
1. 歌詞の概要
Nilüfer Yanyaの「Anotherlife」は、今いる場所を受け入れようとしながら、それでも別の人生を夢見てしまう曲である。
タイトルの「Anotherlife」は、「別の人生」「もうひとつの生」と訳せる。
この言葉には、強い逃避の響きがある。
いまの自分ではない自分。
いまの関係ではない関係。
いまの痛みとは違う時間。
もし別の道を選んでいたら、という想像。
けれど、この曲は単純に「別の人生へ行きたい」と歌う曲ではない。
むしろ、別の人生を願う気持ちと、今の現実を受け入れなければならないという感覚が、ぎりぎりのところでせめぎ合っている。
歌詞の語り手は、相手の顔に何かを読み取っている。
そこには、もう隠せない事実がある。
相手を歩かせてしまうこと、手放してしまうこと、それを見ていられないこと。
その痛みが、曲の冒頭から流れている。
「Anotherlife」の感情は、とても静かに追い詰められている。
叫び散らすわけではない。
相手を激しく責めるわけでもない。
けれど、身体の内側では血が速く流れている。
心拍が上がり、息が浅くなり、どうしても何かを伝えたいという焦りがある。
Nilüfer Yanya本人は、この曲について、今いる状況を受け入れることについての曲だと説明している。一方で、「I’ll do anything」という歌詞には、絶望的な必死さも含まれていると語っている。(Pitchfork)
この説明は、曲の核心をよく示している。
受け入れる。
でも、諦めきれていない。
わかっている。
でも、まだ何かをしたい。
その矛盾が「Anotherlife」を動かしている。
サウンドは、Nilüfer Yanyaらしく、ギターを中心にしながらもジャンルの境界をすっとすり抜ける。
インディー・ロックの乾いた質感、R&B的な声の近さ、エレクトロニックな空間の広がり。
それらが重なり、曲は夜明け前の薄い光のように鳴る。
派手に爆発する曲ではない。
しかし、内側には確かに熱がある。
「Anotherlife」は、別の人生を夢見る曲であると同時に、今の人生から逃げられないことを知っている曲である。
だからこそ、美しい。
だからこそ、苦い。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Anotherlife」は、Nilüfer Yanyaの2作目のアルバム『PAINLESS』に収録された楽曲である。
『PAINLESS』は2022年3月4日にATO Recordsからリリースされた。アルバム情報では「Anotherlife」は同作のシングルのひとつとして扱われており、2022年2月16日に公開された楽曲である。(Wikipedia)
Dorkの楽曲ページでも、「anotherlife」は『PAINLESS』収録曲であり、Nilüfer YanyaとBullionによって書かれ、Bullionがプロデュースした曲として紹介されている。(Dork)
『PAINLESS』は、Yanyaのデビュー・アルバム『Miss Universe』に続く作品である。
前作が架空のウェルネス企業のようなコンセプトを含む、やや実験的で多層的なアルバムだったのに対し、『PAINLESS』はより引き締まっていて、感情の焦点がはっきりしている。
Pitchforkは『PAINLESS』について、失恋、居場所のなさ、拒絶といったテーマを扱いながら、Yanyaの柔らかな声としなやかなギターが強い身体性を持つ作品として評している。(Pitchfork)
「Anotherlife」は、そのアルバムの中でも終盤に置かれた重要な曲である。
『PAINLESS』というタイトルは興味深い。
直訳すれば「痛みのない」という意味になる。
しかしアルバムを聴くと、そこには痛みがたくさんある。
むしろ、このタイトルは皮肉のようにも聞こえる。
痛みがないのではなく、痛みに慣れすぎている。
あるいは、痛みを感じないふりをしている。
痛みを小さくするために、感情を切り離している。
「Anotherlife」にも、その感覚がある。
感情は深い。
でも、表面は比較的冷静だ。
声は熱を持っているが、過剰に泣き崩れない。
ギターは鋭いが、曲全体は抑制されている。
このバランスが、Nilüfer Yanyaの魅力である。
Yanyaの音楽は、しばしば「ギター・ソウル」と呼びたくなる独特な質感を持つ。
ロックのギターがある。
ソウルやR&Bの歌心がある。
ポストパンク的な乾きもある。
だが、そのどれにも完全には収まらない。
「Anotherlife」は、そうした彼女の中間的な音楽性をよく示している。
ギターは曲の骨格を作る。
リズムは前へ進む。
しかし、歌声はその上をふっと滑るように漂う。
そこにあるのは、激しいロックの直線性というより、感情を少し斜めから見つめるような距離感だ。
また、「Anotherlife」のミュージック・ビデオは、Yanyaの姉であるMolly Danielが監督している。Pitchforkは、このビデオがスリランカの熱帯的な目的地へ向かう旅のような映像であることを伝えている。(Pitchfork)
旅の映像と「Anotherlife」というタイトルの組み合わせは、とても自然だ。
別の場所へ行くこと。
いまの場所から離れること。
でも、どこへ行っても自分自身はついてくること。
その感覚が、曲のテーマと重なっている。
「Anotherlife」は、逃避の歌でありながら、逃避できなさの歌でもあるのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は、正規の音楽配信サービスや歌詞掲載サービスで確認できる。
ここでは著作権に配慮し、ごく短い一節のみを引用する。
引用元:Spotify「anotherlife」掲載ページ
It’s written on your face
和訳:
それは君の顔に書いてある
この一節は、曲の冒頭からすでに関係の終わりを予感させる。
言葉にされていない。
でも、顔には出ている。
相手が何を考えているのか、語り手にはもうわかってしまっている。
これは非常につらい瞬間である。
人間関係では、決定的な言葉が発される前に、すでに終わりが始まっていることがある。
目線、表情、間の取り方、沈黙。
そうした小さな変化が、言葉より先に真実を告げる。
「Anotherlife」は、その瞬間から始まる。
まだ何かできるかもしれない。
でも、もう遅いのかもしれない。
相手の顔に書かれているものを、見なかったことにはできない。
この短いフレーズには、受け入れの始まりと、抵抗の始まりが同時に含まれている。
引用した歌詞の著作権は各権利者に帰属する。歌詞の確認はSpotify「anotherlife」掲載ページなどの正規サービスを参照。
4. 歌詞の考察
「Anotherlife」の歌詞は、別れや喪失をめぐる曲でありながら、単純な失恋ソングには収まらない。
そこにあるのは、受け入れることの難しさである。
何かが終わりつつある。
相手の顔に、それはもう出ている。
流れは変わってしまった。
それでも、語り手はまだ何かをしたいと思っている。
この「わかっているのに、まだ抗いたい」という状態が、この曲の中心にある。
Yanya自身が語ったように、この曲は今の状況を受け入れることについての曲である。
しかし同時に、「I’ll do anything」という言葉には、必死さ、あるいは絶望的な願いがある。(Pitchfork)
受け入れと必死さは、普通なら反対のものに見える。
受け入れるなら、静かに手を離す。
必死なら、最後までしがみつく。
でも実際の心は、そんなふうに分かれない。
人は、頭ではわかっていても、身体がまだ納得しない。
もう終わったと理解していても、心のどこかがまだ相手を呼ぶ。
受け入れようとしているのに、同時に奇跡も待っている。
「Anotherlife」は、その曖昧な状態を描いている。
タイトルの「Anotherlife」は、ここでいくつもの意味を持つ。
まず、別の人生への願望がある。
もし別の人生だったら。
もし別のタイミングで出会っていたら。
もし別の自分だったら。
もし別の選択をしていたら。
こうした「もしも」は、終わりかけた関係の周囲に必ずまとわりつく。
人は、現実を受け入れるために、しばしば別の現実を想像する。
その想像は、慰めにもなる。
だが同時に、現実から離れられなくする鎖にもなる。
「Anotherlife」という言葉には、その両方がある。
別の人生を思い描くことで、今の痛みを少し和らげる。
でも、その別の人生が存在しないからこそ、今の人生がさらに苦しくなる。
この矛盾が美しい。
また、「another life」は死後の世界や来世のようにも聞こえる。
この曲でそこまで直接的に宗教的な意味が前面に出ているわけではない。
しかし、今の人生ではどうにもならないなら、別の生でなら、という願いには、どこか祈りに近い響きがある。
今ここでは届かない。
でも、別の場所、別の時間、別の形なら届くかもしれない。
それは恋愛の歌でありながら、もっと広い喪失の歌にも聞こえる。
Yanyaの歌声は、この感情を過剰にドラマ化しない。
ここが重要である。
「Anotherlife」は、感情の強い曲だ。
しかし、歌い方は決して大げさではない。
彼女の声は、少しざらついていて、近い。
だが、叫びすぎない。
痛みを見せるが、全部をさらけ出すわけではない。
この抑制が、曲の説得力を高めている。
本当に受け入れようとしている人は、いつも大きく泣くわけではない。
むしろ、静かに事実を見つめる。
その静けさの中で、内側だけが崩れていく。
「Anotherlife」は、その崩れ方を音にしている。
サウンド面でも、曲は非常に洗練されている。
Bullionのプロダクションは、Yanyaのギターと声を中心にしながら、空間を広く保っている。
ビートは強すぎず、しかし曲を前に運ぶ。
ギターは乾いた輪郭を持ちながら、どこか浮遊感もある。
この音像は、歌詞の「どこにも完全に着地できない」感覚とよく合っている。
前に進んでいる。
でも、解決していない。
逃げたい。
でも、現実からは離れられない。
そんな状態が、曲のテンポや音の余白に宿っている。
『PAINLESS』全体の中で「Anotherlife」は、アルバム終盤の柔らかい光のような曲でもある。
Pitchforkは『PAINLESS』について、感情的な痛みや拒絶を描きつつ、アルバムが進むにつれて癒えつつあるような、春めいた感覚も出てくると評している。(Pitchfork)
「Anotherlife」は、まさにその「癒えつつあるが、まだ痛い」場所にいる曲だ。
完全な絶望ではない。
しかし、完全な救いでもない。
現状を受け入れようとしている。
でも、まだ「何でもする」と言ってしまうほど、心は未練を持っている。
この未完成な感情が、曲をリアルにしている。
別れや喪失から立ち直るとき、人は一直線には進まない。
今日は受け入れられたと思う。
明日はまた苦しくなる。
もう大丈夫だと思った瞬間に、相手の顔や声を思い出す。
別の人生なら、と考えてしまう。
「Anotherlife」は、その揺り戻しを否定しない。
むしろ、その揺れこそが人間らしいと伝えているように聞こえる。
また、この曲は「見送ること」の歌でもある。
歌詞には、相手を歩かせる、歩いていく相手を見られない、という感覚がある。
これは非常に視覚的だ。
相手が去っていく。
自分はそこにいる。
止めたい。
でも止められない。
この情景は、失恋や別れの中でも特に痛い瞬間である。
言葉で終わりを告げられるよりも、背中を見送ることのほうが、現実味を持ってしまうことがある。
相手が動いている。
自分は動けない。
その速度の差が、関係の終わりを決定づける。
「Anotherlife」は、その速度の差を歌っている。
そして、その差を埋めるために、語り手は別の人生を思い描く。
今この人生では追いつけない。
でも、別の人生なら。
この願いは切ない。
けれど、同時にどこか美しい。
なぜなら、そこにはまだ相手を大切に思う気持ちが残っているからだ。
完全に憎むことができれば、別の人生など願わない。
どうでもよければ、何でもするとまでは思わない。
「Anotherlife」は、愛がまだ残っている状態で、終わりを受け入れなければならない人の曲である。
だから苦しい。
愛が消えたから終わるのではない。
愛があっても終わることがある。
むしろ、愛があるから終わりを受け入れるのが難しい。
その現実を、この曲は静かに描いている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Midnight Sun by Nilüfer Yanya
『PAINLESS』の中でも特に印象的なシングルであり、Yanyaのギターと声の魅力がよく出ている曲である。「Anotherlife」の受け入れと切実さの混ざった感覚が好きなら、この曲の不穏なロマンティシズムにも惹かれるはずだ。夜と光、親密さと不安が同時に鳴っている。
- Stabilise by Nilüfer Yanya
『PAINLESS』からの先行シングルで、より鋭いリズムと都市的な緊張感を持つ曲である。「Anotherlife」が現実を受け入れるための内向きの曲だとすれば、「Stabilise」は自分の足場を探すような外向きの曲である。ギターの切れ味と、Yanyaの冷静な歌い方が見事に噛み合っている。
- The Dealer by Nilüfer Yanya
同じく『PAINLESS』収録曲で、リズムの跳ね方とメロディのしなやかさが魅力的な一曲である。「Anotherlife」のやや夢のような受け入れのムードに対し、こちらはもっと動きがあり、軽やかな緊張を持つ。Yanyaの歌が、ロック、ソウル、エレクトロニックの境界を自然に越えていく感覚を味わえる。
- Bags by Clairo
曖昧な関係、言葉にできない好意、不安定な心の位置を、やわらかいインディー・ポップとして描いた曲である。「Anotherlife」のように、感情がはっきり決着しないまま漂っている。ギターの親密な鳴りと、声の近さが心地よく、別の人生を思い描くような未練にも通じる。
- Hard Drive by Cassandra Jenkins
「Anotherlife」と直接似たサウンドではないが、受け入れ、回復、現実を少しずつ見つめ直す感覚という点で通じる曲である。語りとメロディの間を漂うような構成が美しく、傷のあとにある静かな移動を感じさせる。Yanyaの抑制された感情表現が好きな人には深く響くだろう。
6. 別の人生を夢見ることと、今を受け入れること
「Anotherlife」は、別の人生を夢見る曲である。
しかし、それは単なる逃避ではない。
むしろ、この曲は逃げたい気持ちを抱えながら、今いる場所へ戻ってくる曲である。
ここが美しい。
人は、どうしようもない現実にぶつかったとき、別の人生を想像する。
あの時、違う言葉を選んでいたら。
あの時、相手を引き止めていたら。
もっと早く気づいていたら。
もっと強い自分だったら。
別の場所で出会っていたら。
そういう想像は、現実には何も変えない。
でも、人が痛みを処理するためには必要なこともある。
「Anotherlife」は、その想像を否定しない。
別の人生を思い描くことは、弱さかもしれない。
でも、それは同時に、まだ何かを大切に思っている証拠でもある。
完全に諦めた人は、別の人生など考えない。
どうでもよくなった人は、もしもを思い返さない。
だから、この曲の中の「another life」は、未練であり、祈りであり、最後の優しさでもある。
ただし、曲はそこに留まり続けない。
Yanyaが語ったように、この曲には受け入れのテーマがある。(Pitchfork)
つまり、別の人生を想像しながらも、最終的にはこの人生に戻らなければならない。
この二重構造が「Anotherlife」の深みを作っている。
受け入れるとは、何も感じなくなることではない。
未練が消えることでもない。
泣かなくなることでもない。
受け入れるとは、未練があるままでも、現実を見ようとすることだ。
相手の顔に書かれているものを見る。
去っていく相手を見る。
自分の中に走る痛みを見る。
そして、それでも今ここにいる自分を認める。
「Anotherlife」は、その過程を描く曲である。
サウンドもまた、その過程に寄り添っている。
曲は強く前へ進むわけではない。
しかし、止まってもいない。
ゆっくりと歩く。
時々立ち止まる。
それでも、ほんの少しずつ移動している。
ギターの響きには乾いた明るさがある。
ビートには抑えた推進力がある。
声には諦めと願いが同時に宿っている。
そのすべてが、曲に淡い浮遊感を与えている。
「Anotherlife」は、暗い部屋で崩れ落ちる曲ではない。
むしろ、外へ出る直前の曲だ。
まだ痛い。
まだ苦しい。
でも、少しだけ空気が動き始めている。
この感覚は、『PAINLESS』というアルバム全体の終盤にふさわしい。
痛みが消えたわけではない。
でも、その痛みと一緒に歩けるようになりつつある。
タイトルの「PAINLESS」は、完全に痛みがないというより、痛みとの付き合い方が変わることを示しているようにも思える。
最初は鋭く刺さっていた痛みが、少しずつ輪郭を変える。
なくならない。
でも、少しだけ持ち運べるものになる。
「Anotherlife」は、その途中にある曲だ。
また、この曲には、Nilüfer Yanyaのソングライターとしての成熟もよく表れている。
彼女は感情を過剰に説明しない。
比喩も、歌唱も、アレンジも、どこか余白を残している。
この余白が、リスナーに入り込む場所を与える。
「これはこういう物語です」とすべてを決めつけない。
だから聴き手は、自分の別れ、自分の未練、自分の「別の人生」をそこに重ねることができる。
この開かれ方が、Yanyaの音楽の大きな魅力である。
彼女の声は、強く主張するというより、近くでつぶやく。
でも、そのつぶやきには芯がある。
「Anotherlife」でも、声は傷ついている。
しかし、壊れきってはいない。
そこに救いがある。
別の人生を夢見ることは、今の人生への敗北ではない。
時には、それを想像することでしか、現実を受け入れられないことがある。
もしもを考えたあとで、やっぱり今ここに戻る。
別の人生を思い描いたあとで、この人生を少しずつ引き受ける。
「Anotherlife」は、その静かな帰還の曲である。
大きな結論はない。
完全な解放もない。
でも、少しだけ呼吸が深くなる。
その小さな変化が、この曲の中でとても大切にされている。
終わりは、いつも劇的な断絶としてやってくるわけではない。
相手の顔に書かれているものを読む。
歩いていく背中を見送る。
何でもすると言いたくなるほどの気持ちを抱える。
それでも、何もできないことを知る。
そんな小さな瞬間の積み重ねが、終わりになる。
「Anotherlife」は、その終わりの周辺を歩く曲だ。
別の人生なら、違ったかもしれない。
そう思うことは、きっと間違いではない。
でも、この曲はその想像のあとに、静かに今の人生へ戻ってくる。
そこに、この曲の本当の強さがある。
逃げたい。
でも、逃げきれない。
受け入れたい。
でも、まだ痛い。
「Anotherlife」は、その間で鳴っている。
そして、その間こそが、私たちが実際に生きている場所なのかもしれない。

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