1. 歌詞の概要
「Car Song（カー・ソング）」は、Elasticaのセルフタイトル・デビュー・アルバム『Elastica』（1995年）に収録された楽曲であり、その中でも特に挑発的かつ印象的な1曲である。表題の通り、“車の中で”というシチュエーションを描いているが、これは比喩ではなく、極めて直接的な性的な状況を題材にした歌であり、しかもその語り手は女性である。
歌詞は一貫して、車内での性的な行為を快活かつ遊び心たっぷりに語っており、Elasticaらしいフェミニズム的視点と皮肉が融合している。だがこの歌の特徴は、性的表現に対して恥じらいや隠喩をほとんど用いず、率直でありながらどこかポップで親しみやすいトーンを保っている点にある。
この曲の魅力は、露骨な内容に反してその語り口が軽やかであること、そして“快楽を語る女性”という表現が90年代中盤においていかに異例であったかという点にある。Justine Frischmannの語り口には誇張も被害者意識もなく、ただ“私が楽しんでいるから語る”という自然なスタンスが貫かれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Car Song」は、Elasticaのデビューアルバムにおける最もセクシュアルで挑発的なトラックでありながら、同時にそのユーモアと音楽的軽快さによって、ラジオでも一定の人気を得た。フリッシュマンのソングライティングは、この曲において特に明快で、短く鋭く、そして記憶に残る。
Elasticaは当時のUKロック・シーンにおいて、ブリットポップの波に乗りながらも、その文脈に完全には収まりきらない存在だった。彼女たちは性的対象として“歌われる側”ではなく、“語る側”の女性像を提示し、しかもそれを押し付けがましくなく、自然体で実行していた。
「Car Song」が収録された『Elastica』は、リリース初週でUKアルバムチャートの1位を獲得し、短命ではあったが極めて強いインパクトを残したElasticaの頂点的作品となった。その中でもこの曲は、バンドの“音楽でセクシュアリティを語る”姿勢を象徴する1曲である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、楽曲の象徴的なフレーズを抜粋し、和訳とともに紹介する。
He makes me feel like a girl
A little girl
彼は私を“女の子”にするの
小さな女の子みたいにWe can do it in the car
We can do it all night
車の中でもいいの
一晩中だって平気I don’t care if it’s raining
I don’t care if it’s dark
雨が降っていようが
真っ暗だろうが構わないIt’s just the two of us
And a broken Vauxhall
私たちふたりきり
壊れかけのヴォクソール車の中で
※ 歌詞の引用元：Genius – Car Song by Elastica
これらのフレーズから伝わるのは、場所や状況にこだわらない衝動的な欲望と、それをむしろ楽しむ余裕ある態度である。“壊れた車”という設定が、逆に親密で、生々しいリアリティを持って響く。
4. 歌詞の考察
「Car Song」は、セックスを描いていながら“セックスそのもの”を目的にしていない。“車”という空間が象徴するのは、社会から一時的に切り離された密室であり、その中で誰にも邪魔されずに、ふたりだけの物語が展開されるという自由の感覚だ。
また、“He makes me feel like a girl”というラインには、セクシュアリティを通じて感じる“無垢さ”や“解放”が描かれている。これは決して男性に従属する意味ではなく、“再び感じる”ことそのものを喜ぶような、自発的な女性像の表現である。
Elasticaの真骨頂は、こうしたテーマを政治的に語るのではなく、あくまで日常の延長、ユーモアと音楽の中で自然に提示しているところにある。それによって、聴き手は“これはフェミニズムの歌だ”と意識する前に、ただ“自分の話”として共鳴してしまう。
そして何より重要なのは、“車の中で”という舞台設定が持つ、“ちょっと馬鹿げてて、でもすごくリアル”な情景性である。それは青春の記憶であり、無計画な夜の衝動であり、そして誰にとっても一度は訪れる“プライベートな自由”の象徴なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Stutter by Elastica
性の不一致を皮肉とジョークで包み込む、フェミニズム×パンクの名曲。 - Cannonball by The Breeders
女性の衝動と無防備さをローファイ・ロックで炸裂させた代表曲。 - Gloria by Patti Smith
性と神の境界を揺るがす、女性詩人によるロックの金字塔。 - Sheela-Na-Gig by PJ Harvey
身体、ジェンダー、社会的視線をぶち壊す、凶暴で美しいロック。 - Cherry Bomb by The Runaways
セクシャルな自信をもって登場した70年代ガールズパンクのパイオニアソング。
6. “車の中で”描かれる女性の自由と衝動：Elasticaの挑戦
「Car Song」は、音楽における女性の表現が“歌われる対象”から“語る主体”へと移行していった90年代の象徴である。それは怒りでも抗議でもなく、むしろ楽しさとユーモア、そして自分の欲望への正直さから生まれた新しいフェミニズムの形だった。
この曲が描く“性”は、消費されるものでも、羞恥を伴うものでもない。むしろそれは快楽と遊びの一部であり、場所も形式も問わない――だからこそ“壊れかけの車”の中で行われる愛は、何よりも自由なのだ。
Elasticaは短命だったが、「Car Song」は彼女たちが残した鮮やかな“自由のスナップショット”である。そしてそれは、今の時代にもなお有効なメッセージを持っている。“誰にも邪魔されない時間”と“自分の快楽を語る勇気”を、私たちはまだ持ち続けているだろうか?
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