1. 歌詞の概要
「Lucretia My Reflection」は、The Sisters of Mercyが1988年に発表したアルバム『Floodland』に収録された楽曲であり、同作を象徴する一曲として高く評価されている。ミニマルで重厚なベースリフ、リズムマシンによる無機質なビート、そしてアンドリュー・エルドリッチの低く冷たいヴォーカルが、徹底的に「様式化された終末感」を描き出している。
タイトルにある「Lucretia」とは、古代ローマの悲劇的な女性の名であり、あるいは象徴的な「女性像」そのものを投影した存在とも解釈されている。ここで歌われる「Lucretia」は、単なる個人ではなく、虚無と欲望が交差する都市の夜を映し出す鏡のような存在であり、リフレインされる“My reflection”という言葉には、自己認識とその崩壊が交錯している。
この楽曲は、都市に巣食う疎外感と、そこに生きる者たちの無情な自我意識を、感情の起伏を抑えた語り口で描いており、冷酷なまでに美しい風景が広がっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Lucretia My Reflection」は、『Floodland』におけるアンドリュー・エルドリッチの明確なコンセプトのもとで書かれた楽曲であり、脱退した元メンバーたち、特にThe Missionを立ち上げたウェイン・ハッセイへの皮肉や決別のニュアンスも含まれているとされる。
エルドリッチ自身がこの曲の「Lucretia」を、アルバムで共作した元パートナー、パトリシア・モリソン（Patricia Morrison）の仮想的な投影として語ったこともある。彼女のクールで退廃的なイメージは、ルクレチアという名の裏に隠された「反射＝影」として機能し、バンドの美学と都市神話が交錯する。
また、バンドのサウンドは当時、よりインダストリアルかつシンセティックな方向にシフトしており、この曲はその到達点とも言える。ハードでメカニカルなビートに重低音のベースラインが絡みつき、都市の鼓動とともに「喪失」と「再構築」のリズムを刻んでいく。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に歌詞の印象的な一節を抜粋する。引用元：Genius
I hear the roar of a big machine
巨大な機械の咆哮が聞こえるTwo worlds and in between
二つの世界の狭間でHot metal and methedrine
熱い金属とメタドリン（覚醒剤）I hear empire down
帝国が崩壊する音がする
このように、都市の騒音と薬物、帝国の終焉といったイメージが一体となり、退廃的かつ暴力的な美学を構築している。
My name is called religion
私の名は宗教と呼ばれるSad words and grief
悲しい言葉と深い嘆きLucretia, my reflection, dance the ghost with me
ルクレチア、私の影よ 共に幽霊と踊ってくれ
この「dance the ghost with me」は、過去の亡霊、記憶、喪失と共に生きる行為を象徴し、実在する感情よりも「亡霊（ゴースト）」が支配する世界観を表現している。
4. 歌詞の考察
「Lucretia My Reflection」において特筆すべきは、その象徴的な言語と、語り手が置かれた都市空間の描写である。ここで描かれる都市は、帝国の残骸、産業の死体、そして感情を失った機械によって構成されている。歌詞にある「Two worlds and in between」というフレーズは、精神と肉体、現実と夢想、あるいは政治と個人の狭間で漂う存在を示唆している。
語り手は、自身の「影」であるルクレチアに呼びかけるが、その影こそが本来の自我であり、都市の狂騒の中で壊れていく「自画像」なのかもしれない。そして「My name is called religion」という強烈な一節は、信仰という概念さえも、個人の崩壊と統治のためのツールへと堕してしまった時代認識を含んでいる。
この曲は、過剰な産業化、都市化、消費社会に対する冷笑と、そこに生きる者の深い諦念を詩的に昇華している。だからこそ「Lucretia」は、単なる女性名ではなく、「私」という存在の影、あるいは時代の亡霊としての共犯者なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Nine While Nine by The Sisters of Mercy
同じく『Floodland』収録。耽美的で暗鬱な旋律とエルドリッチのモノローグが響く。 - Walk Away by The Sisters of Mercy
もっとギターベースの構造が強いが、内面的な断絶と逃避のテーマは共通する。 - She’s in Parties by Bauhaus
ルクレチア的な神秘性と都会の憂鬱が漂う、耽美な一曲。 - Christine by Siouxsie and the Banshees
二重人格的存在と都市の迷宮を描いた歌詞が、「Lucretia」にも通じる。 -
Big City (Everybody I Know Can Be Found Here) by Spacemen 3
都市と幻覚の境界を超えるようなサウンドスケープ。
6. 影が主役になるとき：近未来的都市讃歌としての価値
「Lucretia My Reflection」は、ゴシックロックというジャンルの中でも特異な存在である。サウンドは機械的、感情は抑制され、歌詞は哲学的。しかし、その冷たさの中に燃えるような美しさが潜んでいる。退廃ではなく、美学としての無機質。諦念ではなく、再構築の余地を残した崩壊。そういった二面性が、この曲をただの暗い歌として終わらせない所以である。
都市の残響、産業の影、亡霊の踊り。そのすべてが「ルクレチア」という名の反射の中に収斂し、聴く者を自らの「影」と対峙させる。この曲は、夜の都市を歩くすべての者に向けた、静かなるアンセムであり、自己像の再発見を迫る祈りにも似ているのだ。
コメント