
1. 歌詞の概要
「Dress Like Your Mother」は、Sleeperが1997年にリリースしたサード・アルバム『Pleased to Meet You』に収録された楽曲であり、バンドの鋭い社会風刺と女性のアイデンティティへの探求を見事に融合させた作品である。
タイトルの「Dress Like Your Mother(母親のような格好をしなさい)」という命令形の言葉には、性別役割の継承、抑圧的な規範、そして個人の自己表現を巡る闘いが含まれている。
歌詞の語り手は、社会や家庭、恋人や文化から投げかけられる「こうあるべき」という声に直面している。
“母親のように服を着る”というフレーズは、単なるファッションではなく、従順で伝統的であることを求める社会的期待の象徴であり、その枠の中で息苦しさを感じている女性の視点が描かれている。
それは反抗の歌ではなく、もっと複雑で静かな疑問の投げかけだ。
「私は、誰かのために生きているのか?」
「母のようにならなければいけないのか?」
そんな問いを、軽快なギター・ポップの裏でさりげなく投げかけている。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲が収録された『Pleased to Meet You』は、Sleeperにとってブリットポップ期の終焉を迎える直前の、最も内省的で成熟したアルバムだった。
ルイーズ・ウィナーは、これまでのアルバム以上に、女性であることの意味、そしてそこに課せられる期待や制約を真正面から捉えたリリックを書き連ねている。
「Dress Like Your Mother」は、その中でも最も明快にジェンダーと世代間の関係を描いた楽曲であり、母と娘の関係性、あるいはそれをなぞることへの違和感をテーマにしている。
これは、個人の生き方の選択を他者が“受け継がせよう”とすることに対する、静かで知的な拒否反応なのである。
Sleeperは単なる“女性のブリットポップ・バンド”ではない。
この曲のように、時に社会学的で哲学的な視点から、個人の内面と文化の衝突を描く力を持った、鋭い批評性を備えたアーティスト集団であった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
She says you should dress like your mother
彼女は言ったの、母親みたいな格好をしなさいって
このフレーズは、親や社会からの“こうあるべき”という圧力の象徴。
だが、その“忠告”は、必ずしも愛情からのものではなく、規範の押し付けである可能性もある。
You think it’s cool to be misunderstood
理解されないことを、かっこいいと思ってるのね
ここでは若さゆえの反抗心が皮肉られているが、それは単なる反抗ではなく、**アイデンティティを模索する過程としての“誤解されること”**への肯定とも取れる。
She says “Smile, you’re so much prettier when you smile”
彼女は言うの、「笑いなさい、笑った方が可愛いから」
この一行は、女性が社会的に期待される“笑顔”という表現を強要される典型的な例であり、外見の評価に生き方が縛られてしまう現実を鋭く風刺している。
※歌詞引用元:Genius – Dress Like Your Mother Lyrics
4. 歌詞の考察
この楽曲は、**女性が受け継がされる“ふるまいのテンプレート”**への疑問を投げかける、フェミニズム的な問いの楽曲である。
母親の世代が無意識のうちに内面化してきた「女らしさ」や「従順さ」「魅力的な女性でいること」などが、娘の世代に“当然のように”伝えられてしまうとき、そこには悪意がなくとも、同じ抑圧の再生産が起こる。
この曲は、その構造を告発するものではなく、“本当にそうでなきゃいけないの?”という疑問を優しく、けれどしっかりと投げかけている。
“母のようになれ”という言葉に対して、語り手は怒っているわけではない。ただ、「私は私のままでいたいだけ」と願っている。
だからこそ、怒鳴ることも叫ぶこともなく、ポップなメロディの中に反骨と温かさが共存しているのだ。
このようにして「Dress Like Your Mother」は、母親との関係性を通じて、女性が自分の人生をどう選び、どう他人の期待と距離を取るかを、詩的かつ等身大に描いている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Not a Pretty Girl by Ani DiFranco
「可愛い女の子」としての期待をはねのける、自立した視点の名曲。 - Glory Box by Portishead
女性性と期待のギャップを、官能と冷静さの両面から描いたトリップホップの傑作。 - What It Feels Like for a Girl by Madonna
“女の子”でいることの意味を問い直す、繊細で挑発的なメッセージ。 - Fast Car by Tracy Chapman
家族や過去のしがらみから自由になろうとする、女性の“逃走”の物語。 - Little Girl Blue by Janis Joplin
“いい子”でいようとすることの哀しみと、それでも解き放たれたい願いを感じさせる一曲。
6. “受け継ぐもの”と“捨てていくもの”
「Dress Like Your Mother」は、女性が生きる上で避けられない“母との関係性”をモチーフにしながら、何を引き継ぎ、何を手放すかを考えさせる作品である。
それは、服装や仕草だけの話ではない。
笑い方、立ち居振る舞い、声のトーン、相手への気遣い――
そうしたものが無意識のうちに代々継承されていく中で、「自分らしさ」はどこにあるのか?
この曲は、その問いを“重く”ではなく、“ポップに、でも確かに”伝えてくる。
だからこそ、多くのリスナーが「あるある」と思いながらも、「ちょっと胸が痛む」ような不思議な余韻を残すのだ。
「母親のように服を着なさい」と言われたとき、あなたは何を感じるだろう?
その小さな違和感に気づくことこそが、自分の人生を自分の言葉で生きるための最初の一歩なのかもしれない。
Sleeperはその一歩を、鮮やかで賢く、ユーモアを忘れずに描いてくれた。
だからこの曲は、時代が変わっても、変わらず心に残るのだ。
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