発売日: 2014年4月29日
ジャンル: ポストパンク、インディーロック
Oughtのデビューアルバム『More Than Any Other Day』は、2010年代初頭のインディーシーンに鋭い一撃を放った作品である。カナダ・モントリオールを拠点とするこのバンドは、抑えきれないエネルギーと社会的メッセージ性を織り交ぜたユニークなスタイルで、ポストパンクというジャンルに新たな息吹を吹き込んだ。彼らのサウンドは、The FallやTalking Headsのような先駆的バンドを思わせるが、同時に独自の鋭さと現代性を持ち合わせている。本作は、日常の些細な喜びから世界の矛盾を凝視するような視線を通じて、リスナーに現実と向き合うことを促している。
プロデューサーには、マット・マットランドが起用され、Ought特有のローファイでざらついた音質を活かしながらも、混沌とした感情の流れが際立つように仕上がっている。レーベルのConstellation Recordsからのリリースも、この音楽のアート性とメッセージ性を重視したアプローチに合致しており、商業主義とは一線を画した作品となっている。本作は、冷ややかなユーモアと飄々とした風刺を武器に、日常のルーチンや疎外感、社会の規範に挑戦する姿勢が強烈に印象に残る作品だ。リスナーに、ある意味で不安定ながらも解放感を感じさせるアルバムとなっている。
トラック解説
1. Pleasant Heart
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、ギターの不協和音とドラムが鳴り響き、緊張感とともに聴き手を引き込む。フロントマンのティム・ダーシーが、囁くようにして無情な日常の中に潜む不安を表現するボーカルが印象的だ。ポストパンク特有の冷徹さの中に、感情の機微が宿る楽曲であり、開放感を伴いつつも抑圧感を抱かせるような独特のムードが漂う。
2. Today, More Than Any Other Day
アルバムのタイトル曲であり、Oughtを象徴するナンバー。淡々としたリズムから、やがて昂揚感が湧き上がるようにサウンドが膨れ上がり、「今日こそは、今までのどの日よりも」というフレーズが繰り返される。希望と皮肉が交錯する歌詞は、聴く者の心に刺さり、抑えきれないエネルギーが解き放たれる。リズムが激しくなる終盤には、演奏とボーカルの狂騒が頂点に達し、リスナーの高揚感をさらに引き上げる。
3. Habit
内省的でスローな展開が印象的な一曲。ミニマルなビートとゆったりとしたリズムが、まるで重い足取りで歩くかのように続く。歌詞には日々の繰り返しの中で失われていく自我と、それを見つめる冷静さが描かれており、ある種の孤独感と解放感が混ざり合っている。曲のラストではテンポが少しだけ速くなり、出口のないループからの一瞬の解放を感じさせる。
4. The Weather Song
軽快なギターリフが特徴的なこの曲は、天候という日常的なテーマを通して、現実逃避的な要素をうっすらと含んでいる。ティムのボーカルがどこか気だるげに響く中、「天気が変わるように、何かが変わるかもしれない」という期待と不安の入り混じった思いが込められている。シンプルなメロディと淡々としたリズムが織りなすこの曲は、聴く者を穏やかに包み込む。
5. Forgiveness
緩やかに進行するこのトラックは、許しのテーマを中心に据えた深い楽曲。シンプルな構成とともに、ティムの苦悩を含む歌詞が重く響く。楽器構成が控えめで、まるで内面的な葛藤をそのまま反映したかのようなサウンドが印象的である。この曲では、個人的な成長や赦しというテーマがじっくりと描かれ、聴き手の感情に訴えかける。
6. Around Again
このトラックは、リズムの心地よい繰り返しと飽きのこない展開が特徴。タイトル通り、何度も同じことを繰り返す生活のループと、そこから生まれるモヤモヤが歌詞に現れている。ギターとドラムが絡み合うサウンドが徐々に変化していき、日常の中に潜む動揺や不安を表現している。
7. Clarity!
タイトルからも分かる通り、クリアなメッセージと明確なビートが特徴の楽曲。ギターが鮮やかに響き、エネルギッシュなリズムが続く。ティムが叫ぶように歌う部分では、自分自身に対する問いかけが表現され、まるで目が覚めるような感覚をリスナーに与える。アルバム中でも特に前向きなエネルギーを感じさせる一曲だ。
8. Gemini
アルバムの最後を締めくくるこの曲は、静かなイントロから徐々に感情が昂ぶる展開が見事だ。多面的なリズムとティムのボーカルが入り乱れ、まるで対立する二面性を表現するように聞こえる。希望と絶望、行き詰まりと突破口が入り混じるような雰囲気で、聴き終わった後に深い余韻を残す。
アルバム総評
『More Than Any Other Day』は、日常の些細な瞬間と深いテーマを大胆に交錯させた一作であり、Oughtの個性とメッセージ性が際立つ作品となっている。ポストパンクのスタイルに独自のリリックと感情を持ち込むことで、現代の不安定な社会や個人の葛藤を見事に表現している。無秩序でありながらも妙に安定感のあるこのアルバムは、聴くたびに新たな発見があるため、リピートに耐えうる一枚だ。社会の矛盾を真っ直ぐ見つめ、個々の楽曲を通じて心の深い部分に訴えかけてくるその姿勢は、リスナーに強烈な印象を残すだろう。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
Strange Peace by METZ
同じくカナダ出身のMETZによるこのアルバムは、騒々しくも圧倒的なエネルギーが炸裂するノイズロックの一枚。社会的メッセージ性も共通しており、荒々しいサウンドを求めるリスナーにはたまらない。
Is This It by The Strokes
ポストパンク・リバイバルの代表作ともいえるこのアルバムは、Oughtのサウンドに似たエッジの効いた雰囲気が魅力。日常の憂鬱と喜びを表現するスタイルも重なり、特に共鳴するだろう。
Entertainment! by Gang of Four
ポストパンクの源流とも言えるアルバム。鋭い社会批判とシンプルながらも引き込まれる楽曲構成が、Oughtファンにとっても響くポイントが多い作品である。
Remain in Light by Talking Heads
アートロックとポストパンクのクロスオーバーを象徴する一作。奇妙なリズムと社会性のある歌詞が印象的で、Oughtの音楽性にも共通点が見出せる。
Total Control by Total Control
ポストパンク・サウンドを現代風にアレンジしたアルバムで、鋭いメロディと不穏なムードが特徴。無駄のない構成と強烈なメッセージ性で、同じくOughtを好きなリスナーには響くだろう。
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