発売日: 1982年2月**
ジャンル: ニュー・ウェイヴ、ポストパンク、アート・ポップ
『Set』は、Thompson Twinsが1982年にリリースしたセカンド・アルバムであり、
前作『A Product Of… (Participation)』におけるアヴァンギャルドな実験性から一転、
**よりポップでメロディアスな方向へ舵を切った“過渡期の重要作”**である。
後に世界的ヒットを生むトリオ体制へと移行する直前の7人編成によるラスト・アルバムであり、
まだ“ツインズ=双子”ではなく、バンドとしての多層性と集団的創造力が色濃く残っている。
本作では、当時の英国インディー/ニュー・ウェイヴ・シーンにおいて確固たる評価を得ていた
**スティーヴ・リリーホワイト(U2、XTC、Peter Gabriel)**をプロデューサーに起用。
その結果、サウンドは格段に洗練され、エッジの効いたギター、ストリート的ビート、跳ねるシンセが融合した、
アート性とポップ感覚の共存する作風が完成された。
全曲レビュー
1. In the Name of Love
Thompson Twins初の米ダンスチャートNo.1ヒットを記録した代表曲。
カッティング・ギターと跳ねるベースライン、リズムマシンのビートが中毒的。
「愛の名のもとに!」と叫ぶコーラスのインパクトが絶大で、
ファンク、ポストパンク、ニュー・ウェイヴが交錯する、彼らの分岐点。
2. Living in Europe
冷戦下の都市風景と疎外感をテーマにしたシンセ・パンク的楽曲。
モーターリックなビートと無機質なコーラスが、当時のヨーロッパ的緊張感を表現している。
3. Bouncing
ポストパンク的で不穏なノイズ・ポップ。
跳ねるようなギターとユニゾン・ヴォーカルが、不協和ながらも癖になる中毒性を持つ。
4. Tok Tok
アフリカン・ポリリズムに影響を受けたパーカッシヴなトラック。
スチールパン風の音色と女性ヴォーカルが加わり、部族的祝祭と都市のダンスフロアが融合する。
5. Good Gosh
ファンキーなギターとブラス的シンセサウンドを活かした、ユーモアを含んだミドルテンポの一曲。
ポップスとしての構造が明瞭で、後年の大衆的アプローチへの布石ともいえる。
6. The Rowe
本作の中でもっとも内省的なトラック。
リズムを抑えたダウナーなアレンジが、トム・ベイリーのヴォーカルに親密さを与えている。
7. Runaway
叙情的なシンセのフレーズとポリリズムが融合する、躍動的ながらセンチメンタルな曲。
都市からの逃避、または自己との断絶をテーマにしている。
8. Another Fantasy
幻覚的でどこかスカスカとしたポストパンク・ミニマル。
不協和なギターと気怠いヴォーカルが、現実と幻想の境界を揺らす。
9. Fool’s Gold
最も“ポップソング”然とした構成を持つ佳曲。
甘さのあるメロディと軽快なリズムが印象的だが、歌詞には自己批判的なアイロニーが込められている。
10. Crazy Dog
プリミティヴなリズムと遊び心のあるサウンドメイク。
前作『A Product Of…』のトライバルなエネルギーを受け継いだユニークなトラック。
11. Blind
アルバムのラストにふさわしい、静かな余韻と深みを持つ楽曲。
視覚を失うこと、真実が見えないこと、メタファーとしての“盲目”をテーマにした深い内容。
総評
『Set』は、Thompson Twinsにとって**“変化の前夜”を記録した決定的な作品である。
このアルバムではまだトム・ベイリーが完全に前面に出ておらず、
アンサンブルの多様性やコーラスの共有、アイディアの交差といった、“集団創作”の魅力**が息づいている。
とはいえ、「In the Name of Love」のスマッシュヒットは彼らに新たな光を当て、
トム・ベイリーを中心としたトリオ編成への再構築が加速するきっかけともなった。
その意味で本作は、アート性とポップ性、アングラとメインストリームの境界を行き来した貴重な一瞬を捉えたアルバムなのだ。
音楽的にはTalking Heads、Scritti Politti、Heaven 17などと共振しながらも、
Thompson Twinsならではのファンク、ダブ、パーカッション、多国籍感が混ざり合い、
後の『Quick Step and Side Kick』以降の整ったエレポップとは異なる**“ラフで自由な美学”**が展開されている。
おすすめアルバム
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Talking Heads / Remain in Light
アフロビートとアート・ポップの融合が本作と共鳴。 -
Fun Boy Three / Waiting
パーカッシヴな構成とポップの境界を揺さぶる実験性。 -
Heaven 17 / Penthouse and Pavement
エレクトロとポリティクス、ファンクの交錯するニュー・ウェイヴ名作。 -
Simple Minds / Sons and Fascination
同時代のポストパンク的美学とトランシーなサウンドが近い。 -
Haircut 100 / Pelican West
ファンクとポップの軽やかな交差点。ポストパンク後期の明るい表情を持つ対比作として。
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