
発売日:1972年7月
ジャンル:ロック、ポップ・ロック、バロック・ポップ、シンガーソングライター、カントリー・ロック、ノベルティ・ポップ
概要
Harry Nilssonの『Son of Schmilsson』は、1972年に発表されたスタジオ・アルバムであり、前作『Nilsson Schmilsson』の大成功を受けて制作された作品である。前作は「Without You」や「Coconut」などのヒットによってNilssonを一躍メインストリームのポップ・スターへ押し上げたが、本作はその期待に対して非常にひねくれた形で応答している。タイトルが示す通り、『Son of Schmilsson』は前作の“続編”であることを自ら掲げながら、内容としては商業的成功を素直に延長するのではなく、むしろ成功そのものを茶化し、破壊し、個人的な混乱やブラック・ユーモアへ引きずり込むアルバムである。
Harry Nilssonは、1960年代後半から1970年代前半にかけて、アメリカン・ポップの中でも特に独自の位置を占めたシンガーソングライターだった。彼はライブ活動をほとんど行わず、スタジオ録音を中心に活動した異例の存在であり、The Beatlesからも高く評価された。特にJohn LennonとPaul McCartneyが彼の才能を認めていたことはよく知られている。Nilssonの魅力は、美しいメロディを書く能力、透明感のある声、クラシックなポップへの深い理解、そしてそれを台無しにしかねないほどの悪戯心や自虐的ユーモアが同居している点にある。
『Son of Schmilsson』では、その二面性が前作以上に露骨に表れる。美しいバラード、ロックンロール、カントリー風味の楽曲、オーケストラを使った劇的なアレンジ、滑稽なノベルティ・ソング、下品なジョーク、死や孤独への冷たい視線が、ほとんど整理されないまま並んでいる。だが、この雑多さこそが本作の本質である。Nilssonは「洗練されたポップ職人」として期待されることに抵抗し、あえて自分の中の混沌、怠惰、怒り、酒場的な猥雑さを作品に持ち込んだ。
プロデューサーは前作に続きRichard Perryが務めており、演奏にはGeorge Harrison、Ringo Starr、Peter Frampton、Nicky Hopkins、Klaus Voormannなど、当時の英国・米国ロック周辺の重要人物が参加している。録音はロンドンで行われ、アルバム全体にはアメリカン・ポップでありながら英国ロック的なひねりや、酒場の合唱のような空気が漂う。前作が比較的整理されたポップ・アルバムだったのに対し、本作はより酔っ払った、芝居がかった、そして危険な作品である。
1972年という時期を考えると、本作はシンガーソングライター・ブームの中心から少し外れた場所にある。James TaylorやCarole Kingのような内省的で誠実なソングライター像が支持される一方で、Nilssonは誠実さそのものを疑うような表現をしていた。彼の歌は時に深く傷ついているが、それを正面から告白するのではなく、ジョークや下品な言葉、芝居じみたアレンジで覆い隠す。『Son of Schmilsson』は、その防御反応のようなアルバムでもある。
本作の代表曲としては、George Harrisonがスライド・ギターで参加した「You’re Breakin’ My Heart」、壮大なバラード「Remember (Christmas)」、ドラマティックな「The Lottery Song」、そして陽気で奇妙な「Spaceman」などが挙げられる。特に「You’re Breakin’ My Heart」は、その直接的で卑俗な歌詞によって有名であり、Nilssonが美しいメロディと悪趣味なユーモアを平然と同居させる作家であることを象徴している。
日本のリスナーにとって『Son of Schmilsson』は、Harry Nilssonを「Without You」の歌手としてだけ知っている場合にはかなり意外な作品に映るはずである。美しい声とメロディは確かに存在するが、それは常に冗談、皮肉、酔い、自己破壊に脅かされている。だが、その危うさこそがNilssonの核心である。完璧なポップを作れる才能を持ちながら、その完璧さに耐えられず、わざと傷をつける。本作は、ポップ・ミュージックにおける美しさと悪ふざけ、孤独とコメディ、成功と自己破壊がぶつかり合った、非常にNilssonらしいアルバムである。
全曲レビュー
1. Take 54
オープニング曲「Take 54」は、アルバムの始まりからして非常に象徴的である。タイトルは録音テイクの番号を思わせるもので、完璧な演奏を追い求めて何度も録り直すスタジオ作業を茶化しているようにも聴こえる。前作で大成功を収めたアーティストが、次作の冒頭で「さあ、またやり直しだ」と言わんばかりのタイトルを掲げること自体が、Nilssonらしい皮肉である。
サウンドはロックンロール調で、軽快かつやや粗い。整ったポップ・バラードでアルバムを始めるのではなく、あえて酒場的でラフな勢いを持つ楽曲を置くことで、本作が前作の単純な続編ではないことを示している。Nilssonのヴォーカルは非常に表情豊かで、歌というよりパフォーマンスに近い。彼は声の美しさを見せつけるのではなく、遊び、崩し、笑いを含ませながら曲を進める。
歌詞の内容は、誘惑、欲望、ショービジネス的な滑稽さが混ざったものとして聴ける。Nilssonの楽曲では、愛や欲望は高尚なものとしてではなく、しばしばだらしなく、コミカルで、少し惨めなものとして描かれる。この曲にもその視点がある。ロックンロールの開放感と、スタジオ内の悪ふざけが同居している。
音楽的には、Nilssonがクラシックなポップだけでなく、50年代的なロックンロールや英国ロックの酒場的な感覚にも通じていたことを示している。だが、彼はその形式を素直には使わない。曲そのものが、完成された作品であると同時に、録音現場の冗談のようにも響く。アルバムの冒頭として、本作の自己言及的でふざけた性格を強く打ち出している。
2. Remember (Christmas)
「Remember (Christmas)」は、本作の中でも最も美しく、Nilssonのバラード作家としての才能が明確に表れた楽曲である。前曲のラフなロックンロールから一転し、ここでは繊細でノスタルジックなメロディが中心となる。タイトルには「Christmas」とあるが、これは単なるクリスマス・ソングではない。むしろ、記憶、時間、失われた無垢、過去への郷愁を扱った曲である。
音楽的には、柔らかなピアノとオーケストレーションがNilssonの声を包み込む。彼のヴォーカルはここで非常に透明で、感情を大げさに押し出すのではなく、静かに沈めるように歌う。Nilssonはコメディや悪ふざけの印象が強い一方で、こうしたバラードでは驚くほど繊細な表現力を発揮する。声の伸び、言葉の置き方、メロディの滑らかさが、曲に深い余韻を与えている。
歌詞では、過去を思い出すことの甘さと痛みが描かれる。クリスマスという言葉は、子ども時代、家族、暖かさ、失われた時間を象徴している。しかし、記憶はいつも完全な幸福ではない。思い出すことは、戻れないことを確認する行為でもある。この曲の美しさは、懐かしさと喪失感が切り離せない点にある。
「Remember (Christmas)」は、『Son of Schmilsson』という混沌としたアルバムの中で、Nilssonの本質的な美しさを示す重要曲である。下品な冗談やロックンロールの騒ぎの中に、突然このような純度の高いバラードが現れるからこそ、本作は単なる悪ふざけに終わらない。Nilssonというアーティストの厄介さは、こうした美しい曲を書けるにもかかわらず、それだけでは自分を表現しきれないところにある。
3. Joy
「Joy」は、カントリー・ミュージックの形式を借りた、皮肉と哀愁に満ちた楽曲である。タイトルは女性の名前であると同時に「喜び」を意味するため、最初から二重の意味を持っている。Nilssonはこの言葉を使い、恋愛、名前、感情の取り違えをユーモラスに扱っている。
サウンドは明らかにカントリー調で、軽いリズムと素朴なメロディが中心になっている。だが、Nilssonの歌い方にはどこか芝居がかった誇張があり、伝統的なカントリーへの愛情とパロディが同時に感じられる。彼はジャンルを単に模倣するのではなく、その様式を使って物語や冗談を作る。ここでのカントリーは、誠実な告白の場であると同時に、感情を茶化す舞台装置でもある。
歌詞では、「Joy」という人物をめぐる関係が描かれるが、その語り口はどこか軽妙で、悲しみを真正面から歌うというより、悲しみをジョークに変換している。Nilssonの作品では、心の痛みがしばしば笑いに変えられる。だが、その笑いは痛みを消すものではなく、むしろ痛みを隠しながら浮かび上がらせる。
「Joy」は、本作のジャンル的な広がりを示す楽曲でもある。ロック、バラード、カントリー、ノベルティ・ソングが自然に並ぶところに、Nilssonの雑食性がある。彼はアメリカン・ポップの伝統を深く理解しながら、それをきれいに保存するのではなく、ねじり、酔わせ、皮肉な劇へ変えてしまう。この曲はその姿勢をよく示している。
4. Turn on Your Radio
「Turn on Your Radio」は、ラジオというメディアを題材にした楽曲であり、Nilssonのメロディアスなポップ・センスが発揮された一曲である。タイトルは「ラジオをつけて」という意味で、音楽が個人の部屋や心に届く瞬間を思わせる。Nilsson自身がライブ活動をほとんど行わず、録音物を通じてリスナーに届いたアーティストだったことを考えると、この曲には自己言及的な響きもある。
サウンドは穏やかで、メロディは親しみやすい。ピアノや柔らかなアレンジが中心となり、Nilssonのヴォーカルが温かく響く。彼の声は、距離の近いラジオから聞こえるような親密さを持っている。大きなステージのスターというより、深夜に部屋の中へ入り込んでくる声としての魅力がある。
歌詞では、ラジオを通じて誰かに語りかける感覚が描かれる。ラジオは不特定多数へ向けられるメディアだが、聴き手にとっては非常に個人的なものになる。部屋で一人、偶然流れてきた曲に救われることがある。この曲は、そのようなポップ・ミュージックの親密な力を静かに捉えている。
一方で、Nilssonがこのテーマを扱うとき、完全な感傷だけでは終わらない。ラジオは音楽を届ける場であると同時に、商業的な成功やヒットチャートの象徴でもある。前作で大ヒットを経験した彼にとって、ラジオは祝福であると同時に、期待と消費の装置でもあった。曲の柔らかさの奥に、そうした複雑な視線を感じ取ることができる。
5. You’re Breakin’ My Heart
「You’re Breakin’ My Heart」は、『Son of Schmilsson』の中でも最も有名で、最も問題作的な楽曲である。美しいメロディと穏やかなロック・サウンドの上に、非常に直接的で下品な失恋の言葉が乗る。このギャップこそがNilssonの本質を端的に示している。彼は心から美しい曲を書けるが、その美しさをあえて乱暴な言葉で壊す。
サウンド面では、George Harrisonがスライド・ギターで参加していることも重要である。曲自体は親しみやすく、どこかカントリー・ロック的な温かさを持つ。もし歌詞が一般的な失恋の言葉であれば、十分にラジオ向けの美しい楽曲になっていたはずである。しかしNilssonはそこで、相手への怒りと傷ついた感情をあまりにも率直に吐き出す。
歌詞の中心にあるのは、裏切られた側の幼稚で率直な怒りである。多くの失恋ソングでは、悲しみや未練が美化される。しかしこの曲では、失恋した人間が本当に口にしがちな、みっともなく、下品で、未整理な感情がそのまま置かれている。これにより、曲はロマンティックな悲劇ではなく、酔った夜の悪態のような現実感を持つ。
この曲が重要なのは、Nilssonがポップ・ソングの礼儀を意図的に破っている点である。美しい声、美しいコード、親しみやすいメロディという伝統的なポップの器に、露骨な罵倒を入れることで、彼は「良い趣味」の音楽を崩している。だが、その崩し方は単なる悪ふざけではない。感情は本当に痛いからこそ、上品な言葉では足りない。この曲は、失恋の醜さをポップ・ミュージックの中へ持ち込んだ、非常にNilssonらしい名曲である。
6. Spaceman
「Spaceman」は、本作の中でも特にポップで印象的な楽曲であり、宇宙飛行士というモチーフを使いながら、孤独、名声、距離感を描いている。1970年代初頭は宇宙開発のイメージがまだ強く大衆文化に残っていた時期であり、宇宙飛行士は未来、冒険、孤独、英雄性を同時に象徴していた。
サウンドは軽快で、メロディも非常に親しみやすい。コーラスには明るさがあり、Nilssonの声は伸びやかに響く。しかし、歌詞の奥には寂しさがある。宇宙へ行くということは、地球から離れることであり、人々から遠ざかることでもある。英雄的な存在に見えても、宇宙飛行士は孤独である。この二面性が曲の魅力になっている。
Nilsson自身もまた、ポップ・スターとして成功しながら、ライブを行わず、スタジオや私生活の中にこもるような存在だった。その意味で「Spaceman」は、彼自身の比喩としても読める。大勢の人に声は届いているが、本人は遠い場所にいる。ラジオやレコードを通じて親密に感じられる一方で、実際には手の届かない距離にいる。この矛盾は、Nilssonのキャリアそのものに重なる。
音楽的には、ノベルティ・ソング的な親しみやすさと、ソングライターとしての巧みさが同居している。宇宙という大きなテーマを、重々しいコンセプトではなく、軽やかなポップ・ソングに変換する能力はNilssonならではである。「Spaceman」は、本作の中でも比較的聴きやすい曲でありながら、アルバム全体の孤独感や自己戯画化とも深く結びついている。
7. The Lottery Song
「The Lottery Song」は、穏やかで美しいメロディを持つ楽曲であり、本作の中でもNilssonの柔らかなポップ・センスがよく表れている。タイトルは「宝くじの歌」を意味し、一見すると幸運や夢を描いた軽い曲のように思える。しかしNilssonの作品では、幸運もまた皮肉や不安と切り離せない。
サウンドは温かく、ピアノとオーケストレーションが曲を支える。Nilssonのヴォーカルは優しく、メロディは大きく開けている。前曲「Spaceman」のポップな明るさを受け継ぎながら、こちらはよりロマンティックで、少し夢見心地な雰囲気を持つ。
歌詞では、宝くじに当たったら何をするか、あるいは幸運が訪れたときに誰と分かち合うかという感覚が描かれる。宝くじは偶然の幸福の象徴である。努力ではなく、突然降ってくる幸運。それは魅力的である一方、現実からの逃避でもある。Nilssonはその夢を無邪気に歌っているようでいて、どこか儚さを残している。
この曲は、Nilssonのポップ・ソングライターとしての王道的な魅力を示す一方で、アルバム全体の流れの中では一種の幻想として機能する。怒りや下品な冗談、孤独や死の影がある本作の中で、「The Lottery Song」は一瞬だけ開かれる幸福な夢のように響く。しかし、その夢が長く続かないことを聴き手はすでに知っている。その儚さが、曲に独特の美しさを与えている。
8. At My Front Door
「At My Front Door」は、1950年代のドゥーワップ/R&Bの楽曲をNilsson流に取り上げたカバーであり、アルバムの中で軽快なアクセントになっている。原曲の持つオールディーズ的な楽しさを保ちながらも、Nilssonのユーモアとスタジオ的な演出によって、やや戯画化された雰囲気も加わっている。
サウンドはロックンロール/ドゥーワップ色が強く、リズムは跳ね、コーラスも楽しい。Nilssonは過去のポップ・ミュージックへの愛情が深いアーティストであり、こうしたカバーではその愛情がよく表れる。ただし、彼のカバーは単なる敬意の表明ではなく、自分のキャラクターを通して再演するものになる。この曲でも、懐かしさと茶目っ気が同時に存在する。
歌詞は、恋人が玄関にやってくるという古典的なロックンロールの題材を扱っている。若い恋愛の高揚、訪問、期待、軽い騒ぎが中心にある。『Son of Schmilsson』の中では比較的単純に楽しめる曲だが、配置の面では重要である。アルバム全体が内省や皮肉だけに傾きすぎないよう、古いポップの陽気さを持ち込んでいる。
この曲から分かるのは、Nilssonが自分以前のポップ史を非常によく理解していたということだ。彼はビートルズ以降のシンガーソングライターでありながら、ドゥーワップ、スタンダード、ロックンロール、カントリー、ミュージックホール的な要素を自在に扱うことができた。「At My Front Door」は、その博識さを軽やかな形で示す楽曲である。
9. Ambush
「Ambush」は、アルバム後半に緊張感をもたらす楽曲である。タイトルは「待ち伏せ」を意味し、危険、不意打ち、暴力的な状況を連想させる。Nilssonの楽曲としては比較的ドラマティックで、歌詞にも不穏な空気が漂う。
サウンドは、ロック的な推進力とシアトリカルな構成が組み合わされている。Nilssonはここで、単なるポップ・ソングの語り手というより、舞台上の人物を演じるように歌う。彼の声は美しいだけでなく、キャラクターを作る力がある。この曲では、その演劇的な側面が強く出ている。
歌詞のテーマは、何かに襲われる感覚、予期せぬ危機、あるいは心理的な罠として読める。人間関係においても、人生においても、人はしばしば準備していない瞬間に傷つけられる。Nilssonはその感覚を、直接的な告白ではなく、物語的な場面として表現している。
「Ambush」は、『Son of Schmilsson』の多様性を示す曲である。本作は美しいバラードだけでも、冗談めいたノベルティだけでもない。時には不穏で、暗く、芝居がかったロックへ向かう。この曲の存在によって、アルバム後半は単調にならず、どこか危険なムードを保っている。
10. I’d Rather Be Dead
「I’d Rather Be Dead」は、本作の中でも最も異様で、ブラック・ユーモアに満ちた楽曲である。タイトルは「死んだ方がまし」という意味で、老い、無力化、尊厳の喪失を扱っている。しかもこの曲では、高齢者の合唱が使われており、その演出が楽曲をさらに奇妙で忘れがたいものにしている。
サウンドは一見すると陽気で、合唱の雰囲気もコミカルである。しかし、歌詞の内容は非常に重い。身体が衰え、自分で自分のことができなくなり、尊厳を失うくらいなら死んだ方がましだというメッセージは、笑いながら歌われるにはあまりにも過激である。Nilssonはここで、老いと死というテーマを感傷的に扱うのではなく、あえて不謹慎なユーモアに変えている。
この曲の重要性は、Nilssonのブラック・コメディ感覚を最も露骨に示している点にある。彼は美しい声で優しい歌を歌える一方で、人が避けたがる話題を笑いにすることを恐れない。だが、その笑いは単なる残酷さではない。老いへの恐怖、身体の衰えへの不安、尊厳を失うことへの嫌悪は、多くの人が抱える普遍的な感情である。Nilssonはそれを、あえて陽気に歌うことで、逆にその恐ろしさを浮かび上がらせている。
アルバム全体の中でも、この曲は非常に特異な位置を占める。前作の成功によって多くのリスナーが美しいポップ・ソングを期待していたとすれば、「I’d Rather Be Dead」はその期待を大きく裏切る。だが、この裏切りこそが『Son of Schmilsson』の核心である。Nilssonはポップ・スターであることに安住せず、不快で滑稽で死の匂いのするテーマを作品に持ち込んだ。
11. The Most Beautiful World in the World
ラスト曲「The Most Beautiful World in the World」は、アルバムの締めくくりとして、Nilssonらしい壮大さと皮肉、優しさとふざけた感覚が混ざった楽曲である。タイトルは「世界で最も美しい世界」という、どこか過剰で奇妙な表現であり、真剣な賛歌にも、冗談にも聞こえる。
サウンドはオーケストラ的な広がりを持ち、アルバムの最後にふさわしいスケール感がある。Nilssonのヴォーカルは温かく、メロディにはクラシックなポップの美しさがある。しかし、この曲もまた完全にまっすぐな理想主義にはならない。世界を美しいと歌いながら、その言葉の裏にある不安定さや作り物めいた感覚が残る。
歌詞では、世界への賛美、人生への肯定、あるいはそのように見せかけた皮肉が重なっている。Nilssonはしばしば、真剣な感情と冗談を分離しない。美しい世界と歌っているとき、彼は本当にそう信じたいのかもしれないし、その言葉を信じきれない自分を笑っているのかもしれない。この曖昧さが曲の魅力である。
アルバムの終曲として、この曲は非常に象徴的である。『Son of Schmilsson』は、怒り、孤独、酒場的な騒ぎ、悪趣味なジョーク、死への恐怖、美しい記憶を次々に並べてきた。そして最後に、世界は美しいと歌う。しかし、その美しさは純粋で無傷なものではない。むしろ、醜さや滑稽さをすべて含んだ上で、それでもなお世界を美しいと呼ぶような感覚がある。
「The Most Beautiful World in the World」は、Nilssonの複雑な人間観を示す終曲である。彼にとってポップ・ミュージックは、現実をきれいに飾るだけのものではなく、現実の馬鹿馬鹿しさ、残酷さ、寂しさを含めて歌うものだった。本作はこの曲によって、完全な救済ではなく、奇妙な肯定感を残して終わる。
総評
『Son of Schmilsson』は、Harry Nilssonのキャリアにおいて、前作『Nilsson Schmilsson』の成功を受けながらも、その成功を素直に拡大することを拒んだ作品である。商業的には前作ほど整っておらず、聴きやすさという点でも癖が強い。しかし、Nilssonというアーティストの本質を理解するうえでは、極めて重要なアルバムである。
本作の中心にあるのは、才能と自己破壊のせめぎ合いである。Nilssonは「Remember (Christmas)」や「The Lottery Song」のような美しいバラードを書くことができる。彼の声は豊かで、メロディの感覚は非常に優れている。しかし彼は、その美しさだけで自分をまとめることを拒む。「You’re Breakin’ My Heart」では失恋を下品な罵倒に変え、「I’d Rather Be Dead」では老いと死をブラック・ユーモアに変え、「Take 54」ではスタジオ制作そのものを茶化す。美しさの横に悪ふざけを置くことで、Nilssonはポップ・スターとしての自分を自分で壊している。
この壊し方は、単なる反抗ではない。Nilssonのユーモアは、深い孤独や不安と密接に結びついている。彼は感情を正面から告白する代わりに、冗談として差し出す。悲しみを美化するのではなく、笑いに変える。だが、その笑いの奥には、失恋、老い、死、成功への違和感、孤立感が確かに存在する。『Son of Schmilsson』は、その意味で非常に人間臭いアルバムである。
音楽的には、ジャンルの幅広さが目立つ。ロックンロール、バラード、カントリー、ドゥーワップ、オーケストラル・ポップ、ノベルティ・ソングが混在している。統一感のあるコンセプト・アルバムというより、Nilssonの頭の中にあるさまざまな音楽的記憶と悪戯心が、そのままテープに焼きつけられたような作品である。だが、バラバラに見える楽曲群は、Nilssonの声とキャラクターによって一つに結びついている。
Richard Perryのプロダクションも重要である。サウンドは時にラフで、時に豪華で、曲ごとに表情を変える。前作のような商業的な整合性を保とうとするのではなく、Nilssonの気まぐれな発想を受け止めるように作られている。参加ミュージシャンの豪華さも本作の魅力だが、それ以上に、アルバム全体を支配しているのはNilssonの奇妙な存在感である。
歌詞の面では、愛、失恋、記憶、幸運、孤独、死、世界への皮肉な肯定が描かれる。特に「Remember (Christmas)」と「You’re Breakin’ My Heart」の落差は、本作を象徴している。片方では失われた時間を美しく歌い、もう片方では失恋相手に向かって露骨な怒りをぶつける。この両方が同じアーティストの中に存在していることこそ、Nilssonの魅力である。
1970年代のシンガーソングライター作品の中で、本作は非常に特異な位置を占める。誠実な自己告白、社会的なメッセージ、洗練されたポップ職人性のどれにも完全には収まらない。Nilssonは、ポップの伝統を深く理解しながら、それを真面目に守ることをしない。むしろ伝統を使って冗談を言い、感情を隠し、時には自分自身を傷つける。そうした姿勢は、後のオルタナティヴ・ポップやインディー・ロックのひねくれたソングライターたちにも通じるものがある。
日本のリスナーにとって本作は、最初から名盤として整然と聴くより、Nilssonという人物の矛盾を味わうアルバムとして向き合うと理解しやすい。美しい声を期待すれば下品な冗談が出てくる。笑える曲だと思えば急に死の匂いがする。ロックンロールの軽さの後に、胸を打つバラードが現れる。この不安定な振れ幅こそが『Son of Schmilsson』の魅力である。
総じて『Son of Schmilsson』は、前作の大成功を受けたポップ・スターが、自分のイメージを整えるのではなく、あえて汚し、壊し、笑い飛ばした作品である。完璧なアルバムではない。むしろ、完璧でないことに価値がある。美しさと悪趣味、才能と怠惰、哀愁と冗談が同じ場所で鳴っている。Harry Nilssonというアーティストの危うい魅力を知るためには、避けて通れない一枚である。
おすすめアルバム
1. Harry Nilsson『Nilsson Schmilsson』
『Son of Schmilsson』の前作であり、Nilsson最大の商業的成功作。美しいバラード「Without You」、ユーモラスな「Coconut」、ロック色の強い楽曲まで幅広く収録されている。『Son of Schmilsson』がその成功を崩していく作品だとすれば、こちらはNilssonのポップ・スターとしての完成度を最も分かりやすく示すアルバムである。
2. Harry Nilsson『Aerial Ballet』
1960年代後半のNilssonの繊細なポップ・ソングライター性を知るための重要作。The Beatles的なメロディ感覚、バロック・ポップ的なアレンジ、透明感のあるヴォーカルが際立つ。『Son of Schmilsson』の悪ふざけや自己破壊性よりも、Nilssonの純粋な作曲能力に焦点を当てて聴ける作品である。
3. Randy Newman『Sail Away』
皮肉、物語性、アメリカ社会への斜めの視線を持つシンガーソングライター作品として関連性が高い。Nilssonが感情を冗談や芝居で隠すタイプだとすれば、Randy Newmanは登場人物を通じて毒を効かせるタイプである。美しいメロディと辛辣な歌詞の共存という点で、『Son of Schmilsson』と響き合う。
4. John Lennon『Mind Games』
Nilssonと親交の深かったJohn Lennonの1970年代ソロ作品。『Son of Schmilsson』ほど悪ふざけは強くないが、個人的な混乱、愛、自己弁護、スピリチュアルな感覚が混在している。Nilssonの周辺にあった70年代ロック人脈や、ポップと私生活の混乱が交差する空気を理解するうえで関連性がある。
5. The Kinks『Muswell Hillbillies』
英国的な皮肉、ミュージックホール的な感覚、ロックンロールやカントリーへの愛情をひねくれた形で再構成した作品。Nilssonの『Son of Schmilsson』にある酒場的なユーモアや、ジャンルをまたいだ古典ポップへの愛情と共通する部分が多い。美しいメロディと風刺的な人物描写を好むリスナーに適している。

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