1. 歌詞の概要
「Wiggy」は、Gretel Hänlynが2023年にリリースしたEP『Head of the Love Club』に収録されている楽曲であり、そのタイトルが示すとおり、不安定さや精神的な“ざわつき”をテーマにした、ユニークかつ不穏なトラックである。“Wiggy”とは俗語で「精神的に動揺している」「妙なテンションになっている」といった意味を含み、ここでは不安、衝動、感情の暴走といった心の乱れが戯画的に表現されている。
この楽曲は、Hänlynの作品群の中でも特にサイケデリックな質感を持ち、歪んだベースラインや耳に残るギターリフ、そして奔放でどこか浮世離れしたボーカル・パフォーマンスによって、まるで感情の迷路をぐるぐると彷徨っているかのような音像が構築されている。
歌詞の中では、自己矛盾や精神的不安定さがユーモラスかつシニカルな語り口で描かれており、表面的には軽快でも、内面では混沌が渦巻いている。そうした“ズレ”こそがこの曲の魅力であり、Gretel Hänlynというアーティストがいかに感情のリアリティを、独特の美学で変換しているかがよく分かる作品でもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Wiggy」は、2023年のEP『Head of the Love Club』の中でも、最も“生々しく感情が吹き出した”一曲である。このEP全体が、愛と孤独、依存と自立、崩壊と再生といった対立する感情のぶつかり合いをテーマにしており、「Wiggy」ではそれがとりわけ“カオス”という形で表現されている。
Gretel Hänlyn自身はこの曲を、「頭の中が騒がしいときにしか書けない曲」だと語っており、まさにその言葉通り、理性と感情のバランスが崩れたようなテンションが全編を貫いている。サウンド的にも、メロディーの破綻ギリギリを攻めるような展開や、不協和音すれすれのフレーズが意図的に用いられており、その“不安定さ”自体が芸術として昇華されている。
また、この曲における彼女のボーカルは、普段よりもやや演技的で、まるで“自分の狂気を演じるもうひとりの自分”を想定しているかのようだ。そのことで、聴き手は単なる感情の告白ではなく、どこか「劇」としての情緒を感じ取ることになる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I’m wiggy again
Feel like a stranger in my skin
また“ウィギー”な気分
自分の体に他人が入ってるみたい
My thoughts don’t sit still
They spin and they win
思考がじっとしてくれない
くるくる回って、勝手に暴走していく
I say things I don’t mean
Just to hear the noise
意味もなく喋ってる
ただ“音”が欲しいから
There’s a circus in my brain
And I gave it front row seats
頭の中はサーカス状態
しかもその特等席を自分で用意したんだ
歌詞引用元：Genius – Gretel Hänlyn “Wiggy”
4. 歌詞の考察
「Wiggy」は、精神の“不安定さ”を恐怖や絶望ではなく、ある種の“戯画化”として描いている。つまりこの曲は、心の中で暴れ回る自分自身を見つめるときの、ある種の滑稽さやシュールさを正面から描く稀有な作品である。
「自分の体に違和感を覚える」「頭の中が騒がしくて静まらない」「意味もなく喋ってしまう」——これらは一見ネガティブな感情でありながら、ここではユーモアとリズムによって“踊れる混沌”へと変換されている。そうしたアプローチにより、リスナーは重苦しくなることなく、自分のなかの“不安定さ”に共感し、笑い飛ばすような気持ちになれる。
特に印象的なのは、「サーカス」という比喩である。自分の脳内が混沌と化していることを、恐怖としてではなく“ショー”として捉える視点は、現代的でありながらどこか哲学的ですらある。混沌を否定するのではなく、むしろその中に居場所を見出そうとするこの姿勢が、Hänlynの最大の個性である。
この曲は、感情が制御不能になる瞬間の“おかしみ”と“真実”を同時に描く。聴き手は彼女の語る“カオス”に共鳴しつつ、「こんな気持ち、自分にもある」と密かに思うだろう。だからこそ「Wiggy」は、ポップソングでありながら、深く心理的で普遍的な一曲なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- I’m Not Your Dog by Baxter Dury
ユーモラスな語り口とアンバランスな自己像の描き方が重なる奇妙で中毒性のある楽曲。 - Boys Will Be Boys by Stella Donnelly
強烈なメッセージ性を軽やかなメロディに乗せることで、逆説的な印象を与える作風が共通。 - Kiss with a Fist by Florence + The Machine
破壊的な感情とエネルギーをポップに昇華するという点で、Hänlynの“暴走する感情”と共鳴。 -
How Was Your Day? by MUNA ft. Phoebe Bridgers
軽妙なトーンの中に、実は壊れかけた関係や自己不安を巧妙に織り込んだ現代的なポップデュエット。 -
Riot Van by Arctic Monkeys
日常の狂気と若者の衝動を、観察者のまなざしで切り取る語り口が近い。
6. カオスを愛するという新しい美学
「Wiggy」は、現代的な不安と向き合うための、新しい方法を提示している。感情の嵐を“重荷”としてではなく、“風変わりなダンス”として受け入れること。冷静を装うのではなく、むしろ“崩れている自分”を笑いながら眺めること——それがこの曲の根底にある態度だ。
Gretel Hänlynはここで、「情緒不安定」というラベルを、自らの武器に変えている。彼女の歌声は、落ち着いていながらもどこか鋭く、聴き手を安心させながら、油断した瞬間に深いところまで連れていく。その“危うさ”こそが、彼女の音楽の真骨頂である。
「Wiggy」は、精神のざわつきをそのまま肯定し、むしろその“バグ”の中に自分の輪郭を見出そうとする、Gretel Hänlyn流のオルタナティブ賛歌である。混沌を愛し、整っていない感情をそのまま祝福する——この曲は、現代を生きる私たちにとっての小さな解放の歌なのだ。
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