
1. 歌詞の概要
「10:36」は、Beabadoobeeが2022年に発表したセカンドアルバム『Beatopia』に収録された、鋭くもグルーヴィーなオルタナティブ・ロックナンバーである。アルバムの中でも特にエッジの効いたギターリフとエネルギッシュなリズムが印象的で、彼女の持つラウドな一面とパーソナルな感情が融合した、極めて“Bea的”な楽曲となっている。
タイトルの「10:36」は、ある夜に彼女が不眠の中で時計を見たときの時刻であり、そこから溢れ出す感情――孤独、不安、そして誰かの存在が必要な夜――がそのまま楽曲の中に封じ込められている。
歌詞は「肌のぬくもり」という一見センシュアルな表現を使いながらも、本質的には「自分がまだ誰かに必要とされているのか?」という問いや、「他人の存在なしには眠れない」と感じる精神的依存を赤裸々に描いている。つまりこれは、愛や快楽の歌ではなく、「孤独の埋め方」をめぐる内面の叫びなのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「10:36」は、Beabadoobeeの持つオルタナティブ・ロックのルーツが強く表れた曲であり、彼女自身も「他人への依存」や「自立と矛盾する欲求」に関する葛藤から生まれたと語っている。特にこの楽曲では、前作『Fake It Flowers』で確立した90年代グランジやローファイ・ロックの美学を、より攻撃的に、より即物的に進化させている。
プロデューサーには再びThe 1975のGeorge DanielとMatty Healyが名を連ね、グルーヴィーなベースラインとヘヴィなリズムが絶妙に絡み合うアレンジとなっている。ラップ調に近いボーカルのフレーズとキャッチーなフックが交差する構成は、Beabadoobeeの新しい表現の幅を印象づけるものだ。
また、この曲はライブでも非常に人気が高く、観客の歓声とシンクロする“コール&レスポンス”的な要素も持ち合わせている。静的な楽曲が多い『Beatopia』の中で、ひときわダイナミックな起爆剤のような位置づけと言えるだろう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I know I said I was stable
安定してるって言ったけどI’m unable to let you go
あなたを手放すことなんてできなかったIt’s 10:36 and I can’t stop thinking about you
10時36分、あなたのことばかり考えてるI need to feel your skin
あなたの肌のぬくもりを感じたいのI can’t sleep alone again
またひとりじゃ眠れない
歌詞引用元:Genius Lyrics – 10:36
4. 歌詞の考察
「10:36」は、Beabadoobeeにとって極めてパーソナルな自白であると同時に、現代的な人間関係の在り方に鋭く切り込んだ作品でもある。彼女が描くのは、決して「ロマンティックな愛」ではなく、「他人の存在が自分を保つための仮支えになっている」という非常に生々しい依存の構造だ。
この曲では、「私は安定してる」と口にしながらも、それが虚勢であることがすぐに暴かれる。そして「眠れない夜」という普遍的な情景を通して、人はどれほど誰かに寄りかかることに慣れてしまっているのかという問いが投げかけられる。
重要なのは、こうした依存が恥ではないということを、Beabadoobeeが肯定的に捉えている点である。誰かが必要であるという感情を隠さずに、むしろそれをロックという形式で爆発させることで、彼女は自分自身を肯定している。その姿は、同じように孤独と闘っているリスナーにとって、共感と解放をもたらすだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Maps by Yeah Yeah Yeahs
強くて脆い女性像と「あなたがいないと眠れない夜」の情感が重なる。 - Oblivion by Grimes
浮遊感と暴力性が共存する、現代的な依存と疎外感のエレクトロニカ。 - Cool Girl by Tove Lo
自己認識と他者への感情を行き来する、女性目線のクールな告白。 - Alaska by Maggie Rogers
自然とともに自分を回復させていく過程を、ポップに昇華した楽曲。
6. “不安定さ”の美学としての「10:36」
Beabadoobeeが「10:36」で見せているのは、“不安定さ”を堂々と歌い上げる強さである。かつて「弱さ」は避けるべきものとされていたが、今の彼女はそれを肯定し、他者との依存や心の揺らぎすらも音楽に変えていく。
この曲に漂うのは、他者を求める衝動のどうしようもなさと、それでもそれを「恥」としない時代の感覚だ。彼女は言葉の端々に、「私はまだ不完全だけど、それでいい」と語っている。
「10:36」はそのタイトルの数字のように、ふとした夜の静けさに突然差し込む感情を切り取った小さな物語だ。そして、それは聴く人一人ひとりの“夜”にも静かに寄り添ってくれる。不安や孤独を、爆音とともに肯定してくれるこの曲は、Beabadoobeeの中でも異色にして核心を突く名曲といえるだろう。
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