発売日: 1998年10月27日
ジャンル: ソウル・ロック、オルタナティブ・ロック、R&B、ファンク
概要
『1965』は、The Afghan Whigsが1998年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、“官能と救済、罪と赦し”をテーマに掲げた、最も情熱的で洗練された作品である。
本作のタイトル『1965』は、リーダーであるグレッグ・デュリが敬愛するサム・クック、オーティス・レディング、そしてマーヴィン・ゲイらが活躍した黄金期のソウル/R&Bへのオマージュを込めたものであり、音楽的にもリリック的にもその精神性が全編に反映されている。
前作『Black Love』のダークでノワールな語り口から一転し、今作ではよりオープンで多幸感すら感じさせるアレンジと演奏が際立つ。
とはいえ、単なる明るさではなく、“夜明け前のラストダンス”のような、刹那的で退廃的なエロスとロマンが交錯する構造はそのままだ。
プロデュースはバンド自身と元Princeのエンジニア、Daniel Lanois門下のJeff Powellが担当し、ニューオーリンズ録音によるラテンパーカッションやホーンの導入によって、ブラック・ミュージックとしての深みと温度感が飛躍的に高まっている。
全曲レビュー
1. Somethin’ Hot
アルバム冒頭を飾るファンク・ロック的ナンバー。
「何か熱いもの」が象徴するのは、欲望、誘惑、そして抑えきれない衝動。
2. Crazy
ソウル色の強い美メロと甘いコーラス。
恋愛の中毒性と理性の崩壊を「クレイジー」という一言でまとめ上げるポップな快作。
3. Uptown Again
ピアノとストリングスが滑らかに絡むロマンティック・バラード。
“アップタウン”は過去の愛を投影する象徴的な場所として描かれる。
4. Sweet Son of a Bitch
情熱的なヴォーカルが全面に出た短編のような一曲。
“甘いろくでなし”という逆説的な存在が、愛と暴力のあいだを行き来する。
5. 66
恋愛と生まれ年をかけた、レトロなソウル調ミッドテンポ。
“1966年の恋”という比喩が、ノスタルジアと官能を同時に喚起する。
6. Neglekted
ギターが唸るロック色強めのトラック。
“無視された”という意味のタイトルが示す通り、孤独と怒りが爆発する。
7. John the Baptist
旧約聖書の洗礼者ヨハネをテーマにした異色作。
宗教性と性的メタファーが重なり合い、“救済されない者”としての自己を描く。
8. The Slide Song
スライドギターと浮遊感あるビートが特徴のナンバー。
“滑る”という語感が、関係性のあやふやさと快楽の曖昧さを表す。
9. Cynthia’s Sisters
パーカッシブでグルーヴィーなトラック。
実在しない姉妹たちに捧げた、欲望のファンタジーと現実の交錯。
10. Anathema
“呪われしもの”を意味するタイトル通り、ダークで幻想的な構成。
失われた愛と呪縛の詩学が滲む。
11. Omerta
イタリア語で“沈黙の掟”を意味する言葉を冠した美しいインスト。
マフィア的世界観と愛の儚さが重ねられている。
12. The Vampire Lanois
ラストトラックは完全にジャズ・ソウル的インスト。
タイトルにある“Lanois”はDaniel Lanoisにちなみ、夜の情緒と血の匂いを感じさせる名品。
総評
『1965』は、The Afghan Whigsが辿ったソウル・ロックの到達点であり、エロティックな愛と破滅的な信仰を、ポップに、時に洒脱に鳴らしきった“夜のアルバム”である。
グレッグ・デュリの歌声はこれまでになくメロウで、時に優しく、時にあまりに情熱的すぎて苦しくなるほどだ。
そしてその声に寄り添うように、バンドの演奏はタイトかつリッチで、ニューオーリンズ録音の熱と色彩が息づいている。
内容的には『Gentlemen』や『Black Love』のような深刻さから一歩引いて、より官能的で解放的な愛の物語を描こうとした作品であるが、そこにはやはりデュリらしい“傷ついた男”の影が見え隠れする。
『1965』は、セクシーで、ダンディで、どこか哀しい――そんな音楽を求めるすべてのリスナーにとって、特別な一本の映画のように寄り添うアルバムなのだ。
おすすめアルバム
- Marvin Gaye / I Want You
セクシュアルで官能的なソウルの名盤。テーマの重なりが顕著。 - D’Angelo / Brown Sugar
R&Bとファンクの身体性が『1965』のグルーヴと共鳴する。 - Prince / Parade
ポップ、ソウル、演劇性が共存する点で強く繋がる。 - Elvis Costello / Blood & Chocolate
苦々しさと甘さの絶妙な交差。 -
Roxy Music / Avalon
愛と都会の夜、退廃と美の交錯する世界観が響き合う。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『1965』は主にニューオーリンズで録音され、セカンドライン・ジャズやラテンリズムなど、都市文化のクロスオーバー感覚が自然に溶け込んだサウンドが特徴である。
プロデューサーのJeff Powellはサザン・ソウルの音響感を知り尽くした職人であり、これまでよりも圧倒的に“鳴りの良い”仕上がりとなっている。
また、グレッグ・デュリは当時ソウル・ミュージックに深く傾倒しており、「これは自分なりのマーヴィン・ゲイのようなアルバムなんだ」と語っていたという逸話も残る。
つまり『1965』とは、白人ロックバンドが愛を持ってブラック・ミュージックを再解釈した、熱と敬意に満ちた一枚なのである。
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