
- イントロダクション:暗闇の中で発光するポップミュージック
- Crosses(†††)の背景と結成
- 音楽スタイル:ゴシック、エレクトロ、ドリームポップの交差点
- 代表曲の解説
- アルバムごとの進化
- †††:闇の美学を確立したセルフタイトル作
- PERMANENT.RADIANT:沈黙の後に差し込んだ鈍い光
- Goodnight, God Bless, I Love U, Delete.:祈りと削除の時代のアルバム
- 影響を受けた音楽:The Cure、Depeche Mode、ニューウェイヴの影
- Crossesが与えた影響:ヘヴィロック以後の官能的エレクトロ
- 同時代アーティストとの比較:Crossesのユニークさ
- 映画的な美学とカバー曲の意味
- ライブパフォーマンスとファンコミュニティ
- 批評的評価:復活作が示した成熟
- Crosses(†††)の本質:祈り、欲望、削除
- まとめ:Crosses(†††)が描く、夜のための音楽
イントロダクション:暗闇の中で発光するポップミュージック
Crosses(†††)は、Deftonesのボーカリストとして知られるChino Morenoと、Farのギタリスト/プロデューサーであるShaun Lopezを中心にしたアメリカの音楽プロジェクトである。ロサンゼルスを拠点に2011年に始動し、ダークウェイヴ、エレクトロニック・ロック、ゴシック、ドリームポップ、インダストリアルの要素を溶かし合わせた音楽性で、独自の美学を築いてきた。現在の中心メンバーはChino MorenoとShaun Lopezで、初期にはChuck Doomも関わっていた。
Crossesの音楽を聴くと、まず感じるのは「暗さ」ではなく、「暗闇の中にある艶」だ。冷たいシンセ、重く沈むビート、宗教画のような余白、そしてChino Moreno特有の官能的な声。それらが重なり、聴き手を夜の奥へと連れていく。
Deftonesが轟音ギターと肉体的なグルーヴの中で官能性を描いてきたとすれば、Crossesはその官能性を電子音の霧の中へ移し替えた存在である。そこには爆発よりも浮遊があり、怒りよりも誘惑があり、ロックの汗よりも深夜の冷えた空気がある。
Crosses(†††)の背景と結成
Crossesは、Chino MorenoとShaun Lopezの関係性から生まれたプロジェクトである。Chino MorenoはDeftonesのフロントマンとして、オルタナティブメタル、ポストハードコア、シューゲイザー的な音像を横断してきた人物だ。一方のShaun Lopezは、ポストハードコアバンドFarのギタリストであり、プロデューサーとしても活動してきた。
2人はヘヴィロックの文脈に深く関わりながらも、Crossesではあえてギターの壁に頼り切らない。むしろ、電子音、ミニマルなリズム、ダークなシンセの質感を中心に据えることで、別の形の重さを表現している。
Crossesは2011年に結成され、初期にはEP作品を通じて注目を集めた。2014年にはセルフタイトルのフルアルバム†††をリリースし、プロジェクトとしての美学を明確に提示した。その後しばらく大きな沈黙の期間が続くが、2020年代に入り、カバー曲や新曲、EP、そして2023年のフルアルバムによって本格的に再始動する。2022年には「Initiation」と「Protection」を発表し、これは2014年のアルバム以来となるオリジナル新曲として報じられた。
この「長い沈黙」は、Crossesの音楽性にもよく似合っている。彼らは常にシーンの中心で大きな声を上げるタイプではない。むしろ、暗い部屋の隅で静かに光るネオンのように、ふとした瞬間に存在感を放つ。
音楽スタイル:ゴシック、エレクトロ、ドリームポップの交差点
Crossesの音楽スタイルは、ひとつのジャンルに収まりにくい。ダークウェイヴの冷たさ、ゴシックロックの耽美性、エレクトロニック・ミュージックの硬質な質感、ドリームポップの浮遊感、そしてDeftonesにも通じる官能的なメロディが混ざり合っている。
重要なのは、Crossesの暗さが単なる陰鬱さではないことだ。彼らのサウンドには、闇に沈む快楽がある。低く鳴るビートは心拍のようであり、シンセの残響は教会のステンドグラスに差し込む月光のようでもある。そこにChino Morenoの声が漂うと、音楽全体が甘く危険な幻覚のように変化する。
Chinoのボーカルは、叫びよりも囁きに近い瞬間が強い。Deftonesでは激しいバンドサウンドの中で声が肉体的に響くが、Crossesでは声そのものが煙のように立ちのぼる。音数が抑えられている分、息遣いや語尾の揺れがはっきりと聴こえ、より親密で、より危うい。
Shaun Lopezのプロダクションも大きな魅力だ。彼はギタリストでありながら、Crossesではギターを前面に出しすぎない。電子音のテクスチャー、ビートの配置、空間の作り方によって、楽曲に映画的な奥行きを与えている。音の隙間に意味を持たせる感覚が鋭いのである。
代表曲の解説
「This Is a Trick」
「This Is a Trick」は、Crosses初期の美学を象徴する楽曲である。硬質なビートと不穏なシンセが絡み合い、Chino Morenoの声がその上を滑るように進んでいく。
タイトルが示すように、この曲には罠のような感覚がある。甘美なメロディに引き寄せられるが、その奥にはどこか危険な影がある。Crossesの音楽は、安心して身を委ねられる癒やしではない。むしろ、聴き手を美しい迷路へ誘い込む音楽だ。
この曲では、ロック的なカタルシスよりも、エレクトロニックな反復が重要である。反復されるビートは、クラブミュージックのようでもあり、儀式のようでもある。Crossesという名前が持つ宗教的なイメージとも重なり、楽曲全体に黒い神聖さが漂っている。
「Bitches Brew」
「Bitches Brew」は、Crossesの中でも特に官能的な楽曲だ。タイトルはMiles Davisの名盤を連想させるが、Crossesのそれはジャズ的な即興性というより、暗い液体がゆっくり混ざっていくような質感を持つ。
この曲の魅力は、Chino Morenoの声の湿度にある。彼の声は、激しく叫ばなくても強い存在感を放つ。むしろ、抑制されているからこそ、言葉の裏側にある欲望や不安がにじみ出る。
ビートは重いが、過剰ではない。シンセは冷たいが、無機質ではない。このバランスがCrossesらしさだ。ロックの身体性と、エレクトロの人工的な美しさが、互いを打ち消さずに共存している。
「The Epilogue」
「The Epilogue」は、タイトル通り、終わりの気配をまとった楽曲である。Crossesの音楽には、常に「何かが終わった後」の感触がある。恋愛の終わり、信仰の終わり、夜の終わり、あるいは自分自身の一部が静かに消えていく感覚だ。
この曲では、メロディの美しさが際立つ。Chino Morenoの歌は、悲しみを直接叫ぶのではなく、薄いヴェール越しに見せる。そのため、感情はむしろ深く響く。悲しい曲を悲しく歌いすぎないことで、逆に聴き手の中に余白が生まれるのである。
「Initiation」
2022年に発表された「Initiation」は、Crossesの復活を印象づけた楽曲である。2014年のアルバム以来となるオリジナル新曲のひとつとしてリリースされ、長い沈黙を破る合図になった。
曲名の「Initiation」は、加入儀礼、通過儀礼、秘儀への導入といった意味を持つ。まさにCrossesの音楽世界へ再び入っていくための扉のような曲だ。ビートはより洗練され、サウンドは初期よりも立体的になっているが、根底にあるダークな耽美性は変わらない。
この曲を聴くと、Crossesが単なるサイドプロジェクトではなく、独自の時間軸を持つ表現であることがよくわかる。沈黙の後でも、彼らの影は薄れていなかった。
「Vivien」
「Vivien」は、2022年のEPPERMANENT.RADIANTに収録された重要曲である。同EPは2022年12月9日にWarnerからリリースされ、「Sensation」、「Vivien」、「Cadavre Exquis」、「Day One」、「Holier」、「Procession」の6曲で構成されている。
「Vivien」には、Crossesらしい美しさと不穏さが濃密に詰まっている。名前を呼ぶようなタイトルには親密さがあるが、サウンドはどこか遠い。目の前にいるようで、決して触れられない人物の幻像を追っているような曲である。
アルバムごとの進化
†††:闇の美学を確立したセルフタイトル作
2014年の†††は、Crossesの世界観を決定づけたデビュー・フルアルバムである。初期EPで提示されていたダークな電子音、Chino Morenoの官能的なボーカル、Shaun Lopezの緻密なプロダクションが、ひとつのアルバムとしてまとめられた作品だ。
このアルバムでは、Crossesの根本的な魅力が明確に表れている。ヘヴィなギターに頼らずとも、音楽は十分に重くなれる。激しいドラムに頼らずとも、緊張感は作れる。大きく叫ばなくても、声は聴き手の内側に深く入り込める。
†††の音像は、夜の都市に似ている。誰もいない通り、濡れたアスファルト、遠くで点滅する信号、窓の向こうに見える誰かの生活。冷たく、孤独で、それでも目を離せない美しさがある。
PERMANENT.RADIANT:沈黙の後に差し込んだ鈍い光
2022年のPERMANENT.RADIANTは、Crossesにとって重要な復帰作である。Pitchforkは同EPについて、2014年のセルフタイトル作以来、約10年ぶりのEPとして報じている。
タイトルのPERMANENT.RADIANTは、「永続する輝き」とも訳せる。しかし、その輝きは明るい太陽光ではない。地下室の奥で消えずに残る蛍光灯、あるいは暗闇の中でぼんやり光る聖像のような輝きである。
このEPでは、初期Crossesの耽美性が保たれつつ、サウンドの輪郭がより現代的になっている。ビートは引き締まり、シンセの質感はより深く、ミックスも洗練されている。長い時間を経ても、Crossesの美学は古びるどころか、むしろ時代の空気に合ってきたように感じられる。
2020年代の音楽シーンでは、ジャンルの境界がさらに曖昧になった。ゴシック、ポップ、R&B、インダストリアル、エレクトロニカが自然に混ざる時代において、Crossesのハイブリッドな感性は非常に現代的である。
Goodnight, God Bless, I Love U, Delete.:祈りと削除の時代のアルバム
2023年10月13日、Crossesは2作目のフルアルバムGoodnight, God Bless, I Love U, Delete.をリリースした。Apple Musicでは全15曲、49分の作品として掲載されており、2014年のデビュー作から9年ぶりのアルバムとして紹介されている。Apple Music – Web Player
このタイトルは非常に象徴的だ。Goodnight、God Bless、I Love Uという親密で祈りに近い言葉の後に、Deleteという冷たいデジタル語が置かれる。愛、祝福、別れ、消去。それらが一文の中に並ぶことで、現代的な喪失感が浮かび上がる。
このアルバムには、The CureのRobert SmithとRun the JewelsのEl-Pが参加していることも報じられている。Pitchforkは、同作がWarnerからのメジャーレーベル・デビュー作であり、2023年10月13日にリリース予定だったこと、Robert SmithとEl-Pの参加を伝えている。
Robert Smithの存在は、Crossesのゴシック的な側面と深く響き合う。The Cureが築いてきた憂鬱で美しいポップの系譜は、Crossesの音楽にも通じている。一方でEl-Pの参加は、インダストリアルで硬質なビート感、都市的な荒廃感を補強する。異なる文脈のアーティストを招きながらも、アルバム全体はCrossesらしい暗い統一感を保っている。
影響を受けた音楽:The Cure、Depeche Mode、ニューウェイヴの影
Crossesを語る上で、ゴシックロックやニューウェイヴからの影響は欠かせない。特にThe CureやDepeche Modeのように、暗い感情をポップなメロディへ変換するバンドの影響は大きい。
The Cureの音楽には、悲しみを美しい旋律に変える力がある。Depeche Modeには、電子音で肉体的な欲望や罪の感覚を描く力がある。Crossesは、その両方を現代的な音像の中で再構築している。
また、インダストリアルやトリップホップ的な影響も感じられる。ビートはときに機械的で、音の質感はざらついている。しかし、そこにChino Morenoの声が入ることで、冷たい機械に体温が宿る。この「冷たさと温かさの同居」が、Crossesの音楽を特別なものにしている。
Deftonesとの関係も重要だ。Chino Morenoの声がある以上、CrossesはどうしてもDeftonesと比較される。しかし、CrossesはDeftonesの軽量版ではない。むしろ、Deftonesの中にある官能性、浮遊感、暗いロマンティシズムを抽出し、それを電子音中心の別世界へ移したプロジェクトである。
Crossesが与えた影響:ヘヴィロック以後の官能的エレクトロ
Crossesの影響は、巨大なチャート成功というより、感性の面でじわじわ広がっている。彼らは、ヘヴィロックのボーカリストがエレクトロニック・ミュージックに接近する際の、ひとつの理想形を示した。
ロック出身のアーティストが電子音を取り入れると、しばしば「実験的」または「別名義の余技」として受け取られがちだ。しかしCrossesは、サイドプロジェクトでありながら、明確な美学と完成度を持っている。ここには片手間の実験ではなく、Chino MorenoとShaun Lopezが共有する深い趣味性と美意識がある。
また、Crossesは「重さ」の概念を拡張した。ヘヴィであることは、必ずしも歪んだギターや高速ドラムを意味しない。沈黙、余白、低音、反復、湿った声。それらによっても、音楽は十分に重く、深く、危険になれる。
この点で、Crossesはポストメタル、ダークポップ、インダストリアルR&B、ゴシックエレクトロなど、ジャンルを横断する現代的な音楽感覚と強く接続している。
同時代アーティストとの比較:Crossesのユニークさ
Crossesは、同時代のダークなエレクトロ系アーティストと比較しても独特である。
Nine Inch Nailsが怒りと破壊衝動を工業的な音像へ変換する存在だとすれば、Crossesはより静かで、より官能的だ。Massive Attackが都市の不安をトリップホップとして描いたとすれば、Crossesはその不安をゴシックな恋愛感情へ近づける。Depeche Modeが電子音の中に信仰と罪を描いたとすれば、Crossesはその系譜を現代の夜に置き直している。
そしてDeftonesと比較すると、Crossesはよりミニマルで、より電子的で、より密室的である。Deftonesが轟音の波に飲み込まれる感覚なら、Crossesは暗い部屋で誰かの囁きに耳を奪われる感覚だ。どちらも官能的だが、肉体の温度が違う。
Crossesのユニークさは、Chino Morenoの声を「激しさ」ではなく「幻影」として使っている点にある。彼の声はここで、フロントマンの叫びではなく、夜の奥から聞こえる誘惑のように響く。
映画的な美学とカバー曲の意味
Crossesの音楽には、非常に映画的な質感がある。特に彼らがカバーしたQ Lazzarusの「Goodbye Horses」は、その美学をよく示している。この曲は1988年の楽曲で、映画『羊たちの沈黙』の印象的なシーンで使われたことでも知られている。Crossesは2021年にこの曲のカバーで復帰し、Pitchforkもそのリリースを報じている。
「Goodbye Horses」という選曲は、Crossesにとって非常に自然である。原曲が持つ不気味な浮遊感、ジェンダーや変身をめぐる曖昧なイメージ、夜の底を漂うようなメロディ。それらはCrossesの世界観とよく合っている。
カバー曲は、アーティストの趣味や美学を映す鏡である。Crossesがこの曲を選んだことは、彼らが単に暗い音楽を作っているのではなく、映画、サブカルチャー、ゴシック、ニューウェイヴの記憶を深く吸収していることを示している。
ライブパフォーマンスとファンコミュニティ
Crossesのライブは、Deftonesのような爆発的なロックショーとは異なる魅力を持つ。彼らの音楽は、観客を激しく暴れさせるよりも、暗い空間に没入させる。照明、映像、低音、シンセ、声。それらが一体となり、ライブ会場を儀式的な空間へ変えていく。
Crossesのファン層も興味深い。Deftonesから流れてきたヘヴィロックのリスナー、ゴシックやニューウェイヴを好むリスナー、エレクトロニック・ミュージックに親しむリスナーが混在している。これは、Crossesの音楽が複数のジャンルの境界に立っているからだ。
特にChino Morenoのファンにとって、Crossesは彼の声の別の側面を味わえる場所である。Deftonesでは轟音の中で官能性が爆発するが、Crossesではその官能性がより細く、より近く、より危うく響く。
批評的評価:復活作が示した成熟
2023年のGoodnight, God Bless, I Love U, Delete.は、Crossesの復活を強く印象づけた作品である。Apple Musicは同作について、9年ぶりのアルバムであり、ムーディーな帰還作として紹介している。Apple Music – Web Player
批評的にも、このアルバムはCrossesの美学が単なる懐古ではなく、現在形で機能することを示した。暗く、シンセが重く、ムードに満ちたサウンドは、2020年代のポストジャンル的な音楽状況と相性が良い。
一部のレビューでは、アルバム全体のトーンが単調に感じられるという指摘もある。実際、Crossesの音楽は大きな起伏や派手な展開よりも、ムードの持続を重視する。そのため、即効性のあるポップアルバムを求める聴き手には、やや暗く、重く、似た色調に感じられるかもしれない。
しかし、その一貫したムードこそがCrossesの魅力でもある。彼らの音楽は、曲ごとに景色を変える遊園地ではなく、ひとつの夜の中を深く歩いていく映画のようなものだ。暗闇に目が慣れてくるほど、細部の美しさが見えてくる。
Crosses(†††)の本質:祈り、欲望、削除
Crossesという名前には、宗教的なイメージがある。十字架は祈り、犠牲、救済、死、記憶を連想させる記号だ。しかし彼らの音楽は、単純に宗教的なものではない。むしろ、宗教的な記号が持つ荘厳さや禁忌性を、現代的な恋愛や欲望、孤独へ接続している。
特にGoodnight, God Bless, I Love U, Delete.というタイトルは、Crossesの本質をよく表している。祈りの言葉と、スマートフォン上の削除操作が同じ場所に置かれる。愛の告白とデータの消去が並ぶ。これは、現代人の感情がいかにデジタル化され、保存され、同時に簡単に消されるかを象徴している。
Crossesの音楽には、そうした現代的な喪失感がある。誰かを愛した記憶は残っている。しかし、そのメッセージは消された。写真も消された。けれど、身体のどこかにはまだ残響がある。Crossesは、その残響を音にしている。
まとめ:Crosses(†††)が描く、夜のための音楽
Crosses(†††)は、Chino MorenoとShaun Lopezによる、ゴシックとエレクトロの境界に立つ音楽プロジェクトである。2011年の始動から、2014年の†††、2022年のPERMANENT.RADIANT、そして2023年のGoodnight, God Bless, I Love U, Delete.へと、彼らは一貫して暗く美しい音楽世界を築いてきた。
その音楽は、Deftonesの延長線上にありながら、まったく別の質感を持つ。轟音ではなく余白。叫びではなく囁き。肉体的な衝突ではなく、精神の奥へ沈んでいくような恍惚。Crossesは、ヘヴィロックの官能性をエレクトロニックな夜へ移植した稀有な存在である。
「This Is a Trick」、「Bitches Brew」、「The Epilogue」、「Initiation」、「Vivien」といった楽曲には、彼ら特有の美学が凝縮されている。暗いが、冷たいだけではない。美しいが、清らかすぎない。そこには常に、影と欲望と祈りがある。
Crossesの音楽は、明るい昼間よりも、深夜にこそ似合う。誰にも見せない感情、消したはずの記憶、まだ胸の奥で光っている名前。そうしたものにそっと触れる音楽である。彼らはゴシックとエレクトロの交差点で、現代の夜にふさわしい幻像を描き続けている。

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