かを始めること”は、常にリスクと不安を孕んでいる。それでもこの曲は、その瞬間の“決してきれいではない衝動”を肯定しようとしているのだ。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- In the Mouth a Desert by Pavement
鋭いギターと内省的な歌詞が交錯する、初期Pavementのもうひとつの名曲。 - Here by Pavement
より静かで内向的な視点から“自己否定”を語った、詩的で崩壊寸前の美しい曲。 - Debris Slide by Pavement
パンキッシュなテンションの中に、“何も起きないこと”への苛立ちが炸裂するナンバー。 - Shady Lane by Pavement
Pavementの後期代表曲。優しさとシニシズムの間を揺れるメロディが秀逸。 -
Date with the Night by Yeah Yeah Yeahs
より荒削りで性急な表現を求めるなら、同じ精神を引き継ぐアーティストとしておすすめ。
6. 崩れそうで崩れない、叫びにもならない衝動
「Trigger Cut」は、ロックとして完璧ではない。むしろ未完成で、無防備で、雑味が多い。
だがその雑味こそが、90年代インディー・ロックの本質でもある。完璧に整った言葉や構成では表現できない、感情のよれやねじれ、揺らぎそのものが、ここにはある。
スティーヴン・マルクマスは、この曲で“何かを始めようとして始められない人間”の痛みと、その滑稽さ、そして微かな希望を、ローファイなサウンドに乗せて歌った。
そこには「できなさ」への開き直りも、「それでもやるんだ」という粘り気も共存している。
「Trigger Cut」は、何かを始めたいと願うすべての人に向けた、“躓きながらも前に進もうとする歌”なのだ。
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