発売日: 1975年2月
ジャンル: ブルース・ロック、ハードロック、サイケデリック・ロック
概要
『For Earth Below』は、Robin Trowerが1975年に発表した3作目のソロ・アルバムであり、前作『Bridge of Sighs』によって確立された“トロワー・サウンド”を深化・洗練させた作品である。
霧のように漂うファズ・トーン、エモーショナルで泣くようなロングトーン、そしてソウルフルなヴォーカルとの有機的な結合――そのすべてが、ここでもう一歩内省の深みへと踏み込んでいる。
ジェイムズ・デューイの哀感あふれるヴォーカルは、ここでも楽曲の感情の軸として機能し、トロワーのギターはよりミニマルかつ瞑想的に。
前作が“スピリチュアルなブルースの叙事詩”だったとすれば、本作は“心の内側へ沈潜していく内省の詩”のようでもある。
全体としてスローテンポが多く、音の間(ま)と空気感が重視されている点が特徴的である。
全曲レビュー
1. Shame the Devil
オープニングを飾る、ブルージーでヘヴィなナンバー。
罪と向き合い、悪を恥じるという宗教的な主題が、重々しいトーンで響く。
トロワーのスライド風ギターとリフの絡みが、楽曲に黒い緊張感を与えている。
2. It’s Only Money
より軽快でファンキーなグルーヴを持つ一曲。
タイトル通り“金なんてただの紙だ”というアイロニーを効かせたリリックと、粘るようなギターが印象的。
ロックとソウルの間を絶妙に揺れるトラック。
3. Confessin’ Midnight
本作中最も代表的なナンバー。
“真夜中の告白”というロマンティックでやや危ういイメージが、ブルース進行の中に織り込まれる。
トロワーのギターは語りかけるように、そして時に泣き叫ぶように響く。
4. Fine Day
心の安定や希望をテーマにした、珍しく前向きな印象のミディアム・バラード。
“今日はいい日だ”というシンプルなフレーズの背後には、過去の痛みと解放が見え隠れする。
デューイのソウルフルな歌唱が深く胸に沁みる。
5. Alethea
アルバム中でも異彩を放つ、テンポの速いアグレッシブなブルース・ロック。
“真理”を意味するギリシャ語をタイトルに冠しつつ、内容は不確かな愛や自己疑念を描いている。
ギターとベースのリフの一体感が強烈で、ライヴ映えする1曲。
6. A Tale Untold
ややメロウなムードの中で展開される、過去への回想的バラード。
“語られぬ物語”というタイトルが示す通り、リリックには沈黙や秘めた思いが宿っている。
ギターの合間を縫うような歌唱が、抑制された情念を醸し出す。
7. Gonna Be More Suspicious
ファンキーなリズムと、警戒心を歌う皮肉なリリックが光るナンバー。
「もう誰も信じない」と呟くような歌声と、やや跳ねたビートの対比が絶妙。
中盤のギター・ブレイクでの緊張感が聴きどころ。
8. For Earth Below
アルバムのタイトル曲にして、もっとも瞑想的・内省的な楽曲。
“地の底にいる者のために”というような宗教的な祈りを感じさせるタイトルと、ゆったりと揺れるようなギターの波。
天上と地上、光と闇、希望と絶望――その両極をギターが静かに橋渡ししていくような構成が美しい。
総評
『For Earth Below』は、Robin Trowerが“ギターヒーロー”という枠を越え、“音楽という祈りのかたち”を模索したアルバムである。
『Bridge of Sighs』の拡張性に比べればやや内向的ではあるが、そのぶん“音の間”や“沈黙”の持つ力が浮き彫りになっており、アルバム全体が一つの深い精神空間として機能している。
ソングライターとしての成熟、アンサンブルとしての精度、そしてブルースを通じた哲学的探求。
このアルバムは、聴くたびに違う景色を見せてくれる“深層の音楽”であり、トロワーのキャリアにおけるもう一つの到達点である。
穏やかだが決して退屈ではない、静かな覚醒を誘う名盤である。
おすすめアルバム(5枚)
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David Gilmour – About Face (1984)
内省的ギターと抒情性。トロワーの“沈黙のギター”と共通する空気感。 -
Rory Gallagher – Against the Grain (1975)
アグレッシブと叙情が同居する英国ブルースの快作。 -
Jeff Beck – Blow by Blow (1975)
同年のギター・インスト名盤。感情の細やかさと空間の扱いが近い。 -
Gary Moore – Still Got the Blues (1990)
哀愁と技巧の融合。ブルースの情念をメロディで表現するアプローチに通じる。 -
Procol Harum – Broken Barricades (1971)
トロワー在籍時のラスト作。『For Earth Below』に通じる陰影と緊張を内包。
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