発売日: 2022年4月8日
ジャンル: インディーロック、ポストパンクリバイバル
概要
『Wet Leg』は、イギリスのインディーロックデュオ、Wet Legが2022年に発表したデビューアルバムであり、ユーモアと皮肉を織り交ぜたポストパンクリバイバル・サウンドが特徴である。
ワイト島出身のRhian TeasdaleとHester Chambersによって結成されたWet Legは、デビューシングル「Chaise Longue」のバイラルヒットによって一躍注目を浴びた存在となった。
このアルバムは、彼女たちが突如現れた”ポップパンクの新星”としての期待に応える形でリリースされたものである。
制作にあたっては、ダン・キャリー(Speedy Wunderground)がプロデュースを担当。
彼の持つローファイ感覚と、Wet Legの奔放なエネルギーが絶妙に交差し、現代のUKインディーシーンに新風を巻き起こす作品となった。
彼女たちの音楽は、Sleaford ModsやDry Cleaning、Courtney Barnettといったアーティストの系譜に位置付けられることが多い。
ただし、Wet Legはそれらの先輩たちよりも遥かにライトで遊び心に満ちており、重苦しさを感じさせない点がユニークである。
パンデミック下で制作された背景も影響し、閉塞感や無力感を皮肉たっぷりに笑い飛ばすようなトーンが全編に漂っている。
リリース直後から英米のメディアで絶賛され、アルバムはUKチャート初登場1位、グラミー賞でも「最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞」などにノミネートされた。
まさに、現代の若者たちのムードを象徴するデビュー作であり、その存在はインディーロックに新たな軽やかさをもたらしたのだ。
全曲レビュー
1. Being in Love
オープニングを飾るこの曲は、恋に落ちたときの不安と興奮をポップなサウンドで描いている。
ドリーミーなギターと揺らぐボーカルが、甘くもどこか所在ない気分を表現しているのが印象的だ。
2. Chaise Longue
バンドを一躍有名にした代表曲。
「ママがドミノズピザをくれるって!」などの奇抜なリリックと、単調ながら中毒性の高いリフが絶妙に絡む。
無意味な会話の断片が連なる歌詞は、現代の若者文化に対する軽妙な風刺とも読める。
3. Angelica
煌びやかなギターと跳ねるリズムが心地よいナンバー。
パーティーの虚しさや疎外感を描きながらも、どこか肩の力が抜けた歌い口がリアリティを持たせている。
4. I Don’t Wanna Go Out
引きこもりたい気分をストレートに歌った曲。
シンセとギターが絡み合うサウンドは、初期The Strokesを思わせる軽快さを持つ。
5. Wet Dream
エロティックな妄想を茶化すように歌った一曲。
キャッチーなコーラスと挑発的なリリックが耳に残る。
性的なテーマをユーモラスに描くバランス感覚が見事だ。
6. Convincing
Chambersがリードボーカルを務め、アルバム中でもっともメランコリックなトーンを持つ。
浮遊感のあるギターと控えめなリズムが、傷つきやすさを際立たせている。
7. Loving You
別れた恋人への未練と怒りが交錯するリリックが特徴。
一見ポップなサウンドに乗せて、痛みと皮肉が滲み出る。
8. Ur Mum
タイトルからして遊び心満載なこの曲は、元恋人への痛烈な皮肉を込めたナンバー。
途中の「最長絶叫」パートが強烈なインパクトを残す。
ティーンエイジャーの怒りと笑いを凝縮したかのような一曲だ。
9. Oh No
SNS疲れをテーマにした鋭いナンバー。
不安と自己嫌悪を、ギターのざらついた音とともにエネルギッシュに叩きつける。
10. Piece of Shit
毒舌たっぷりにダメ男を罵倒する痛快な曲。
だが、それを軽やかにポップソングにしてしまうセンスはWet Legならではである。
11. Supermarket
スーパーマーケットでのぼんやりとした日常を切り取ったミニマルな一曲。
虚無感をポップに昇華する手腕が光る。
12. Too Late Now
アルバムを締めくくる、最も壮大でエモーショナルなトラック。
自己受容と成長をテーマに据えたリリックと、ビルドアップしていくサウンドが感動的な余韻を残す。
総評
『Wet Leg』は、デビュー作とは思えない完成度と自由さを併せ持ったアルバムである。
肩の力が抜けたポストパンク的なサウンドと、皮肉とユーモアを織り交ぜたリリックが絶妙に噛み合い、リスナーに独特な高揚感と解放感を与える。
曲ごとのキャラクターははっきりしていながら、アルバム全体のトーンは統一感があり、通して聴くと一つの若者文化のスナップショットのような趣を持つ。
閉塞感に満ちた時代において、Wet Legの”ふざけながらも本気”というスタンスは、多くのリスナーにとって救いのように響いたのだろう。
楽曲は一見シンプルだが、細かいアレンジやテンポの妙にセンスが光る。
特に「Chaise Longue」や「Ur Mum」のような曲では、鋭いユーモアとポップネスの絶妙なバランスが際立っている。
どこか投げやりでありながら、同時に誠実でもあるこのアルバムは、インディーロックの未来に対するささやかな希望を感じさせる。
あらゆる意味で、2020年代のムードを象徴する重要作なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Dry Cleaning『New Long Leg』
同じく語り口のボーカルとポストパンクサウンドが特徴。よりダークなムードが漂う。 - Courtney Barnett『Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit』
ユーモアを交えた内省的なリリックと、シンプルながら骨太なギターサウンドが共通。 - Snail Mail『Lush』
若者の感情の揺らぎを繊細に描くインディーロック作品。湿度の高いメランコリアが美しい。 - The Strokes『Is This It』
シンプルなロックサウンドと若者特有の倦怠感を描き出した初期衝動の名作。 - Wolf Alice『Blue Weekend』
より広がりのあるサウンドとエモーショナルな表現力を持つ、現代UKロックの進化形。
制作の裏側(Behind the Scenes)
プロデューサーを務めたダン・キャリーは、Speedy Wundergroundレーベルの主宰者でもあり、サウスロンドンの新鋭たちの才能を数多く開花させてきた存在である。
このアルバムも、キャリーのロンドン・スタジオでわずか数週間でレコーディングされたという。
使用機材には、アナログのリボンマイクや、ヴィンテージ感のあるギターアンプが用いられた。
そのため、どの曲にもわずかにザラついた質感が宿り、Wet Legの遊び心と即興性をより引き立たせている。
また、バンド自身が「完璧を目指さないこと」を意識して制作を進めたと語っており、ミスやノイズもあえてそのまま残す方針が取られた。
この”未完成の美”こそが、アルバムの魅力を支えているのである。
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