イントロダクション
ロンドンの小さな寝室で録った弾き語りが、たちまち世界を包むメロディへ変貌した。
フィリピン生まれロンドン育ちのシンガーソングライター、Beabadoobee(ビーバドゥービー)は、90年代オルタナへの憧憬とZ世代の感性を交差させながら、新しいギターポップ像を更新してきた。
本稿では、その幼少期から最新作までを時系列で追い、サウンドと歌詞に潜む“懐かしさ”と“現在進行形”の共存を解き明かしていく。
アーティストの背景と歴史
2000年、マニラに生まれたビートリス・ラウスは、3歳で家族と共にロンドンへ移住した。
思春期はクラシック・ヴァイオリンに打ち込みつつも、スクールバスで流れるOasisやPavementに心を奪われ、16歳で初めてアコースティックギターを手に取る。
2017年、学校を休んだある午後に録音した曲「Coffee」をSoundCloudへアップ。
その素朴な息づかいがSNSを経由して拡散し、Dirty Hitと契約。
2018年のデビューEP《Lice》でインディーフォークの静けさを提示し、翌年のEP《Loveworm》では歪みとドラムループを導入。
2020年、初フルアルバム《Fake It Flowers》で轟音ギターと等身大リリックを融合させ、中堅フェスのメインステージへ躍り出る。
2022年の2nd《Beatopia》は幼少期に空想した“架空の楽園”をコンセプトに掲げ、ドリームポップやブレイクビーツを溶け合わせたコスモポリタンな作品となった。
音楽スタイルと影響
Beabadoobeeの楽曲の核は、90年代USオルタナとUKブリットポップのメロディ感覚である。
コードはシンプルなダイアトニックを基調としながら、サビ頭や落ちサビで意表を突くサブドミナントマイナーを差し込み、ほろ苦い甘さを生む。
リズムは打ち込みと生ドラムを併用し、“部屋録”の親密さとライブバンドの躍動を両立。
影響源として彼女が挙げるのは、Elliott Smithの囁くような多重ボーカル、Smashing Pumpkinsの轟音ギター、Liz Phairの率直な自意識、そしてMy Bloody Valentineのドリーミーなレイヤー。
しかし音の隙間には、K-pop的なコード進行や現行ベッドルームポップのローファイ質感も顔を覗かせる。
代表曲の解説
Coffee
アコギ一本と空気音だけで成立する2分足らずの小品。
歌詞は友人への淡い好意を綴りながら、“眠気覚ましのコーヒー”をメタファーに関係の微妙な温度差を描く。
ローコード主体の進行が親しみやすさを極限まで高めたデビュー曲だ。
Care
アルバム《Fake It Flowers》冒頭を飾るギターポップ・アンセム。
イントロのカッティングはThe Cure的で、サビではドラムが4拍目をズラし、思春期の苛立ちと解放を一気に爆発させる。
〈I don’t want your sympathy〉と繰り返すフックが、観客のシンガロングを誘う。
Talk
《Beatopia》からの先行シングル。
ブラーを思わせるブリットポップ風リフと、グランジ由来のウォールオブサウンドが衝突する中、軽やかなメロディが浮遊。
歌詞は“同じ誤ちと知りつつ夜更かしに手を伸ばす”自己矛盾を描き、リスナーの共感を呼ぶ。
the perfect pair
ボサノヴァの裏拍を変則ループで再構築し、甘い語り口が夕涼みの空気を纏う。
後半のギターレイヤーが徐々に歪み、夢うつつの恋が現実に向かう切なさを演出。
アルバムごとの進化
《Lice》(2018)
フォーク主体のアレンジ。
ベッドルーム録音のホワイトノイズが“日記”のような親密さを生む。
《Loveworm》(2019)
ディストーションとループドラムを導入。
恋愛の高揚と不安を虫に喩え、内面のうごめきを音像化。
《Fake It Flowers》(2020)
フルバンド録音へ移行。
90年代オルタナの骨太グルーヴとガーリーなメロディが溶け合い、国際的評価を獲得。
《Beatopia》(2022)
スローテンポのドリームポップ、ブレイクビーツ、Bossaテイストが共存。
幼少期の想像世界を大人の感性で再編集し、音のパレットを拡張。
影響を受けたアーティストと音楽
- The Smashing Pumpkins — ギター壁と甘美なメロディの両立
- Elliott Smith — 多重ハーモニーと内省的リリック
- Pavement — 脱力ビートとユーモラスな皮肉
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J-popのシティポップ再評価潮流 — 軽やかな和声感覚
影響を与えたアーティストと音楽
Beabadoobee の成功以降、TikTok 世代のUK新人が“90sオルタナ×ベッドルームポップ”を掲げる動きが加速。
特にPinkPantheressやFlowerovloveなど、女性シンガーがギターを前面に出す潮流を後押しした。
また、アジア系ディアスポラ・アーティストとしてロールモデルとなり、多様なルーツがUKインディーに新風を吹き込んでいる。
オリジナル要素
- 手描き絵本付きフィジカル
《Beatopia》には本人の子ども時代のイラストを再現したミニ絵本が同梱され、アルバム世界観を視覚化。 -
ベッドルーム・コンテスト
ファンが自室でBea曲をカバーし投稿、本人がリアクション動画を制作する双方向企画でコミュニティを拡大。 -
香り付きツアーパス
ライブ会場限定で“初夏の芝生”をイメージしたフレグランスカードを配布し、記憶と音を結びつける試みを実施。
まとめ
Beabadoobee の音楽は、懐かしいカセットのざらつきと現在のストリーミング速度が同居する“不思議な午後”のようだ。
ギターの一音、囁くような歌声、その背後で鳴るドラムの微妙な遅れ──それらが聴き手の心に“自分だけの思春期”を呼び戻す。
次作で彼女がどんな夢と現実を編み込むのか、柔らかなノイズに耳を澄ませながら待ちたい。
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