1. 歌詞の概要
「Alapathy」は、Fenne Lilyが2020年にリリースしたセカンド・アルバム『BREACH』のオープニングを飾る楽曲であり、心の疲弊と自己逃避、そしてそこから生まれる孤独と回復のプロセスを描いている。
タイトルの「Alapathy」は造語で、”Apathy(無関心)”と”Allopathy(対症療法、つまり症状を抑えるだけで根本原因に触れない治療法)”の掛け合わせから来ていると言われている。
この言葉が象徴するのは、自分の内側にある問題に正面から向き合うことを避け、外側の刺激や習慣に依存することで何とかバランスを保とうとする──そんな不安定な心の状態だ。
歌詞では、外に向かって走り続けることで内面の混乱から逃れようとする主人公の姿が描かれているが、それが根本的な救いにはならないことも、淡々と、しかし鋭く描き出されている。
「Alapathy」は、現代に生きる誰もが抱える「自分自身から逃れたい」という衝動と、それでもなお自分自身と向き合わなければならないという静かな覚悟を映し出した楽曲なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
Fenne Lilyは『BREACH』制作時、精神的な孤立と回復の間を揺れ動く日々を過ごしていた。
彼女はこのアルバムを「孤独から生まれたもの」と語っており、「Alapathy」はその核心を象徴する曲だ。
自身の不安やストレスを抑え込もうとするあまり、タバコを吸ったり、無意味なルーティンに没頭したりといった「自己逃避」に陥った経験が、この楽曲の着想源となっている。
しかし、Fenne Lilyはそれを単なる自己批判としてではなく、むしろ人間らしい弱さと回復の一環として捉えている。
サウンド面では、クリーンなギターリフとリズミカルなドラムが、どこかクールで無機質な空気感を作り出しており、歌詞に描かれる感情の空虚さや焦燥感を巧みに補完している。
軽やかな音の中に滲むメランコリー──それが「Alapathy」の魅力である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Alapathy」の印象的なフレーズを抜粋し、和訳とともに紹介する。
“Started smoking again ‘cause I thought I could”
大丈夫だと思って、またタバコを吸い始めた“Nothing ever really cuts through”
何をしても、本当のところには届かない“I move too fast to feel good”
早く動きすぎて、心地よさを感じる暇もない“I’m avoiding my own mind”
自分の心から逃げようとしている
これらのフレーズは、自己逃避とそれに伴う虚無感を、驚くほどストレートかつ詩的に表現している。
※歌詞引用元:Genius Lyrics
4. 歌詞の考察
「Alapathy」の歌詞は、自己と向き合うことの難しさと、それを避け続けた結果としての空虚を、静かに、しかし鮮やかに描き出している。
“Started smoking again ‘cause I thought I could”というラインは、一見すると些細な行動に見えるが、その背後には「もう大丈夫だと思いたい」という切ない自己暗示が見え隠れしている。
しかし、”Nothing ever really cuts through”──何をしても本質的な癒しにはならない、という現実がそのすぐ後に突きつけられる。
また、”I move too fast to feel good”という一節は、心の痛みを感じる暇もないほど忙しくしていることが、実は問題から目を背けるための手段でしかないことを鋭く示している。
Fenne Lilyは、これらの感情を嘆くでもなく、ドラマチックに誇張するでもなく、ただ淡々と語る。
その静かなリアリズムが、かえって聴き手の胸に深く沁みるのである。
「Alapathy」は、痛みから逃げることもまた一つの生存戦略であり、それを経たうえで、少しずつ自分自身と向き合っていくしかないという、静かな希望を内包している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Motion Sickness by Phoebe Bridgers
心のもつれと自己矛盾を、淡々と、それでいて鋭く描いたオルタナティブポップ。 - Garden Song by Phoebe Bridgers
過去の痛みと現在の平穏の狭間を漂う、静かな自己探求の歌。 - Seventeen by Sharon Van Etten
若さと自己喪失、成長の痛みを、力強くも繊細に描き出した楽曲。 - Your Dog by Soccer Mommy
自己決定権を取り戻すことをテーマにした、ダークで美しいインディーポップ。 -
Don’t Delete the Kisses by Wolf Alice
孤独と希望が交錯する、ドリーミーで切ないラブソング。
これらの楽曲も、「Alapathy」と同じように、心の痛みや自己逃避をリアルに、かつ詩的に描き出している。
6. “逃げることも、また生きること”──Fenne Lilyが描く心のサバイバル
「Alapathy」は、心の痛みから逃げることを恥じるのではなく、それを一つの生き延びる方法として静かに受け止める楽曲である。
人は時に、傷に正面から向き合うことができない。
それでも、逃げながら、遠回りしながら、それでもなお生きようとする。
Fenne Lilyは、「逃げること」もまた「生きること」の一部であると、優しく、そしてリアルに歌う。
聴き終えたあと、私たちはきっと、自分の弱さや不器用さを少しだけ許せるようになるだろう。
「Alapathy」は、そんな小さな自己受容への入り口となる一曲なのだ。
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