アルバムレビュー:Floodland by The Sisters of Mercy

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:1987年11月16日

ジャンル:ゴシック・ロック、ポスト・パンク、ダーク・ロック、インダストリアル・ロック、シンセ・ロック

概要

The Sisters of Mercyの『Floodland』は、1987年に発表されたセカンド・アルバムであり、ゴシック・ロックというジャンルを1980年代後半の巨大なスケールへ押し広げた重要作である。1985年のデビュー・アルバム『First and Last and Always』が、ポスト・パンク以降の硬質なギター・ロックを基盤にした作品だったのに対し、本作はより劇的で、シンセサイザー、ドラムマシン、厚いコーラス、重層的なプロダクションを導入し、暗黒のロックをアリーナ級の音像へと変換している。

The Sisters of Mercyは、1980年代英国のポスト・パンクから派生したゴシック・ロック・シーンを代表するバンドのひとつである。ただし、彼らは単に「暗い音楽」を演奏するバンドではなかった。アンドリュー・エルドリッチの低く無機質な声、文学的で皮肉を含む歌詞、ドラムマシン「Doktor Avalanche」による機械的なビート、そしてロックの演劇性を冷笑的に扱う姿勢によって、同時代の他のゴス・バンドとは異なる独自性を築いた。

『Floodland』は、バンド内部の分裂後に制作された作品である。前作後、主要メンバーだったウェイン・ハッセイとクレイグ・アダムスが脱退し、後にThe Missionを結成した。そのため、本作は事実上アンドリュー・エルドリッチ主導のプロジェクトとして成立している。ベースやボーカル面でパトリシア・モリソンが参加しているが、音楽的な方向性や作品全体の統制はエルドリッチの美学が強く反映されている。つまり『Floodland』は、バンド作品でありながら、エルドリッチの構想した暗黒ロック・オペラに近い性格を持つ。

本作のサウンドは、1980年代後半のロック・プロダクションの特徴を色濃く反映している。巨大なリヴァーブ、重いシンセ・ベース、機械的なドラム、荘厳なコーラス、宗教音楽的な響きが組み合わされ、ポスト・パンクの鋭さよりも、終末的なスケール感が前面に出ている。アルバム・タイトルの「Floodland」は、洪水、浸水、崩壊、浄化といったイメージを喚起する。水はここで、救済ではなく、世界を覆い尽くす力として描かれる。都市、身体、信仰、欲望、政治、愛が、すべて濁流の中に沈んでいくような感覚がアルバム全体を支配している。

歌詞の面でも、本作は非常に象徴的である。明確な物語を直線的に語るのではなく、聖書的イメージ、政治的暗示、ドラッグ、性的欲望、権力、破滅、アメリカ的神話、ヨーロッパ的退廃が断片的に配置される。エルドリッチの言葉はしばしば謎めいているが、その曖昧さは単なる難解さではなく、冷戦末期の不安、消費社会の虚無、ロック・スター像への皮肉を複合的に表すための手法である。

The Sisters of Mercyのキャリアにおいて、『Floodland』は最も商業的に成功し、同時に最も象徴的な作品である。「This Corrosion」「Lucretia My Reflection」「Dominion/Mother Russia」といった楽曲は、ゴシック・ロックを地下的なクラブ・ミュージックから、より大きなロック市場へ引き上げた。後のインダストリアル・ロック、ダークウェイヴ、ゴシック・メタル、シンフォニック・ロックにも大きな影響を与え、暗い音楽が必ずしも小規模で内省的である必要はないことを示した。

日本のリスナーにとって本作は、いわゆる「ゴス」という言葉が持つファッション的な印象を超えて、1980年代英国ロックがどのようにポスト・パンク、シンセ・ポップ、ハード・ロック的演劇性を結合させたかを理解するための重要なアルバムである。暗さ、重さ、冷たさ、壮大さが同居する『Floodland』は、ゴシック・ロックの決定的な到達点のひとつである。

全曲レビュー

1. Dominion / Mother Russia

アルバム冒頭を飾る「Dominion / Mother Russia」は、『Floodland』の世界観を一気に提示する大作である。重く反復するビート、シンセサイザーによる広大な空間、低音域で響くエルドリッチの声、そして終末的な合唱が組み合わされ、通常のロック・ソングというよりも、暗黒の儀式の開幕のような印象を与える。

「Dominion」という言葉は、支配、領土、権力を意味する。歌詞には、政治的な緊張、宗教的な象徴、個人の欲望が重なり合っている。1980年代後半という冷戦末期の文脈を考えると、「Mother Russia」という副題は非常に重要である。ソ連や東側世界への暗示は、単なる地政学的な言及ではなく、巨大な権力構造、歴史の重圧、個人を飲み込む国家的スケールを象徴している。

音楽的には、The Sisters of Mercyが前作のギター中心のゴシック・ロックから、よりシンセティックで巨大な音響へ移行したことが明確に示される。ドラムマシンのビートは人間的な揺らぎを排し、冷たく機械的に進む。その上に、ロック的なギターの緊張感と、映画音楽的なシンセの広がりが重ねられる。この構造によって、曲は踊れるロックであると同時に、黙示録的なサウンドスケープにもなっている。

「Mother Russia」のパートでは、より荘厳で政治的なニュアンスが濃くなる。ここでのロシアは、具体的な国家というよりも、ヨーロッパ的想像力の中にある巨大で冷たい他者として機能している。The Sisters of Mercyは、この曲でゴシック・ロックを個人的な憂鬱から引き離し、歴史、国家、権力、終末という大きな主題へ拡張している。

2. Flood I

「Flood I」は、アルバム・タイトルにもつながる中心的なイメージを担う楽曲である。洪水は、古くから神話や宗教において破壊と浄化の象徴として扱われてきた。本作における洪水も、単なる自然災害ではなく、感情、欲望、罪、記憶、文明の崩壊を一気に押し流す力として描かれる。

サウンドは、ゆっくりとしたテンポと重いビートによって進行する。ギターは前面で激しく暴れるというより、暗い波のように背後でうねる。シンセサイザーは冷たい空間を作り、エルドリッチの低いボーカルがその中に沈み込む。ここでは、曲の構造そのものが水の動きに近い。押し寄せ、引き、また押し寄せるような反復が、聴き手をアルバムの暗い水域へ引き込む。

歌詞には、愛や欲望が救済ではなく破滅を招くものとして現れる。The Sisters of Mercyの世界では、ロマンティックな感情は清らかなものではなく、権力関係や依存、喪失と密接に結びつく。「Flood I」では、その感情が水のイメージと結びつき、主体を飲み込む圧倒的な力になる。愛は人を満たすのではなく、境界を失わせ、沈める。

この曲は、アルバム全体の雰囲気を理解するうえで重要である。『Floodland』は、激しいギター・ロックのアルバムであると同時に、沈降のアルバムでもある。上昇や解放ではなく、深く暗い場所へ落ちていく感覚が、本作の美学を形成している。

3. Lucretia My Reflection

「Lucretia My Reflection」は、『Floodland』を代表する楽曲のひとつであり、The Sisters of Mercyの魅力が最も明快に表れたナンバーである。機械的なベースライン、ドラムマシンの直線的なリズム、暗くキャッチーなメロディ、そしてエルドリッチの低音ボーカルが組み合わされ、ゴシック・ロックでありながら非常に強いダンス性を持っている。

タイトルにある「Lucretia」は、古代ローマのルクレティアを連想させる。歴史上のルクレティアは、貞節、暴力、権力、政治的転換と結びつく人物であり、その名を用いることで、曲には個人的な恋愛を超えた象徴性が加わっている。「My Reflection」という言葉は、相手を自分の鏡像として見る感覚を示す。つまり、この曲では他者への欲望が、自己認識や権力の問題と絡み合っている。

歌詞は断片的であり、明確なストーリーよりも、戦争、崩壊、欲望、共犯関係のイメージが連続する。特に「世界が崩れていく中で、鏡像としての相手と向き合う」という構図は、『Floodland』全体のテーマと深く結びついている。相手は救いではなく、自己の暗部を映し返す存在である。

音楽的には、ベースの役割が極めて重要である。反復する低音は、曲をダンス・トラックのように前進させながら、同時に逃れられない宿命のような重さを与える。ドラムマシンは冷たく正確で、そこにギターとシンセが厚みを加える。この組み合わせは、後のインダストリアル・ロックやダークウェイヴにも通じる。人間的な情熱と機械的な冷たさが同時に存在する点が、この曲の最大の特徴である。

4. 1959

「1959」は、アルバムの中で最も異質な楽曲である。巨大なドラムマシンや重厚なシンセ・アレンジを中心とする他の曲に比べ、この曲はピアノを主体とした静かなバラードとして構成されている。エルドリッチのボーカルも、ここでは威圧的な低音の語りというより、より内省的で脆さを感じさせる。

タイトルの「1959」は、アンドリュー・エルドリッチの生年を想起させる。したがってこの曲は、個人的な記憶、出生、時間の経過をめぐる作品として読むことができる。歌詞には、過去への回想と、そこから逃れられない感覚が漂っている。The Sisters of Mercyの歌詞はしばしば抽象的だが、この曲では比較的個人的な響きが強い。

音楽的には、余白が重要である。大音量のギターや合唱がないことで、言葉と声の輪郭が際立つ。ピアノの響きは冷たく、華麗な装飾ではなく、むしろ孤独な部屋の中で鳴っているような印象を与える。『Floodland』の中でこの曲が果たす役割は、巨大な外界の崩壊を描く曲群の中に、個人の内面を挿入することである。

「1959」は、ゴシック・ロックの本質が必ずしも轟音や演劇性だけにあるわけではないことを示している。静けさ、時間、記憶、喪失もまたゴシックな感覚を構成する。この曲があることで、アルバムは単なる壮大な暗黒ロック作品ではなく、個人史と世界の崩壊が重なる作品として深みを増している。

5. This Corrosion

「This Corrosion」は、『Floodland』最大のハイライトであり、The Sisters of Mercyのキャリアを代表する楽曲である。ジム・スタインマンのプロダクションによるこの曲は、ゴシック・ロックをほとんどロック・オペラの領域へ押し上げている。巨大なコーラス、劇的な展開、シンセサイザーの厚い層、執拗な反復、エルドリッチの低音ボーカルが一体となり、過剰なまでに壮麗な音像を作り出している。

タイトルの「Corrosion」は腐食、侵食を意味する。これは単に物質が錆びることではなく、人間関係、信仰、言葉、権力、音楽そのものが内側から崩れていく感覚を表している。歌詞は非常に断片的で、宗教的なフレーズ、愛の言葉、命令形、皮肉な反復が組み合わされている。曲全体は、巨大な聖歌のようでありながら、その中心には腐敗と空虚がある。

この曲は、しばしばロックの大仰さそのものへの批評としても解釈される。ジム・スタインマンはMeat Loafなどで知られる、過剰で劇的なロック・プロダクションの名手である。その手法をThe Sisters of Mercyが用いることで、曲は本気で壮大であると同時に、壮大さそのものを皮肉っているようにも聞こえる。つまり「This Corrosion」は、ゴシック・ロックのアンセムでありながら、アンセムという形式への冷笑も含んでいる。

音楽的には、合唱の使い方が決定的である。ゴスペルや宗教音楽を思わせる集団の声が、神聖さではなく、むしろ終末的な狂騒を生み出している。エルドリッチの声はその中心で、司祭のようでもあり、扇動者のようでもあり、破滅を見届ける観察者のようでもある。曲の長さと反復は、通常のポップ・ソングの枠を超えており、聴き手を一種の儀式的な時間へ巻き込む。

「This Corrosion」は、1980年代ゴシック・ロックの象徴的な到達点である。暗さを小さな部屋の内省に閉じ込めるのではなく、巨大な劇場、教会、廃墟、クラブが一体化したような空間へ拡張した。この曲の成功によって、The Sisters of Mercyは単なるゴス・シーンのバンドではなく、ロックの演劇性を再定義する存在となった。

6. Flood II

「Flood II」は、「Flood I」と対をなす楽曲であり、アルバムの水のイメージをさらに大きく展開する。前半の「Flood I」が沈み込むような重さを持っていたのに対し、「Flood II」はより推進力があり、切迫した感覚が強い。水はここで静かに満ちるものではなく、制御不能な力として押し寄せる。

歌詞には、愛、欲望、破壊、降伏のイメージが混在している。The Sisters of Mercyにおいて、愛はしばしば宗教的な救済と似た形で語られるが、実際には救済よりも支配や崩壊に近い。「Flood II」では、その感情が洪水として描かれることで、個人の意思を超えた力になる。人は愛を選ぶのではなく、愛に飲み込まれる。

音楽的には、ドラムマシンのリズムが曲を強く前進させる。ギターとシンセは、旋律を支えるだけでなく、波のような厚みを作る。エルドリッチの声は低く、感情を爆発させるというよりも、すでに破滅を受け入れた人物のように響く。この冷静さが、曲の激しさをさらに際立たせている。

「Flood II」は、アルバムの構成上、非常に重要な位置にある。「This Corrosion」の劇的な頂点を経た後、作品は再び水のイメージへ戻る。これは、アルバム全体が単なる曲の集合ではなく、洪水という大きな概念を中心に循環していることを示している。破滅、浄化、欲望、記憶がすべて水に変換され、聴き手はその中を漂うことになる。

7. Driven Like the Snow

「Driven Like the Snow」は、アルバムの中でも冷たさと移動感が強く表れた楽曲である。タイトルは、雪のように吹き流される、あるいは追い立てられるというイメージを持つ。水のアルバムである『Floodland』の中で、雪という凍った水のイメージが現れることは象徴的である。ここでは感情が流動するのではなく、凍りつき、風に運ばれる。

サウンドは比較的抑制されており、重厚ではあるが、「This Corrosion」のような過剰な劇性ではなく、冷たい持続感が中心となる。リズムは機械的に進み、ギターとシンセが白く霞んだ風景を作る。曲全体には、荒野や夜の高速道路を進んでいるような孤独感がある。

歌詞には、漂流、逃避、追放の感覚がある。人は自分の意志で移動しているように見えて、実際には何かに追い立てられている。愛、過去、政治、欲望、あるいは自分自身の内面から逃れようとしても、その力は背後から迫ってくる。「Driven Like the Snow」は、そうした逃走の不可能性を描いている。

The Sisters of Mercyの音楽では、移動のイメージがしばしば登場する。しかしそれは自由な旅ではなく、追放や逃避に近い。この曲でも、進むことは解放ではなく、孤独の確認である。雪のように吹き流される存在は、方向を自分で決めることができない。そこに本作の冷たく厳しいロマンティシズムがある。

8. Never Land

「Never Land」は、アルバム終盤に置かれた幻想的な楽曲である。タイトルはピーター・パンの「ネヴァーランド」を連想させるが、The Sisters of Mercyの文脈では、子供の夢の国というより、到達できない場所、時間が止まった場所、あるいは現実から切り離された死の領域に近い。

音楽的には、非常に空間的で、アルバムの中でもアンビエント的な性格を持つ。はっきりとしたロック・ソングの構造よりも、音の広がりと雰囲気が重視されている。シンセサイザーは暗い霧のように広がり、ボーカルはその中から遠く響く。リズムの存在感も抑えられ、曲は現実感を失っていく。

歌詞のテーマは、逃避と永遠である。ネヴァーランドは、現実の痛みから逃れられる場所であるかもしれない。しかし同時に、そこは成長も変化もない停止した世界である。The Sisters of Mercyは、この幻想の場所を単純な救いとして描かない。むしろ、そこには生から切り離される不気味さがある。

アルバム全体の流れの中で、「Never Land」は終着点のように機能する。洪水に飲み込まれ、腐食し、雪に吹き流された後、聴き手は現実から離れた場所へたどり着く。しかしそこは楽園ではない。沈黙、空白、永遠の停滞が待っている。『Floodland』が描く破滅は、爆発的な終末ではなく、最終的には音が遠のき、世界が薄れていくような終末である。

9. Torch

「Torch」は、追加曲や拡張版で聴かれることの多い楽曲であり、『Floodland』の世界観を補完する重要なナンバーである。タイトルの「Torch」は松明、炎、あるいは「torch song」という言葉に見られるような未練を抱えた恋愛歌を連想させる。水と冷たさが支配する本作の中で、炎のイメージは対照的である。

歌詞には、愛の残り火、過去への執着、失われた関係を照らし続ける感覚がある。The Sisters of Mercyにおける炎は、温かい救済というより、暗闇の中で消えそうに揺れる危うい光である。松明は道を照らすが、同時に燃え尽きる運命にある。この曲では、愛が持続する力であると同時に、消耗する力でもあることが示される。

音楽的には、アルバム本編の巨大な音像に比べるとややコンパクトだが、エルドリッチ特有の低い声と、暗いメロディの魅力は明確である。シンセとギターのバランスも、『Floodland』期のサウンドをよく表している。ドラマティックでありながら、過度に膨張しすぎないため、曲の核にある哀感が伝わりやすい。

「Torch」は、本作の水のイメージに対して、炎という別の象徴を差し込むことで、アルバムの主題をより立体的にする。洪水によってすべてが流されても、なお消えずに残るものがある。それは希望というより、未練や執着に近い。The Sisters of Mercyは、その感情を美化せず、暗い光として描いている。

10. Colours

「Colours」は、The Sisters of Mercyの暗い美学を、より抽象的な形で示す楽曲である。タイトルは「色彩」を意味するが、ここでの色は明るい多様性ではなく、感情や記憶、政治的象徴、所属の印として機能する。色は世界を彩るものではなく、人を分類し、縛り、時には争いへ導く記号でもある。

音楽的には、比較的抑制された構成で、重く冷たい空気が曲全体を覆う。エルドリッチの声は低く、淡々としている。旋律は大きく開かれるのではなく、暗い輪郭を描きながら進む。『Floodland』本編の曲群に比べると派手な劇性は少ないが、その分、The Sisters of Mercyのミニマルで冷徹な側面がよく表れている。

歌詞では、色が象徴として扱われることで、個人の感情と社会的・政治的な意味が重なる。愛や欲望が個人的なものにとどまらず、旗、制服、所属、敵味方といった大きな構造に接続される点は、The Sisters of Mercyらしい。彼らの音楽では、個人の暗い感情と歴史的・政治的な暗さがしばしば区別できない形で結びつく。

「Colours」は、『Floodland』の拡張的な理解において重要である。本編の壮大な曲に比べると目立ちにくいが、バンドの本質である冷たさ、象徴性、反復の美学を凝縮している。暗いロックを単なる感情表現ではなく、記号と権力の音楽として扱うThe Sisters of Mercyの姿勢が見える楽曲である。

総評

『Floodland』は、The Sisters of Mercyがゴシック・ロックの枠組みを大きく拡張したアルバムである。デビュー作『First and Last and Always』がポスト・パンク的な緊張とギター・ロックの鋭さを中心にしていたのに対し、本作はシンセサイザー、ドラムマシン、巨大なコーラス、映画的な構成を導入し、暗黒の音楽を壮大な建築物のように組み上げている。これは単なる音の豪華化ではない。ゴシック・ロックが持つ宗教性、演劇性、退廃、冷笑、終末感を、1980年代後半のプロダクション技術によって最大化した作品である。

本作の中心には、アンドリュー・エルドリッチの美学がある。彼のボーカルは感情を熱く歌い上げるのではなく、低く、冷たく、時に命令するように響く。この声は、ロック・シンガーというより、廃墟の中で儀式を進行する司祭や、破滅を冷静に観察する語り手に近い。歌詞もまた、直接的な告白ではなく、象徴、引用、皮肉、政治的暗示によって構成される。そのため『Floodland』は、聴き手に明確な答えを与えるアルバムではない。むしろ、暗いイメージの連鎖によって、聴き手を作品の内部へ引き込む。

アルバム全体のテーマとして最も重要なのは、洪水と腐食である。「Flood I」「Flood II」における水は、感情や欲望が制御不能になる状態を象徴する。「This Corrosion」における腐食は、関係、信仰、言葉、社会が内側から崩れていく感覚を示す。「Dominion / Mother Russia」では、個人の破滅が国家や歴史のスケールへ拡張される。「1959」では、世界の崩壊が個人の記憶へ戻される。「Never Land」では、破滅の先にある停止した幻想の場所が描かれる。こうして本作は、個人、歴史、欲望、政治、神話を同じ暗い水位の中に沈めていく。

音楽的にも、『Floodland』は非常に独自の位置にある。ゴシック・ロックでありながら、単なるギター・バンドのアルバムではない。ドラムマシンの機械的なビートは、ポスト・パンクの冷たさを継承しつつ、インダストリアル・ロックやダークウェイヴにも接続する。シンセサイザーの厚い音響は、シンセ・ポップの洗練とは異なり、より荘厳で不吉な空間を作る。ギターは主役であると同時に、巨大な音響の一部として組み込まれている。このバランスによって、本作はロック、クラブ・ミュージック、映画音楽、宗教音楽の要素を横断している。

1980年代後半の英国ロックにおいて、本作はブリティッシュ・インディーの一部でありながら、同時にメインストリームのスケールを持っていた。The CureやSiouxsie and the Bansheesがゴシック的感性をポップやアート・ロックへ接続したのに対し、The Sisters of Mercyはより冷たく、機械的で、権威的な音像を選んだ。そこにはロックのロマンティシズムへの憧れと、それを冷笑する知性が同居している。『Floodland』が今なお独特の緊張感を保っているのは、この二重性のためである。

後続の音楽シーンへの影響も大きい。ゴシック・メタルやインダストリアル・ロックの多くは、本作が示した「暗さを巨大な音響へ拡張する」発想を受け継いだ。低音ボーカル、機械的なビート、荘厳なシンセ、終末的な歌詞という組み合わせは、1990年代以降のダークなロック表現に広く影響している。また、クラブで機能するゴシック・ロックという意味でも、「Lucretia My Reflection」や「This Corrosion」は重要であり、ゴス・クラブ文化における定番曲として長く聴かれてきた。

日本のリスナーにとって『Floodland』は、ゴシック・ロックを理解するうえで非常に有効な入口である。暗い音楽というと、内向的で小規模な表現を想像しがちだが、本作はその反対である。暗さはここで巨大化し、劇場化し、時には踊れるものになる。宗教的な荘厳さ、SF的な冷たさ、政治的な不穏さ、恋愛の破滅感が同時に存在するため、ポスト・パンク、インダストリアル、シンセ・ロック、ダークウェイヴに関心を持つリスナーにも重要な作品である。

『Floodland』は、The Sisters of Mercyの最高傑作として語られることが多い。理由は明確である。楽曲の強度、音像の統一感、象徴の豊かさ、時代性、そしてジャンルへの影響力が高い水準で結びついているからである。これは単に「ゴスの名盤」ではなく、1980年代後半のロックが、暗黒性とポップなスケールをどこまで結合できるかを示した作品である。洪水のように押し寄せ、腐食のように内側から侵食し、最後には現実の輪郭を曖昧にしていく。『Floodland』は、そのタイトル通り、聴き手を暗い水の大陸へ沈めるアルバムである。

おすすめアルバム

1. The Sisters of Mercy『First and Last and Always』(1985年)

The Sisters of Mercyのデビュー・アルバム。『Floodland』に比べるとギター・ロック色が強く、ポスト・パンク由来の鋭さが前面に出ている。バンドとしての初期の緊張感、乾いたリズム、冷たいボーカルの魅力を理解するうえで欠かせない作品である。『Floodland』の巨大な音像がどこから発展したのかを知るための重要な一枚。

2. The Mission『God’s Own Medicine』(1986年)

The Sisters of Mercy脱退組であるウェイン・ハッセイとクレイグ・アダムスが結成したThe Missionのデビュー作。よりギター中心で、ロマンティックかつスピリチュアルなゴシック・ロックを展開している。『Floodland』がエルドリッチの冷たい美学を示す作品だとすれば、本作は分裂後のもう一方の可能性を示すアルバムである。

3. Fields of the Nephilim『Dawnrazor』(1987年)

英国ゴシック・ロックのもうひとつの重要作。西部劇的な荒野のイメージ、低音ボーカル、重いギター、神秘主義的な歌詞が特徴である。The Sisters of Mercyと比較すると、より土埃のある呪術的な雰囲気を持つ。1980年代後半のゴシック・ロックの広がりを理解するうえで有効な作品。

4. The Cure『Disintegration』(1989年)

ゴシック的な美意識を、より内省的でメランコリックな方向へ発展させたThe Cureの代表作。『Floodland』が機械的で荘厳な暗黒性を持つのに対し、『Disintegration』は感情の崩壊や喪失を長い余韻の中で描く。1980年代後半のダークなロック表現を比較するうえで重要なアルバムである。

5. Siouxsie and the Banshees『Juju』(1981年)

ゴシック・ロックの形成に大きな影響を与えた作品。鋭いギター、呪術的なリズム、スージー・スーの存在感あるボーカルが一体となり、ポスト・パンクからゴシックへの移行を象徴している。『Floodland』のような巨大な音像とは異なるが、ゴシック・ロックの原型を知るために欠かせない一枚である。

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