発売日: 2021年9月10日
ジャンル: エレクトロニカ、ドリームポップ、トリップホップ、オルタナティヴ・ポップ
概要
『Squaring the Circle』は、Sneaker Pimpsが2021年に発表したおよそ19年ぶりのスタジオ・アルバムであり、
“失われた時間”を音楽で埋め直すような、自己再発見と再構築のプロジェクト”として注目された作品である。
長らく活動休止状態にあったバンドは、クリス・コーナーとリアム・ハウという創設メンバー2人により再結成され、
Kelli Ali(初代ヴォーカリスト)ではなく、新たな女性シンガーSimonne Jonesを迎えることで、
過去の再演ではなく“現在地としてのSneaker Pimps”を提示する道を選んだ。
アルバム・タイトルの「Squaring the Circle(円を四角にする)」は、
古代からの不可能命題に由来し、形にならないものを形にしようとする行為=音楽的実験を象徴する。
実際、本作はトリップホップやダウンテンポを継承しながら、
2020年代の空気を吸い込んだエレクトロニカ、ドリームポップ、モダンR&B的アプローチが散りばめられている。
全曲レビュー
1. Fighter
力強いベースと機械的なビートが印象的なオープニング。
「戦う者」というタイトルが示すように、“復活”というコンセプトの象徴的幕開けである。
2. Child in the Dark
Simonneのヴォーカルが映える幽玄なバラード。
暗闇の中の子供というイメージが、純粋さと無力さ、そして希望の芽生えを同時に描く。
3. The Trouble with Me
レイドバックしたテンポとミニマルなサウンドが際立つ一曲。
“自分自身との問題”という自己省察が、繊細な歌唱と共に浸透する。
4. Tranquillity Trap
アルバムの中心的トラック。
“静けさの罠”というタイトルが皮肉的で、表面的な平穏の下に潜む葛藤を描く。
5. SOS
緊張感あるコード進行と低音の使い方が光る。
救難信号としての“SOS”は、他者との断絶と接続のジレンマを象徴している。
6. Immaculate Hearts
宗教的メタファーが随所に散りばめられた荘厳なナンバー。
“無垢なる心”という言葉に込められた、赦しと浄化への希求。
7. Stripes and Guitars
もっともロック寄りのサウンドを持つ楽曲。
デジタルとアナログ、男声と女声、あらゆる二項対立を融合するような実験性が垣間見える。
8. Love Me Stupid
皮肉とユーモアが交錯する軽妙なポップ・ナンバー。
“馬鹿みたいに愛して”というリリックが、依存と自由のせめぎあいを浮き彫りにする。
9. So Far Gone
本作中もっとも内省的な楽曲のひとつ。
“あまりに遠くへ行ってしまった”というタイトルが、失われた過去への静かなレクイエムのようにも響く。
10. Death in Texas
アメリカーナ的情景を背景にした異色作。
死と地理を重ねた視点が、個人と国家、過去と現在の交差点を描き出す。
11. Never Let Go
温もりと不安が同居するような、やさしくも胸に刺さるバラード。
“手放さないで”という願いが、人と人とのか細いつながりを象徴する。
12. No Show
SimonneとChrisのヴォーカルが交差するデュエット曲。
“現れない人”というタイトルが、現代的孤独と存在の希薄さを照らし出す。
総評
『Squaring the Circle』は、Sneaker Pimpsが自らのルーツを掘り起こしながら、
現代的なサウンドと感情の風景を再構築した“円熟の再出発”とも言える作品である。
トリップホップという出自を誇りにしながらも、それに安住することなく、
電子音と空白、声と沈黙のバランスを丁寧に調整した本作は、深く内省的でありながら開かれた空間を感じさせる。
Chris Cornerの低く艶のある声と、Simonne Jonesの透明感あるヴォーカルの交差は、
性別や視点の固定化を避け、“共鳴する個の声”として響き合っている。
長い沈黙のあとに戻ってきた彼らが選んだのは、“再生”ではなく“変容”。
『Squaring the Circle』はその選択を、静かに、しかし力強く肯定するアルバムである。
おすすめアルバム
- Fever Ray / Plunge
個の内面と社会性を同時に描く、ダークで知的なエレクトロニカ。 - IAMX / Metanoia
Chris Cornerのソロとしての延長線上にある、精神の深部を掘る作品。 - Bat for Lashes / The Bride
幻想的な語りと繊細な音像が、本作の美意識と呼応する。 - Massive Attack / Heligoland
ポスト・トリップホップの中で構造的実験と感情表現を融合させた傑作。 - Lana Del Rey / Chemtrails over the Country Club
ポップの仮面の裏にある孤独と幻想というテーマの接点。
歌詞の深読みと文化的背景
『Squaring the Circle』のリリックは、存在の不確かさ、社会との断絶、そして“失われた時間”に対する自己対話が一貫している。
「Tranquillity Trap」では、“静けさ”が安全ではなく、むしろ無関心と麻痺の象徴として描かれ、
「So Far Gone」では、人生のある時点から“もう戻れない”という、喪失の認識とそれを受け入れる強さが現れる。
また、「No Show」や「Love Me Stupid」には、現代的な“つながらなさ”への違和感や、愛への滑稽さを逆説的に肯定する視点が見られる。
Sneaker Pimpsの2021年の声は、ノスタルジーではなく、いまこの瞬間にしか存在しえない“傷を抱えた意志”として、深く誠実に響いている。
コメント