
発売日:2019年
ジャンル:ローファイ・インディー・ロック、ベッドルーム・ポップ、スロウコア、ポスト・パンク、インディー・フォーク、ドリーム・ポップ
概要
Current Joysの『B-Sides, Rarities and Demos』は、Nick Rattiganによるソロ・プロジェクトの裏側、すなわち完成されたスタジオ・アルバムの表面からこぼれ落ちた断片、初期衝動、未整理の感情、デモ録音の粗さを集めた作品である。Current Joysは、もともとSurf Curseのドラマー/ヴォーカリストとしても知られるRattiganが、自身の内面をより直接的に表現するためのプロジェクトとして発展してきた。『Wild Heart』『Me Oh My Mirror』『A Different Age』などで示された、ローファイな録音、反復するギター、ドラムマシン的なビート、震える声、映画的な孤独は、インディー・ロックやベッドルーム・ポップの文脈で強い支持を得てきた。
本作は、通常の意味でのオリジナル・アルバムではない。タイトルが示す通り、Bサイド、レア音源、デモをまとめた作品であり、統一されたコンセプトを持つ一枚というより、Current Joysの創作過程に残されたスケッチブックのような性格を持つ。完成品として整えられたアルバムではなく、むしろ完成に向かう前の感情、録音の傷、声の揺れ、未完成だからこそ残る切実さを聴く作品である。
Current Joysの音楽において、ローファイであることは単なる録音上の制約ではない。それは美学であり、感情の形式である。きれいに磨き上げられた音ではなく、部屋の空気、録音機材の限界、声の近さ、ノイズ、反復の粗さが、そのまま孤独や焦燥の表現になっている。『B-Sides, Rarities and Demos』では、その美学が特にむき出しになっている。正規アルバム以上に、楽曲は脆く、短く、素朴で、時に断片的である。しかしその未完成さが、Rattiganの表現の核心を見えやすくしている。
本作に収められた楽曲群には、Current Joysの複数の顔が現れる。初期のポスト・パンク的な直線性、ローファイ・ガレージの荒さ、ドリーム・ポップ的な浮遊感、スロウコア的な沈黙、フォーク的な独白、そして映画の一場面を切り取ったような短い情景。これらは必ずしも整然と並んでいるわけではないが、すべてに共通するのは、Nick Rattiganの感情が非常に近い距離で聴こえることだ。
歌詞面では、孤独、若さ、恋愛の失敗、自己嫌悪、逃避、映画への憧れ、夜、部屋、身体の疲労、そして時間の経過が繰り返し現れる。Current Joysの歌詞は、複雑な物語を語るというより、ある瞬間の感情を短い言葉で刻むことが多い。言葉は時に単純で、時に反復的である。しかし、その単純さは浅さではない。むしろ、感情があまりに切実であるために、言葉が最小限に削られているように響く。
『B-Sides, Rarities and Demos』は、Current Joysの入門作としてはやや特殊である。代表的なアルバムの完成度を知るには『Wild Heart』や『A Different Age』の方が適している。しかし、Current Joysというプロジェクトの根にある感情の裸形、録音の私密性、楽曲が生まれる直前の不安定な状態を理解するには、本作は非常に重要である。ここには、完成された名曲の陰にある試行錯誤、そしてRattiganがなぜこのような音楽を作り続けてきたのかを示す痕跡が残されている。
全曲レビュー
1. Amateur
「Amateur」は、Current Joysの根本的な美学を象徴するようなタイトルを持つ楽曲である。「アマチュア」という言葉には、未熟さ、専門家ではないこと、技術的な不完全さが含まれる。しかしCurrent Joysにおいて、その不完全さは欠点ではなく、むしろ表現の中心である。整いすぎた音では届かない感情が、粗い録音や不安定な歌声によって伝わる。
音楽的には、シンプルなギターと近い距離のヴォーカルが中心となる。大きなアレンジよりも、曲が生まれた瞬間の感触が重視されている。ビートやコード進行は簡潔だが、その反復が心の中で同じ考えを何度も巡らせるような効果を生む。
歌詞では、自分が未熟であること、自信を持てないこと、それでも表現せざるを得ないことがにじむ。Current Joysの音楽には、完璧な自己像ではなく、不器用なまま何かを差し出す誠実さがある。「Amateur」は、その姿勢を非常に直接的に示す曲である。
2. Become the Warm Jets
「Become the Warm Jets」は、タイトルからBrian Eno『Here Come the Warm Jets』を想起させる楽曲であり、Current Joysの音楽的な参照点の広さを感じさせる。だが、Rattiganの解釈はアート・ロック的な華やかさよりも、より内向的でローファイな質感へ向かう。
音楽的には、淡いノイズとギターの反復が印象的である。曲は大きく展開するより、ひとつの感情の中に沈み込む。温かさを示すタイトルとは裏腹に、音には冷たさや距離感もある。Current Joysの音楽では、暖かさと孤独がしばしば同時に存在する。
歌詞では、何か別のものになりたい、現在の自分から抜け出したいという感覚が読み取れる。若さの中には、自分自身でいることへの違和感がある。別の音、別の身体、別の映画の中の人物になりたい。この曲は、その変身願望をローファイな幻想として鳴らしている。
3. Kids
「Kids」は、Current Joysが繰り返し扱ってきた若さと不安を象徴する楽曲である。子ども、あるいは若者であることは、自由や無邪気さだけを意味しない。むしろRattiganの歌において若さは、感情を処理できないこと、孤独を言葉にできないこと、未来が見えないことと深く結びついている。
音楽的には、簡素で、どこか頼りないギターの響きが中心にある。勢いのあるロックとして鳴る部分があっても、そこには勝利感よりも焦燥がある。Current Joysの初期作品にある、走り出したいのにどこへ向かえばよいか分からない感覚がよく出ている。
歌詞では、若者たちの不器用な感情、関係の曖昧さ、そして大人になることへの恐れが描かれる。青春は後から見れば美しいかもしれないが、その最中にいる者にとっては、混乱と痛みの連続である。この曲は、その現実を飾らずに提示している。
4. My Motorcycle
「My Motorcycle」は、Current Joysの音楽にしばしば現れる移動と逃避のイメージを持つ楽曲である。バイクは自由、速度、孤独、危険、そしてどこかへ行きたいという衝動を象徴する。Rattiganの音楽において、移動は必ずしも解決ではない。むしろ、止まっていることに耐えられない心の状態を示す。
音楽的には、軽い疾走感がありながら、録音は粗く、どこか夢の中の乗り物のように響く。ギターの反復は道路のリズムのようで、ヴォーカルはその上を不安定に漂う。曲は外へ向かっているようで、実際には語り手の内面を走っている。
歌詞では、バイクに乗ってどこかへ向かうこと、あるいは向かいたいという願望が歌われる。だが、その目的地は明確ではない。重要なのは到着することではなく、現在の場所から離れることだ。この逃避の感覚が、Current Joysらしい切なさを作っている。
5. The Breakfast Club
「The Breakfast Club」は、1980年代青春映画への参照を含むタイトルを持つ楽曲である。Current Joysの音楽には映画への強い憧れがあり、Rattiganはしばしば自分の感情を映画のシーンのように切り取る。この曲も、青春映画の記憶と実際の孤独が重なるように聴こえる。
音楽的には、ローファイなギターと淡いメロディが中心で、どこか回想的である。映画の中の若者たちは、悩みを抱えながらも物語の中で意味を得る。しかし現実の若者の感情は、そう簡単には整理されない。曲にはその落差がある。
歌詞では、映画的な青春への憧れと、自分自身の青春の不完全さが重なる。人は映画の登場人物のように生きたいと願うが、現実には台詞も結末も用意されていない。Current Joysは、その不完全な現実を、映画への憧れを通じて表現している。
6. Weird Science
「Weird Science」もまた、1980年代のポップ・カルチャーを連想させるタイトルを持つ楽曲である。奇妙な科学という言葉には、人工的に何かを作り出すこと、感情や人間関係を理解しようとする不器用な試みが含まれる。Current Joysの文脈では、恋愛や自己認識そのものが「奇妙な実験」のように響く。
音楽的には、シンプルながら少し不穏な空気がある。曲は明るく弾けるというより、奇妙な距離感を保ちながら進む。ギターや声の粗さが、タイトルの持つ不安定な実験性と合っている。
歌詞では、他者を理解したい、自分を変えたい、感情を操作したいという願望がにじむ。しかし人間の心は科学実験のようには扱えない。失敗し、予測できず、思い通りにならない。その不器用さが曲の中心にある。
7. Lullaby
「Lullaby」は、子守歌というタイトルを持つ楽曲であり、Current Joysの中でも柔らかく、静かな側面を示す。子守歌は本来、誰かを眠らせ、安心させるための歌である。しかしRattiganの世界では、眠りはしばしば孤独や逃避とも結びつく。眠ることは癒やしであり、同時に現実から離れることでもある。
音楽的には、穏やかなテンポと控えめなギターが中心である。声は近く、まるで部屋の中で一人に向けて歌っているように響く。大きな展開はないが、その小ささが曲の親密さを強めている。
歌詞では、誰かを慰めるような言葉、あるいは自分自身を眠らせようとする言葉が感じられる。Current Joysの音楽では、相手に向けられた歌が、同時に自分自身への歌にもなる。「Lullaby」は、傷ついた心を静かに抱えるための小さな曲である。
8. Ghosts
「Ghosts」は、過去や記憶、失われた人々の気配を扱う楽曲である。Current Joysの音楽には、幽霊のような存在がしばしば漂っている。別れた相手、過去の自分、見た映画、忘れられない部屋。そうしたものが、現在の中に透明な形で残り続ける。
音楽的には、淡い残響と簡素なギターが印象的である。曲は実体を持つというより、記憶の中でぼんやり鳴っているように響く。ローファイな録音は、幽霊的な質感を強める。音が少し遠く、輪郭がぼやけていること自体が、曲のテーマに合っている。
歌詞では、もういないものがまだそばにいる感覚が描かれる。幽霊は恐怖の対象であるだけでなく、忘れられない愛や後悔の象徴でもある。Current Joysは、その気配を追い払うのではなく、音楽の中に置いておく。
9. Blondie
「Blondie」は、人物像あるいはポップ・カルチャーの記号を想起させるタイトルを持つ楽曲である。金髪の誰か、あるいはバンドBlondieへの遠い参照としても読めるが、Current Joysの文脈では、憧れと距離が混ざった人物のスケッチとして響く。
音楽的には、短く、ラフで、スケッチのような印象がある。完成されたポップ・ソングというより、ある感情が一瞬だけ形になった断片として聴ける。こうした短さや不完全さは、本作の性格に非常によく合っている。
歌詞では、誰かへの憧れ、見つめること、手の届かなさが感じられる。Current Joysの恋愛表現は、しばしば直接的な接近よりも、距離を置いた視線として現れる。相手を見ているが、近づけない。記憶しているが、触れられない。その感覚がこの曲にある。
10. New Flesh
「New Flesh」は、身体の変化や新しい自己への欲望を感じさせるタイトルを持つ楽曲である。新しい肉体、新しい感覚、新しい自分。Current Joysの音楽には、自分自身から抜け出したいという衝動が何度も現れるが、この曲ではそれが身体的なイメージとして表れる。
音楽的には、ポスト・パンク的な硬さや暗さが感じられる。ギターやリズムは簡潔だが、そこに緊張がある。タイトルの持つ少しグロテスクな感触と、曲のローファイな質感が結びついている。
歌詞では、変わりたい、古い自分を脱ぎたいという欲望が暗示される。だが、新しい身体を得ることは必ずしも救いではない。自分を変えても、心の奥にある不安が消えるとは限らない。この曲は、その変身願望の不穏さを音にしている。
11. It’s Getting Cold in the City
「It’s Getting Cold in the City」は、都市の冷たさと孤独を扱う楽曲である。街は人が多く、光も多い場所だが、Current Joysの世界では、都市はしばしば孤独を強める場所として描かれる。寒くなっていく街というイメージは、季節の変化だけでなく、人間関係や心の温度の低下も示している。
音楽的には、静かでメランコリックな雰囲気がある。ギターは寒い空気の中で鳴るように乾いており、声には疲れがにじむ。曲は大きな展開を避け、街の中で一人歩いているような孤独なリズムを保つ。
歌詞では、都市の寒さ、帰る場所の不確かさ、誰かの不在が描かれる。寒さは身体に触れるものだが、同時に感情の比喩でもある。Current Joysはこの曲で、外の気温と内面の孤独を重ね合わせている。
12. Desire
「Desire」は、欲望を直接的に示すタイトルを持つ楽曲である。Current Joysにおける欲望は、明るい享楽としてではなく、孤独や欠落と結びついている。何かを求めることは、自分に何かが足りないことを知ることでもある。
音楽的には、シンプルな構成ながら、内側で燃えるような緊張がある。大きなロック・サウンドではなく、むしろ抑えられた演奏によって欲望の持続が表現される。Rattiganの声は、強く求めているのに、それを完全には言い切れないように響く。
歌詞では、誰かへの欲望、あるいは別の人生への欲望が感じられる。欲望は人を動かすが、同時に苦しめる。Current Joysはその二重性を、非常に簡潔な言葉とメロディで表現している。
13. I’m Terrified
「I’m Terrified」は、恐怖を直接告白する楽曲である。Current Joysの歌には不安や自己嫌悪が多く含まれるが、この曲のように「怖い」と率直に言うことは、Rattiganの表現の核心に近い。強がりではなく、恐怖そのものを歌にする姿勢がある。
音楽的には、粗く、簡素で、非常に近い距離で鳴る。完成度の高いアレンジよりも、感情の即時性が重視されている。声の揺れや録音の不完全さが、恐怖のリアリティを強める。
歌詞では、何に怯えているのかが完全には説明されない。恋愛か、人生か、死か、未来か、自分自身か。その曖昧さが重要である。恐怖とは、しばしば対象がはっきりしないからこそ強い。「I’m Terrified」は、その名の通り、説明できない恐怖をそのまま差し出す曲である。
14. Night of the Worm Moon
「Night of the Worm Moon」は、幻想的で少し怪しげなタイトルを持つ楽曲である。Worm Moonは春先の満月を指す言葉で、地面が温まり虫が動き出す季節を示す。夜、月、土、生命の気配が結びつき、Current Joysの中でも神秘的な情景を作る。
音楽的には、淡いサイケデリック感とローファイな質感がある。曲は夜の空気をまとい、現実と夢の境界をぼかす。Rattiganの声も、いつも以上に幻のように響く。
歌詞では、夜に見える月、身体の中で動き出す感情、季節の変化が暗示される。Worm Moonは再生の兆しでもあるが、そのイメージには不気味さもある。Current Joysは、再生を明るい希望としてだけではなく、暗い土の中から何かが這い出すような感覚として表現している。
15. My Blueberry Life
「My Blueberry Life」は、かわいらしさと奇妙さが同居したタイトルを持つ楽曲である。ブルーベリーという小さな果実のイメージは、甘さ、青さ、若さ、壊れやすさを連想させる。Current Joysの世界では、こうした一見素朴な言葉が、個人的な人生観と結びつく。
音楽的には、軽く、短く、親密な小品として響く。デモやレア音源らしい未整理の空気があり、それがかえって曲の素朴な魅力を強めている。完成された大曲ではなく、個人的なメモのような曲である。
歌詞では、自分の人生を小さな果実のように見つめる視線が感じられる。甘さもあり、酸っぱさもあり、すぐに潰れてしまうような脆さもある。Current Joysの歌にある若さの痛みが、ここでは柔らかいイメージで表現されている。
16. My Nights Are More Beautiful Than Your Days
「My Nights Are More Beautiful Than Your Days」は、映画的なタイトルを持つ楽曲である。夜はCurrent Joysにとって重要な時間であり、孤独、創作、映画、逃避、記憶が最も濃くなる時間でもある。昼の現実よりも夜の幻想の方が美しいという感覚は、Rattiganの音楽世界に非常によく合う。
音楽的には、夜の空気を思わせる浮遊感がある。ローファイな録音の粗さが、暗い部屋の中で鳴る個人的な音楽としての魅力を高めている。ギターは控えめで、声は近く、曲全体が夜の独白のように響く。
歌詞では、昼の生活への違和感と、夜の時間への愛着が描かれる。昼は社会の時間であり、役割を演じる時間である。一方、夜は自分自身の感情が戻ってくる時間である。Current Joysは、その夜の美しさと危うさを歌っている。
17. The Unbearable Lightness of Being
「The Unbearable Lightness of Being」は、Milan Kunderaの小説を思わせるタイトルを持つ楽曲である。存在の耐えがたい軽さという言葉は、人生の意味、偶然、自由、虚無を含む。Current Joysの音楽における若い実存的不安が、このタイトルに強く反映されている。
音楽的には、重さと軽さが同時にある。録音は軽く、構成も簡素だが、テーマは非常に大きい。このアンバランスさがCurrent Joysらしい。大きな哲学的問いを、部屋の中の小さな歌として鳴らす。
歌詞では、自分の存在が軽すぎることへの不安、人生に確かな意味を見つけられない感覚が描かれる。自由であることは喜びであると同時に、重心を失うことでもある。この曲は、ローファイ・インディーの形を取りながら、深い実存的な問いを含んでいる。
18. Dancer in the Dark
「Dancer in the Dark」は、映画的なタイトルを持つ楽曲であり、暗闇の中で踊る人物のイメージが強い。踊ることは身体の解放を意味するが、暗闇の中で踊ることは、誰にも見られない孤独な行為でもある。Current Joysにとって、ダンスはしばしば喜びだけでなく、孤独の表現でもある。
音楽的には、シンプルなリズムと暗いメロディが中心である。曲は大きなダンス・ミュージックではなく、一人きりで体を揺らすような親密さを持つ。暗闇の中の小さな動きが、音楽として記録されている。
歌詞では、見えない場所で感情を解放する人物の姿が浮かぶ。人は他者の前ではうまく踊れないかもしれない。しかし一人の暗闇の中では、感情を隠さずに動くことができる。この曲は、その孤独な自由を描いている。
総評
『B-Sides, Rarities and Demos』は、Current Joysの公式な代表作というより、創作の裏側にある感情の倉庫のような作品である。アルバムとしての統一感や完成度を求めると、曲ごとの粗さ、録音状態のばらつき、断片的な構成が気になるかもしれない。しかし、本作の価値はまさにその粗さにある。ここには、完成された作品からは見えにくいNick Rattiganの感情の原型が残されている。
Current Joysの音楽は、もともと完成度の高さよりも、感情の近さによって成立してきた。『B-Sides, Rarities and Demos』では、その特徴がさらに強調される。ギターの音は簡素で、歌は時に不安定で、アレンジも最小限である。しかし、その不安定さによって、聴き手はRattiganが一人で曲を作っている部屋に近づくことができる。これは、ローファイ音楽が持つ最も大きな魅力である。
本作には、Current Joysの主要なテーマがほぼすべて含まれている。若さの不安、映画への憧れ、夜の美しさ、都市の寒さ、身体への違和感、欲望、恐怖、幽霊のように残る過去、別の自分になりたいという願望。これらは後のアルバムでより洗練された形になるが、本作ではより生々しく、断片的に現れる。その断片性によって、Current Joysの感情の地図が見えてくる。
特に重要なのは、Rattiganがポップ・カルチャーや映画のイメージを、自分の内面の言語として使っている点である。「The Breakfast Club」「Weird Science」「Dancer in the Dark」「The Unbearable Lightness of Being」などのタイトルは、単なる引用ではない。映画や文学の記憶を通じて、自分自身の感情を理解しようとする試みである。Current Joysの音楽は、個人的な日記であると同時に、映像文化の残響でできた音楽でもある。
音楽的には、ポスト・パンク、ローファイ・ガレージ、インディー・フォーク、スロウコア、ドリーム・ポップが未分化のまま混在している。これが本作の荒さであり、魅力でもある。明確なジャンルの完成形ではなく、Nick Rattiganがその時々の感情に合わせて音を選び取っているように聴こえる。だからこそ、曲ごとに温度や質感が異なり、デモ集らしい私的な豊かさがある。
日本のリスナーにとって本作は、Current Joysを深く知るための補助線として重要である。最初に聴くなら『Wild Heart』や『A Different Age』の方が入りやすいが、それらの作品に惹かれた後で本作を聴くと、Rattiganの表現がどのような小さな断片から成り立っているかが分かる。完成された名曲の前にある、未完成の感情。それを聴くことが、本作の醍醐味である。
『B-Sides, Rarities and Demos』は、整ったアルバムではない。しかし、Current Joysというプロジェクトの本質を非常に近い距離で伝える作品である。孤独な部屋、夜の映画、粗いギター、震える声、言葉になりきらない恐怖と欲望。そうしたものが、整理されすぎない形でここに残されている。本作は、Current Joysの表側ではなく、心の裏側を聴くためのアルバムである。
おすすめアルバム
1. Current Joys『Wild Heart』
Current Joysの初期代表作であり、ローファイな衝動、青春の不安、シンプルなギター・サウンドが強く表れた作品。『B-Sides, Rarities and Demos』の粗さや私的な空気に惹かれたリスナーには、その完成形として聴けるアルバムである。
2. Current Joys『Me Oh My Mirror』
Nick Rattiganの内省的なソングライティングがより濃く表れた作品。自己との対話、孤独、反復するギター、部屋の中の感情が中心にあり、本作のデモ的な親密さと強くつながる。Current Joysの初期美学を理解するうえで重要である。
3. Current Joys『A Different Age』
Current Joysの代表作のひとつで、ローファイな質感を保ちながら、よりメロディックで映画的な世界へ広がった作品。『B-Sides, Rarities and Demos』に散らばる映画的な感情や青春の孤独が、より完成された形で表れている。
4. Surf Curse『Buds』
Nick Rattiganが関わるもう一つの重要バンド、Surf Curseの初期作。Current Joysよりもガレージ・ロック的で、より外向きのエネルギーを持つが、若さ、不安、ローファイな録音、映画的な感覚は共通している。Rattiganの音楽的背景を理解するために有効である。
5. Alex G『Race』
ローファイ録音、断片的な楽曲、私的な歌詞、未完成の魅力を持つインディー作品。Current Joysのデモ的な質感や、部屋の中で生まれたような音楽に関心があるリスナーには関連性が高い。完成度よりも感情の生々しさを重視する美学を共有している。

コメント