アルバムレビュー：Eight by New Model Army

発売日: 2000年2月28日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポストパンク、アート・ロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
- 関連記事:

概要

『Eight』は、New Model Armyが2000年にリリースした8枚目のスタジオ・アルバムであり、バンドが2000年代という新たな時代を迎えるにあたって提示した、“再構築”と“静かな挑戦”の記録である。
タイトルが示すように、これは彼らの8作目のアルバムであると同時に、“無限”を象徴する「8の字（∞）」の意味合いも含んでいるようにも思える。
サウンド的には、前作『Strange Brotherhood』の壮大で装飾的なアレンジを一旦引き算し、よりミニマルでダークなトーンへと回帰しているのが特徴である。

1990年代の怒りと理想を経て、本作で描かれるのは、現実を受け入れながらもなお希望を探し続ける“成熟した闘志”である。
プロダクションはタイトにまとめられ、陰影のあるギター・サウンドと沈み込むようなリズムが、より深く内面へと入り込む。
本作はまた、ファンとバンドの間に築かれた独自の絆、「Strange Brotherhood（奇妙な兄弟団）」の継続を静かに示す作品でもある。

全曲レビュー

1. Orange Tree Roads

神秘的なムードとフォーキーなギターの旋律で幕を開ける、内省的なプロローグ。
“オレンジの並木道”というイメージが、記憶やノスタルジーを喚起する。
静けさの中に、かすかな希望と覚悟が見え隠れする。

2. You Weren’t There

本作の代表曲にして、ライブでも定番となった名曲。
「君はそこにいなかった」という繰り返しのフレーズが、欠落と痛み、そして孤独の感覚を静かに突きつける。
メロディは非常に美しく、リリックは皮肉と悲しみが同居する。

3. Someone Like Jesus

タイトルは宗教的だが、内容はむしろ現代社会における“信仰の不在”を描いたもの。
「誰かイエスのような人がいれば」という叫びは、失われた倫理や思いやりへの希求にも聞こえる。
シリアスなテーマを内包しながらも、演奏はミッドテンポで静かに響く。

4. Centre

都市の雑踏と精神の迷宮を重ね合わせたような、混沌と緊張感に満ちたナンバー。
中心（Centre）を探すというモチーフが、現代におけるアイデンティティの空洞化を暗示する。
リズムの不穏さとギターの切れ味が印象的。

5. Innocent

シンプルなコード進行の中で繰り返される「イノセント」という言葉。
その響きが皮肉にも、かつて持っていた純粋さや理想の喪失を反映している。
演奏は抑制的で、静かに胸を締めつける。

6. Lust for Power

再録ではない新曲としての“権力への渇望”を扱う。
ここでは、個人の中にある欲望の危うさに焦点が当てられ、自分の中の“支配したい衝動”を問い直す内容となっている。
重く沈むようなサウンドと低音ボーカルが不気味な魅力を放つ。

7. Eight

アルバム・タイトルと同名のインストゥルメンタル・トラック。
8の字を描くようなループ感のある構成で、時間や意識の循環を表現しているようにも感じられる。
短いが詩的で、アルバムの中盤における“間（ま）”として機能する。

8. Too Close to the Sun

情熱の代償や、近づきすぎた理想がもたらす崩壊を描いたトラック。
イカロス神話のようなモチーフが感じられ、燃え尽きることへの恐れと諦念が交錯する。
ギターの広がりとドラムの高揚が印象的で、アルバムの中でも特にドラマティックな一曲。

9. Killing

人間の暴力性を主題にした、静かに怒るようなトラック。
殺すことの構造、そしてその感情の冷たさが、ミニマルな演奏に乗せて描かれる。
繊細だが重い。

10. One of the Chosen

“選ばれし者”への皮肉と羨望、あるいは憧れと拒絶が混在する曲。
特権階級や宗教的選民思想を暗に批判しつつも、「自分だって選ばれたかった」という人間的弱さも描く。
ボーカルの感情表現が濃密。

11. Somebody Else

自己喪失とアイデンティティの転移がテーマ。
「自分ではない誰かになりたい」という欲望と、それが叶ってしまったときの空虚さが交錯する。
メロディは穏やかだが、詞は極めて鋭く深い。

総評

『Eight』は、New Model Armyが90年代の多層的なサウンドと詩性を一度リセットし、2000年代を迎えるにあたって“削ぎ落とし”と“内省”を選んだ作品である。
ここには爆発する怒りや叫びはないが、その代わりにじわじわと染みてくる感情の“温度差”と“静かな闘志”がある。

バンドが常に扱ってきたテーマ──信念、孤独、社会、愛──は、本作でも健在でありながら、それらはより沈静化し、より個人的に、そしてより詩的に描かれるようになっている。
彼らの音楽はもはや政治的プロテストではなく、「生きることそれ自体」への黙々とした共鳴なのだ。

『Eight』は、大声をあげずとも、確かな手触りを残す“内なるマニフェスト”である。
New Model Armyという名の思想体が、時代とともに変化しながらも失わない魂の形を、ここに見ることができる。