1. 歌詞の概要
「L/R」は、Nilüfer Yanya（ニルファー・ヤンヤ）が2019年にリリースしたデビューアルバム『Miss Universe』の中でも特に実験的で内省的な一曲であり、現実と内面、身体感覚と心の分離、そして“選択”というテーマを詩的に描いた作品である。
タイトル「L/R」は“Left/Right（左／右）”の略であり、これは物理的な方向を示すと同時に、精神的・感情的な“分岐点”を象徴している。楽曲全体を通して、語り手は自身の思考と身体が乖離していく感覚に取り憑かれ、「進むべき道を選び取れない」状態に陥っているように描かれる。
歌詞には反復と断片的なイメージが多用され、まるで内面の独白や夢の断片をつなぎ合わせているかのような印象を与える。そのなかで、“行き場のない不安”や“世界に溶け込めない感覚”が浮かび上がってくる。「L/R」は、明確な物語構造を持たないかわりに、聴く者の中にさまざまな感情のレイヤーを呼び起こす、抽象的で深い楽曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲は、『Miss Universe』の後半に収録されており、アルバム全体の流れにおける“中間地点の迷い”のような役割を果たしている。前後に挿入されるインタールードの「WWAY HEALTH」シリーズともリンクしつつ、「心の中にある分裂した声」が主題となっている。
Nilüfer Yanyaは、この曲について「左右に引き裂かれるような感覚を音にしたかった」と語っており、自己矛盾やアイデンティティの揺らぎといった、内面的なテーマが根幹にあることがうかがえる。
音楽的には、ミニマルで浮遊感のあるギターサウンド、空間的なエフェクト処理、そして重く沈むようなビートが特徴的で、歌詞の不確かさや語り手の混乱と完璧に共鳴している。電子音と生音の狭間を漂うような音作りは、まるで“夢うつつ”の感覚をそのまま音に変換したかのようだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Everything is moving left to right
すべてが左から右へ、ただ流れていくI can’t tell what’s wrong or right
正しいのか間違ってるのかも、もうわからないI keep thinking I might lose my mind
自分の心を失いそうな気がしてるBut it’s fine, it’s fine
でも、平気、大丈夫…たぶんWhat if I don’t want to decide?
決めたくないって思ったら、どうすればいい？
歌詞引用元：Genius Lyrics – L/R
4. 歌詞の考察
「L/R」は、選択肢があること自体が重荷になるような、現代的な不安を描いている。社会は「選びなさい」「自分で決めなさい」と私たちに求めるが、それが必ずしもポジティブな自由ではないことを、Nilüferはこの曲で静かに告げている。
「すべてが左から右へ流れていく」という感覚は、意識の外側から自分がどんどん引き離されていくような、ある種の“解離”にも似ている。その状態では、何が正しいのか、どうすればいいのかが曖昧になり、最終的に「選ばない」という選択にすら意味が持てなくなる。
一方で、「でも、たぶん大丈夫」と繰り返されるフレーズには、無力さと同時に“諦めにも似た受容”が感じられる。この曖昧な肯定があるからこそ、「L/R」はただの悲観的な曲ではなく、“不確かさを受け入れる勇気”のような余白を残してくれる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Don’t Delete the Kisses by Wolf Alice
日常と内面の距離感を独白のような詩で描いた、夢見がちなロックバラード。 - Alameda by Elliott Smith
外側の風景と内面の乖離を描く、繊細で痛みを含んだアコースティック作品。 - Clairvoyant by The Story So Far
選択の先に何も見えないときの葛藤と自問自答が重く響くエモ・バラード。 - Breathe Me by Sia
心の奥底でくすぶる“助けて”という感情を、抑えた声で丁寧に紡ぐ名曲。
6. “選べないこと”も選択のうち
「L/R」は、誰もが一度は経験する“選びたくない夜”のための楽曲である。何が正しいのか、どこに向かえばいいのかが見えないとき、社会は「自分で選べ」と言うが、その声に疲れてしまった人間にとって、選ばずに“漂う”こともまた必要な時間だ。
Nilüfer Yanyaは、この曲で「曖昧であること」「揺れていること」そのものを否定しない。それどころか、そうした不安定さの中にこそ“自分である”ことの真実があると語っているようにすら思える。
「L/R」は、明確な答えを示さない。そのかわりに、問いのままそこにあり続ける。そしてその“未解決”の状態こそが、現代を生きる私たちのリアルなのだ。選べない夜、立ち止まりたいとき、この曲は静かに寄り添ってくれるだろう。決めなくてもいい、と。揺れていることを、怖がらなくていいのだと。
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