1. 歌詞の概要
「Waking Up（ウェイキング・アップ）」は、Elasticaが1995年にシングルとしてリリースし、同年発表のデビュー・アルバム『Elastica』にも収録された楽曲である。バンドの持つアングルの効いたウィット、短く尖ったサウンド、そして都会的な倦怠感を象徴する代表曲の一つで、UKチャートでもトップ20入りを果たした。
歌詞は、タイトルが示す「目覚め」そのものを扱いながら、恋愛と怠惰、期待と幻滅といった複雑な都市的感情を交差させている。誰かと一緒に夜を過ごしたはずなのに、朝になっても“何も変わらない”。むしろその無為と空虚が露わになる――そんなアンチ・ロマンティックな視点が、この曲全体を覆っている。
歌詞の語り手は、愛や情熱を求めているようでいて、実際にはそれに対する冷笑と退屈を抱えている。恋愛の持つ予定調和や繰り返しのパターンに飽き、むしろ“目覚め”を通してそのことに気づいてしまう感覚。そうした感情を、Elasticaはミニマルな言葉と疾走感のある演奏で見事に描いている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Waking Up」はElasticaのデビュー・アルバムからの4枚目のシングルとして1995年2月にリリースされ、UKシングルチャートでは13位にランクイン。バンドがブリットポップ・ムーブメントの中心にいた時期の代表的な作品であり、Blur、Pulp、Suedeといった同時代のバンドとは一線を画す、ポストパンク由来の鋭利な美学を体現したナンバーである。
音楽的には、The StranglersやWireなど1970年代後半のUKポストパンクに大きく影響を受けており、当時Elasticaはその引用性について著作権問題でも注目を浴びていた（特にこの曲に関してはThe Stranglersの「No More Heroes」に類似する点が指摘されている）。
にもかかわらず、Elasticaの音楽は単なる模倣ではなく、90年代ロンドンの都市感覚と女性の感情を新しい切り口で提示するものだった。Justine Frischmannの鋭く乾いたヴォーカル、リズムセクションの精密さ、そして“朝の失望”を描く詞世界――それらが合わさって、「Waking Up」は90年代的疎外感と知的皮肉の象徴となった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、楽曲の印象的な部分を抜粋し、和訳を添えて紹介する。
I work very hard
But I’m lazy
働き者だけど 根っから怠け者I’ve got a lot of songs
But they’re all in my head
曲はたくさんあるけど 全部頭の中I spend a lot of time
In bed
ベッドで時間をつぶしてるBut that’s not really where it’s at
でも そこに“答え”があるわけじゃないIt’s the morning after the night before
前の夜の“翌朝”――つまり現実
※ 歌詞の引用元：Genius – Waking Up by Elastica
この詞は、現代的な若者の“意欲と無力感の同居”を象徴している。創造性があるようでいて行動は遅く、恋をしているようでいて冷めていて、眠っているようで目覚めている――この矛盾の感覚こそが、「Waking Up」の世界観そのものだ。
4. 歌詞の考察
「Waking Up」は、恋愛や性的関係が“目覚め”の瞬間に現実へと引き戻される皮肉を描いている。前夜に交わされた情熱があったとしても、朝になればそれは消えている。ベッドに残されるのは、快楽の残り香と、動かない現実だけ。
この感覚は、1990年代という時代の“冷たいロマンティシズム”をよく表している。夢や感情にすべてを預けるのではなく、むしろそれらに依存しない“醒めた視線”で世界を見つめるという姿勢。Elasticaの歌詞は、それを感情的ではなく、むしろ会話のように、さりげなく提示する。
また、“I work very hard but I’m lazy”という矛盾の自己分析は、90年代のポスト・モダン的感性そのものである。能力はある、夢もある、でも“それが何になるのか”が見えない。だからベッドの中で時間が過ぎていく。この怠惰さは単なる無気力ではなく、鋭い観察と諦念に支えられた、現代的な諧謔なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Line Up by Elastica
都会の夜とその倦怠を鋭く切り取る、観察者的ポストパンク。 - Connection by Elastica
セックスと感情の“接続”を冷笑的に描いたバンド最大のヒット曲。 - Common People by Pulp
“日常”と“階級”に対する洞察をエネルギッシュに描いた90年代の社会風刺ソング。 - Lazy Line Painter Jane by Belle and Sebastian
“怠惰”と“夢”が交錯する、優しさの裏にある孤独を描いた名曲。 - Debbie by The B-52’s
奔放で衝動的な夜を、ポップでファンキーに描いた女性視点のロック。
6. 目覚めても、何も始まらない朝：Elasticaの都市詩学
「Waking Up」は、Elasticaが描く“都市に生きる者たちの詩”の中でも、とりわけ静かで深い余韻を残す楽曲である。眠りから覚めたその瞬間、昨日の情熱も、愛の言葉も、すべてが“ただの事実”になってしまう。だがElasticaは、それを嘆かない。むしろ笑う。それがロックであり、女であり、都会で生きる術なのだと。
ジャスティーン・フリッシュマンの声は、どこか投げやりで、それでも耳を離れない。“現実”を突きつけるのではなく、あくまでそれを“受け流す”。そのスタイルは、90年代のフェミニズムやジェンダー観、そしてポスト・ロマンティックな生き方を象徴している。
この曲を聴いた朝、私たちは“現実”と向き合うのではなく、それに薄く微笑んでみせる。Elasticaはそうした“無感情の強さ”を、最高にクールな形で音楽にしてみせたのだ。
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