
発売日: 2019年12月6日
ジャンル: ロック、アートロック、クラシック・ロック、モダン・ロック
概要
『WHO』は、The Whoが2019年に発表した通算12枚目のスタジオ・アルバムであり、前作『Endless Wire』(2006年)から13年ぶりとなる完全新作である。
1965年のデビューから半世紀以上を経て、ピート・タウンゼントとロジャー・ダルトリーはふたたび“今を生きる音”を鳴らすことを選び、本作で見事にその意思を音楽として結実させている。
本作はノスタルジーに浸ることなく、社会問題、個人の葛藤、メディアや真実、暴力といった現代的なテーマに真正面から向き合う、まさに“2019年のThe Who”そのものを体現するアルバムである。
プロデュースはデイヴ・サーディ(OasisやNoel Gallagherなどを手がけた)とピート・タウンゼントの弟であるサイモン・タウンゼントが担当し、現代的なサウンドメイクとバンドの伝統的な骨格が高次で融合している。
オーケストレーションやシンセも活用されているが、何より際立つのはロジャー・ダルトリーのヴォーカルであり、75歳にしてなお圧倒的な存在感と説得力を放っている。
これは「過去の再演」ではなく、「今を更新する意志」に貫かれた現役のロックアルバムなのだ。
全曲レビュー
1. All This Music Must Fade
自己パロディを含んだ挑発的なオープニング。
「この音楽はすべて色褪せる」と歌いながらも、そこには諦念ではなく、確かな自負と再出発の決意が宿っている。
2. Ball and Chain
元々はタウンゼントのソロ名義曲「Guantanamo」のセルフカバー。
グアンタナモ収容所をテーマにした社会派ナンバーで、重厚なギターと怒りのボーカルが融合する。
3. I Don’t Wanna Get Wise
中年以降の自己認識を描いた哀切なロックナンバー。
“賢くなりたくない”というフレーズに、タウンゼントの永遠の若さとアイロニーがにじむ。
4. Detour
バンドの初期名義“Detours”を想起させるタイトルだが、内容は現代社会の混乱とアイデンティティの揺らぎを反映した鋭利なロック。
緊張感のあるリズムと、鋭いギターが印象的。
5. Beads on One String
「みな一本の糸に繋がっている」というヒューマニズムをテーマにした叙情的な楽曲。
スローテンポで展開しながら、コーラスとオーケストレーションが希望の光を差し込む。
6. Hero Ground Zero
オーケストラを大胆に導入した壮大なロックナンバー。
現代における“英雄”の虚構性を問いながら、自己と時代の距離を測るような視点が貫かれている。
7. Street Song
火災で犠牲となったグレンフェル・タワーの住民たちへの追悼を込めた、社会的メッセージ色の強い楽曲。
嘆きと怒り、鎮魂と連帯が交錯する名演である。
8. I’ll Be Back
タウンゼントがボーカルを務めるバラード。
過去への郷愁と再生への希望を織り交ぜた穏やかな一曲で、アルバムの中でも最もパーソナルな瞬間を描く。
9. Break the News
サイモン・タウンゼントが作曲した軽快なアコースティック・ナンバー。
親密な雰囲気がアルバムに温かい余白をもたらしている。
10. Rockin’ in Rage
ダルトリーが“老いてなお怒れる男”を体現する、劇的かつエモーショナルな一曲。
静から動への展開が鮮やかで、ヴォーカルの力強さに圧倒される。
11. She Rocked My World
ラテン風のリズムを取り入れたユニークなクロージング・トラック。
物語的でシアトリカルな構成が、アルバム全体をやさしく締めくくる。
総評
『WHO』は、The Whoというバンドが“現在を生きている”ことを力強く宣言した作品であり、60年代から続く“自己更新の物語”における新たな章として機能している。
過去の遺産に頼るのではなく、タウンゼントとダルトリーの“今の声”と“今の思索”が、そのまま音楽として提示されていることが、本作最大の魅力である。
とくに注目すべきは、現代的な社会問題への言及がアルバムの随所に見られる点。
政治、宗教、メディア、格差、暴力といった難題に対して、老いたロッカーがなおも真摯に向き合おうとする姿勢に、リスナーは強く心を動かされるだろう。
加えて、音楽的にも多様性と完成度を兼ね備えており、ハードロックからアコースティック、オーケストラ導入、ラテン風アレンジまで、非常に多彩な表現が詰め込まれている。
それでいて、通底するのはThe Whoらしい“誠実な怒り”と“知的なユーモア”である。
『WHO』は、年老いたバンドの終着点ではなく、依然として現在進行形の“ロックの語り部”であるThe Whoの姿を、堂々と刻んだ一作なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Endless Wire / The Who
本作の直接的な前身。組曲構成と内省的主題が共通し、連続して聴く価値あり。 - Western Stars / Bruce Springsteen
成熟した視点とアメリカーナ的情緒が共通する“老境のロック”の優れた一例。 - Egypt Station / Paul McCartney
往年のロックスターが現代的サウンドで自らを更新する姿勢が重なる。 - Post Pop Depression / Iggy Pop
年齢を重ねてもなお鋭利で美学的な音楽を発信するロック・レジェンドの好例。 - No Plan EP / David Bowie
晩年の表現としてのロック、そして“今の声”のあり方を提示したミニマルな傑作。
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