
発売日: 2022年7月29日
ジャンル: サイケデリック・ポップ、グリッチ・ポップ、エレクトロ・アート・ポップ
神と欲望の狭間で爆ぜる言語と音——of Montrealの“混沌と遊戯”が再び極まる
『Freewave Lucifer F
タイトルからしてセンセーショナルで、神聖と冒涜、意味と無意味が無差別に並列されているような構成は、本作が純然たる“実験ポップ”であることを示している。だがそこには、単なる挑発ではなく、社会、ジェンダー、アイデンティティ、精神の不安定さといった現代的テーマが強烈に滲んでいる。
このアルバムはケヴィン・バーンズにとって、パンデミック以降の隔離や自己崩壊、オンライン化した人間関係といった要素を背景に生まれた作品であり、そのためか音楽性はグリッチ、ブレイクビーツ、断片的なメロディなど、神経質で不安定なエレクトロニクスを主軸とする。
全曲レビュー
1. Marijuana’s a Working Woman
陽気でねじれたエレクトロ・ファンク。マリファナを“働く女”として擬人化し、依存と支配の関係をコミカルに、しかし不穏に描く。
2. Apathetic Flesh
冷たく歪んだシンセと、内臓のようにねばついたビート。タイトル通り、無関心に堕した身体をテーマにした一種の身体詩。
3. Peace to All Freaks
『UR FUN』の楽曲のリワーク的アプローチ。ここではさらに過剰で不協和なアレンジとなり、祝祭性の中に狂気が浮かび上がる。
4. Blab Sabbath Lathe of Maiden
言葉のジャグリングのようなタイトルに象徴される、語音遊戯と電子サイケが融合したカオティックなナンバー。言語が意味を失い、純粋な音の快楽へと変化する。
5. Neptune’s Déjà Vu
前作から引き継がれた曲だが、よりサイケデリックでデジタルな質感が強調されている。記憶と夢の中間に沈むようなトーンが印象的。
6. Modern Art Bewildered
現代アートとその欺瞞に対する皮肉と崇敬の交錯。バーンズの“芸術とは何か”という問いかけが、メタリックなサウンドの中で不穏に響く。
7. Deluxe Impotence Sordid
機能不全な自己像をラグジュアリーに装飾するという倒錯したテーマ。グリッチの断片がサウンドを支配する、ノイズ・ポップの極北。
8. Modal Nonsense
楽理的意味すら揺さぶるタイトル通りの“調性の崩壊”。不協和音と半音階的メロディが組み合わされ、耳の感覚が混乱する快感。
9. Megamouth Hijinx
サンプリング的構造と、子供のような声を重ねたユーモラスな一曲。無邪気さと狂気の境界を曖昧にする。
10. Grafton Dulcet
アルバムの中でもっとも穏やかで、ある種の救済的なナンバー。美しいメロディラインと多重ボーカルが、混乱のなかの一筋の光となる。
総評
『Freewave Lucifer F
ジャンル、構造、言語、意味。あらゆる“枠”を破壊しながら、それでもなお“ポップ”であろうとするその姿勢には、バーンズの表現者としての執念と美学が刻まれている。
聴きやすい作品ではない。しかし、混沌の中にしか宿らない真実や感情があることを示すという意味で、本作は非常に誠実で、そして暴力的なまでに美しい。
それはまるで、鏡を砕いて自分の姿を探すような行為——見つめれば見つめるほど、無限に歪んだ自己が現れるのだ。
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Centipede Hz / Animal Collective
グリッチとトライバル・エレクトロの融合による混沌美。構造破壊的な快楽が共鳴。 -
Drukqs / Aphex Twin
音と時間、構造の破壊と再構築。of Montrealのサウンド解体的手法と共振。 -
Pom Pom / Ariel Pink
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He Poos Clouds / Final Fantasy (Owen Pallett)
芸術とアイロニー、幻想と精神の綱渡り。of Montrealの哲学的側面と響き合う。 -
1000 gecs / 100 gecs
ポップとノイズの融合を極限まで押し広げた異端作。現代の“壊れた美”の系譜として聴いてほしい。
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