発売日: 1982年7月**
ジャンル: パンク・ロック、アメリカーナ、カントリー・パンク、ポストパンク
概要
『Under the Big Black Sun』は、Xが1982年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、
初期パンクの疾走感とアメリカン・トラディショナルな叙情性が劇的に融合した、バンドの転換点にして傑作である。
本作は、ボーカリストExene Cervenkaの姉が交通事故で急死したという個人的な悲劇を背景に制作されており、
その影響がアルバム全体の影のあるトーンと、死と喪失への意識として色濃く反映されている。
前2作よりも音作りはスケールアップし、構成はよりダイナミックに、
そして詞世界はより内省的で詩的な深みを持つようになった。
プロデュースは引き続きRay Manzarek（The Doors）。
Xはここで、パンクのスピリットを残したまま、アメリカーナ、カントリー、ロカビリー、ワルツの要素まで取り込みながら
“哀しみと記憶の音楽”へと進化する。
全曲レビュー
1. The Hungry Wolf
儀式のように始まる狼の遠吠えとパーカッションが印象的なオープニング。
ジョン・ドウとエクシーンのボーカルが動物的な衝動と都市の孤独を交錯させる。
本作のダークな美学を象徴する一曲。
2. Motel Room in My Bed
タイトル通り、モーテルという匿名性の高い空間での孤独を描く曲。
パンクの硬質なリズムの中に“旅芸人のような人生の悲哀”が宿る。
3. Riding with Mary
エクシーンの姉・Mirielleの死をモチーフにした、切実な祈りのようなバラード。
“Maryと一緒に乗ってる”というリフレインは、現実と死後、夢と記憶のあいだを行き来するような美しさと悲しさがある。
4. Come Back to Me
ワルツ調の不穏なカントリー・バラード。
アコーディオンとストリングスが加わり、失われた存在への哀願と、時間の残酷さを演出する。
まるでニック・ケイヴやトム・ウェイツのような深い情念が漂う。
5. Under the Big Black Sun
タイトル曲にして、アルバムの感情の核。
“黒い太陽の下で”とは、希望なき日常、悲しみが照らす世界のこと。
エクシーンのボーカルが詩的かつ破綻寸前のテンションで展開され、パンクとしてではなく詩として響く。
6. Because I Do
本作中もっとも“ポップ”で疾走感のあるナンバー。
それでも歌詞は「そう、私はそうする…なぜならそれが私だから」と、自己を守るための壊れたロジックがにじむ。
7. Blue Spark
隠れた名曲。
ブルーな感情と電撃的な恋を重ねる詞と、
ポップでカラフルな演奏が“情緒の中で笑ってしまうような切なさ”を生む。
8. Dancing with Tears in My Eyes
1930年の古典的ポップ・バラードのカバー。
大恐慌時代のノスタルジアと80年代LAのアングラ感が奇跡的に融合し、
“時代を超える喪失の舞踏”を描く珠玉のカバー。
9. Real Child of Hell
ギターがうねるアグレッシブなナンバー。
タイトル通り、「地獄の申し子」のような自画像を、怒りではなく醒めた観察の目線で描いている。
10. How I (Learned My Lesson)
自嘲的で皮肉の効いたミディアムテンポのパンク・チューン。
“痛い目見て学んだこと”が何だったのかは語られない。
語られない空白が、より多くを語る。
11. The Have Nots
アルバムの締めくくりにふさわしい、労働者階級の“何も持たない者たち”への賛歌。
ロックンロールとカントリーが溶け合い、飲み屋の片隅で交わされる人生の愚痴と美学がそのまま刻まれている。
総評
『Under the Big Black Sun』は、Xがパンク・ロックバンドであることをやめずに、
パンクの“感情表現としての可能性”を最大限に押し広げた作品である。
怒りを叫ぶのではなく、沈黙、喪失、記憶、情愛の重さを引き受けるパンク。
それがここにある。
ジョン・ドウとエクシーンのツインボーカルは、
かつてのようなぶつかり合いではなく、互いの傷を確認するような、沈んだ対話へと進化している。
音楽は荒々しさを残しつつも、より多様で、
ワルツやスウィング、フォーク、ブルースなどが自然に織り交ぜられている。
この作品は、Xというバンドが単なるパンクバンドではなく、
アメリカの光と影を歌う現代詩人集団であることを証明した決定的アルバムだと言える。
おすすめアルバム
- The Gun Club / Miami
カントリーとブルースをパンクに変換したサザン・ゴシックの傑作。 - Violent Femmes / Hallowed Ground
信仰、罪、家庭を題材にした内省的フォーク・パンクの極北。 - Patti Smith / Wave
詩人としての情念とポップな楽曲構成の融合。 - Nick Cave and the Bad Seeds / The Firstborn Is Dead
死と喪失、南部アメリカの神話性を纏った音楽的血族。 - The Replacements / Let It Be
パンクを土台に、家庭、喪失、友情を掘り下げた青春の書。
特筆すべき事項
- アルバムタイトルは**“人生に照らされる光が黒かったらどうする？”というExeneの心象風景**に由来するとされる。“ビッグ・ブラック・サン”は、明るいようで何も見えない世界の隠喩である。
- 『Rolling Stone』誌や『NME』は、本作を1980年代の最重要パンク作品のひとつと評価し、
多くのミュージシャン（Wilco、Sonic Youth、Lucinda Williamsなど）に影響を与えた。 - 特に「The Have Nots」は、アメリカの労働者階級の不満と哀歌をパンクで描いた数少ない楽曲として、その後のオルタナ・カントリー、カウパンク系統のルーツとされている。
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