
発売日: 1985年3月11日
ジャンル: ゴシック・ロック、ポストパンク、ダークウェイブ
『First and Last and Always』は、英国リーズ出身のバンド The Sisters of Mercy が1985年にリリースした初のフルアルバムにして、
ゴシック・ロックの金字塔と称される決定的作品である。
重厚で陰鬱なサウンド、無機質なドラムマシン、そしてアンドリュー・エルドリッチのバリトン・ヴォイスは、
このアルバムによって“音楽としての暗黒美”を確立し、以後のゴス・サブカルチャーに計り知れない影響を与えた。
本作は、当時のメンバーであったゲイリー・マルクス、ウェイン・ハッセイ、クレイグ・アダムスとの唯一の公式スタジオ作品であり、
バンド内外の緊張感がそのままサウンドに昇華された、鋭利で緊迫感のある作風が特徴。
ドラムマシン“Doktor Avalanche”を導入した機械的リズムと、冷たくもエモーショナルなメロディは、
ポストパンクの延長線上にあるゴシック・ロックを完成形へと導いた。
アルバムタイトルの「First and Last and Always」には、愛、信仰、裏切り、そして終焉というテーマが含意されており、
全体を通して“救済なきロマンティシズム”が貫かれている。
全曲レビュー
1. Black Planet
オープニングから全開のゴシック感。
冷たいギターリフと無機質なビートに乗せて、終末的なヴィジョンが展開される。
“Living on the edge of the night”というフレーズが、まさにアルバム全体の心象風景を象徴。
2. Walk Away
アルバム中でも比較的キャッチーでメロディアスな楽曲。
しかし歌詞では「立ち去れ、愛など信じない」と、関係性の冷酷な断絶を歌う。
ダンサブルな要素と絶望の混在がこの時代ならでは。
3. No Time to Cry
内面の崩壊をテーマにしたメランコリックなナンバー。
バリトン・ヴォイスが極めて情緒的であり、シンセとギターの交差も幽玄な印象を与える。
4. A Rock and a Hard Place
“板挟み”というタイトル通り、逃れられない葛藤の中に置かれた存在を描く。
リズムは一見シンプルだが、ギターが冷たく空間を切り裂く。
5. Marian (Version)
ドイツ語と英語を交えたリリックが印象的な、本作中でもひときわ神秘的な楽曲。
“Marian”という女性像は、母性・宗教・幻想すべてを象徴し、
エルドリッチの詞世界が最も濃密に表れた楽曲の一つである。
6. First and Last and Always
タイトル曲にしてアルバムの核心。
愛と崩壊、始まりと終わりが重なる詩的構造で、
その繰り返しのメロディとドラマティックな展開は、儀式のような感覚を生む。
7. Possession
執着と狂気を描いた一曲。
ギターのループが延々と迫りくるようで、リスナーを心理的に追い詰める構成が秀逸。
8. Nine While Nine
“9時から9時まで”というタイトルの通り、時間感覚が歪むような幻想的な曲。
スローで不穏なリズムが、精神的な夜の底を描き出す。
9. Amphetamine Logic
薬物依存、都市の孤独、不条理な欲望が交差する鋭利なナンバー。
リズムのタイトさとリフの切れ味が異様な緊張感を生む。まさに“ロジックなきロック”。
10. Some Kind of Stranger
アルバムを締めくくる7分超の叙事詩的バラード。
まるで記憶と夢の残骸を拾い集めるような構成で、
愛と喪失の余韻を静かに残して幕を下ろす。
総評
『First and Last and Always』は、The Sisters of Mercyにとって“始まりであり終わり”でもある作品である。
音楽的にはこの後『Floodland』『Vision Thing』と続いていくが、
このアルバムで彼らが構築した音楽世界は、ゴシック・ロックのプロトタイプとして完璧に機能している。
特徴的なのは、ドロドロした感情ではなく、抑制された激情が冷徹な美しさとして昇華されていること。
感情を叫ぶのではなく“滲ませる”ことで、かえって深い陰影と中毒性を生んでいる。
まるで冷えきった礼拝堂で、廃墟の中に咲く花を見つけたような感覚——それがこのアルバムの体験である。
ゴシック・ロックというジャンルのビジュアルと音楽的骨格を確立し、
The CureやBauhaus、Siouxsie and the Bansheesとは異なる“鋼鉄のロマンス”を提示した本作は、
今なおゴス・サブカルチャーの礎として強い影響を与え続けている。
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