
- イントロダクション:悪夢、冗談、ノイズ、サイケデリアの巨大な渦
- アーティストの背景と歴史
- 音楽スタイルと影響:パンクを溶かし、サイケデリアを腐らせる
- 代表曲の解説
- アルバムごとの進化
- Butthole Surfers:異形の始まり
- Psychic… Powerless… Another Man’s Sac:混沌の輪郭が見えた初期名盤
- Rembrandt Pussyhorse:不気味な実験と悪夢のコラージュ
- Locust Abortion Technician:アメリカン・アンダーグラウンドの異常な金字塔
- Hairway to Steven:サイケデリックな飛翔と悪趣味な完成度
- piouhgd:過渡期の奇妙な散漫さ
- Independent Worm Saloon:John Paul Jonesと作ったヘヴィなメジャー期
- Electriclarryland:狂気がラジオに流れた時代
- Weird Revolution:電子音と後期の変質
- Gibby Haynesという異常なフロントマン
- Paul Learyのギター:サイケデリアを腐らせる音
- King Coffeyとリズムの混沌
- Jeff Pinkusのベース:重さと奇妙なグルーヴ
- ライブパフォーマンス:音楽と悪夢の見世物小屋
- アメリカン・アンダーグラウンドにおける位置
- 同時代のバンドとの比較:Sonic Youth、Flipper、Big Black、Meat Puppetsとの違い
- 影響を受けたアーティストと音楽
- 影響を与えたアーティストと音楽シーン
- 歌詞世界:死、ドラッグ、テレビ、宗教、身体、悪趣味
- Butthole Surfersの美学:美しさよりも異常さを選ぶ
- まとめ:Butthole Surfersが残した混沌の遺産
- 関連レビュー
イントロダクション:悪夢、冗談、ノイズ、サイケデリアの巨大な渦
Butthole Surfers(バットホール・サーファーズ)は、アメリカン・アンダーグラウンドロック史において、最も異形で、最も危険で、最も説明しにくいバンドのひとつである。パンク、ハードコア、ノイズロック、サイケデリックロック、実験音楽、カントリー、電子音楽、テープ操作、悪趣味なユーモア、ドラッグ的幻覚、肉体的な不快感。そのすべてを、彼らは笑いながら混ぜ合わせた。
中心人物は、ボーカルのGibby Haynes(ギビー・ヘインズ)、ギターのPaul Leary(ポール・リアリー)、ベースのJeff Pinkus(ジェフ・ピンカス)、そしてドラマーのKing Coffey(キング・コフィー)らである。特にGibby Haynesの存在は強烈だ。彼の声は歌というより、叫び、呻き、嘲笑、酩酊した説教、壊れたラジオ放送のように響く。Paul Learyのギターは、サイケデリックに歪み、時に鋭く、時にぐにゃりと溶ける。
Butthole Surfersは、音楽的な美しさよりも、体験としての混沌を重視したバンドである。ライブでは、ストロボライト、フィルム映像、煙、裸、火、ノイズ、絶叫、悪趣味な視覚演出が重なり、観客を音楽会というより、危険な見世物小屋に放り込むような空間を作った。彼らのライブは伝説であり、同時に悪評でもあった。
だが、Butthole Surfersを単なる悪ふざけのバンドとして片づけるのは浅い。彼らは、アメリカ社会の表面下にある狂気、消費文化の悪趣味、宗教的な偽善、テレビ的な麻痺、ドラッグ文化の歪み、パンクの自己破壊性を、極端な形で音にした。彼らの音楽は汚い。だが、その汚さは社会の鏡でもある。
Psychic… Powerless… Another Man’s Sac、Rembrandt Pussyhorse、Locust Abortion Technician、Hairway to Steven、Independent Worm Saloon、Electriclarryland。これらの作品は、アメリカン・アンダーグラウンドがどれほど自由で、危険で、悪趣味で、創造的であり得たかを示している。Butthole Surfersは、混沌と狂気の祭典であり、ロックが正気を失ったときに見える異形の夢である。
アーティストの背景と歴史
Butthole Surfersは、1980年代初頭にテキサスで結成された。Gibby HaynesとPaul Learyは、大学時代に知り合い、やがてバンド活動を始める。彼らは当初から、一般的なロックバンドの成功や、パンクシーン内部の規律に従う気はなかった。むしろ、シーンの常識そのものを壊すことに快感を覚えていたようなバンドである。
バンド名からして、すでに挑発的である。下品で、馬鹿馬鹿しく、商業的には不利で、しかし一度聞けば忘れられない。Butthole Surfersという名前は、彼らの音楽と態度をよく表している。美しさや洗練ではなく、不快感、笑い、異物感、身体性を前面に出す。
1983年、EPButthole Surfersを発表。その後、1984年のPsychic… Powerless… Another Man’s Sacで、彼らの異様なサウンドは一気に形を取る。パンクの速度、サイケデリックな歪み、悪夢のようなボーカル、奇妙な曲構成。すでに普通のハードコアやノイズロックとはまったく違っていた。
1986年のRembrandt Pussyhorseでは、より実験的で不気味な方向へ進む。そして1987年のLocust Abortion Technicianで、彼らはアンダーグラウンド史に残る異常な名盤を作り上げる。このアルバムには、悪趣味、狂気、重いリフ、テープ操作、ドラッグ的幻覚、スカムなユーモアが詰まっている。Butthole Surfersの本質が最も濃く出た作品である。
1988年のHairway to Stevenでは、サイケデリックな要素がさらに強まり、音楽的な完成度も増す。1990年代に入ると、バンドはメジャーレーベルへ進出し、1993年のIndependent Worm SaloonではJohn Paul Jonesをプロデューサーに迎え、よりハードロック的な音を鳴らす。そして1996年、Electriclarryland収録のPepperが大ヒットし、Butthole Surfersは意外にもメインストリームに顔を出す。
だが、彼らは最後まで扱いにくいバンドだった。商業的成功を得ても、完全に大衆向けにはならない。むしろ、彼らの存在自体が「こんなものまで売れてしまうのか」という90年代オルタナティヴ時代の奇妙さを象徴していた。
音楽スタイルと影響:パンクを溶かし、サイケデリアを腐らせる
Butthole Surfersの音楽は、パンクやハードコアを基盤にしている。しかし、彼らはその形式を真面目に守ることには興味がなかった。短く速い曲、反体制的な怒り、DIY精神。そうしたパンクの要素はあるが、Butthole Surfersはそこにドラッグ的なサイケデリア、ノイズ、悪趣味なユーモア、カットアップ的な構成を加え、パンクをぐにゃぐにゃに変形させた。
彼らのサウンドで重要なのは、歪み方である。普通のロックバンドの歪みは、力強さや攻撃性を生むために使われることが多い。しかしButthole Surfersの歪みは、音そのものを腐らせる。ギターは溶け、声は変調され、リズムは酩酊し、曲全体が悪い薬を飲んだように揺れる。
サイケデリックロックの影響も大きい。ただし、彼らのサイケデリアは、1960年代の平和や愛の幻想とは遠い。もっと汚く、暴力的で、悪夢的である。The 13th Floor ElevatorsやCaptain Beefheart、Frank Zappa、The Stooges、Black Sabbath、Throbbing Gristle、The Residents、Chrome、Flipper、Big Blackなどの影響を感じることができる。
リズム面では、ハードコアの直線的なビートだけでなく、スラッジ、ファンク、ダブ、カントリー、奇妙な反復も登場する。King Coffeyのドラムは、バンドの混沌を支える重要な柱である。時に原始的で、時に機械的で、時にグルーヴィーだ。
Butthole Surfersの音楽は、ジャンルを混ぜるというより、ジャンルを汚染する。パンクをやればパンクが腐り、サイケをやればサイケが悪夢になり、カントリーをやればカントリーが悪い冗談になる。そこが彼らの恐ろしさであり、面白さである。
代表曲の解説
The Shah Sleeps in Lee Harvey’s Grave
The Shah Sleeps in Lee Harvey’s Graveは、初期Butthole Surfersの狂気を象徴する楽曲である。タイトルからして、イランのシャー、Lee Harvey Oswald、墓という、政治、暗殺、死、陰謀めいたイメージが混ざっている。
曲は荒々しく、叫び声はほとんど意味を失い、演奏は崩壊寸前で突き進む。ここには、整理された反体制メッセージではなく、政治的記号が悪夢の中でぐちゃぐちゃに混ざるような感覚がある。
Butthole Surfersは、社会を批判するというより、社会の狂気をそのまま増幅する。The Shah Sleeps in Lee Harvey’s Graveは、その初期衝動がむき出しになった曲である。
Lady Sniff
Lady Sniffは、Butthole Surfersらしい下品さと奇妙なリズム感が表れた曲である。タイトルの時点で、身体性、悪趣味、ドラッグ的な匂いが漂う。
この曲では、パンクの攻撃性と、彼ら特有のふざけた不快感が結びついている。Butthole Surfersの音楽には、聴き手を格好よく興奮させるのではなく、少し嫌な気分にさせる力がある。その嫌な感じこそが、彼らの芸術性である。
Cherub
Cherubは、初期から中期のButthole Surfersにおける不気味なサイケデリアを代表する曲である。タイトルは天使的な存在を意味するが、音楽は決して天使的ではない。むしろ、天使のイメージが地面に落ちて、泥だらけになったような感覚がある。
Gibby Haynesの声は変調され、ギターは歪み、曲全体が夢の中の宗教儀式のように響く。Butthole Surfersは、聖なるものを汚し、汚いものを儀式化するバンドでもある。Cherubには、その逆転の美学がある。
Moving to Florida
Moving to Floridaは、Captain Beefheart的な奇妙さと、アメリカ南部の湿った狂気が合わさったような楽曲である。タイトルは「フロリダへ引っ越す」という単純なものだが、曲はまったく普通ではない。
フロリダという土地は、アメリカ文化の中でしばしば奇妙さ、湿度、退職者文化、犯罪、観光、熱帯的な不穏さを連想させる。Butthole Surfersは、そのイメージを悪夢のようなロックに変える。
曲はよろめき、Gibbyの声は酔っぱらった語りのように響く。これは旅の歌というより、アメリカの奇妙な地理を精神的に漂流する曲である。
Human Cannonball
Human Cannonballは、Butthole Surfersの中でも比較的ストレートなロック感を持つ楽曲である。タイトルは「人間大砲」を意味し、サーカス、危険、見世物、身体の暴力を連想させる。
この曲には、彼らのライブ的なエネルギーがある。爆発的で、馬鹿馬鹿しく、危険で、身体が投げ出されるような感覚。Butthole Surfersの音楽には、サーカス的な要素が強い。笑えるが、笑っているうちに怪我をしそうな感じがある。Human Cannonballは、その感覚をよく表している。
Sweat Loaf
Sweat Loafは、Butthole Surfersの代表曲のひとつであり、Locust Abortion Technicianの冒頭を飾る強烈な楽曲である。Black SabbathのSweet Leafを歪めたようなタイトルとリフが特徴で、彼らの悪ふざけと音楽的引用のセンスが凝縮されている。
曲は、重く、遅く、汚く、ドラッグ的である。Black Sabbathへの敬意がある一方で、それをまともにカバーするのではなく、腐ったパロディとして再構築する。冒頭の会話も含め、曲全体が悪趣味な儀式のようだ。
Sweat Loafは、Butthole Surfersの本質をよく表している。過去のロックを愛しながら、同時にそれを汚し、笑い、異形のものに変える。彼らはロックの伝統を破壊するが、その破壊は深い理解に基づいている。
22 Going on 23
22 Going on 23は、Butthole Surfersの中でも特に不穏で、聴き手を不快にさせる楽曲である。ラジオの相談番組のような音声が使われ、性的トラウマや暴力の気配が漂う。
この曲は、単なる悪ふざけでは済まない。Butthole Surfersの音楽には、しばしば笑いと不快感が同時にあるが、この曲では不快感がかなり前面に出ている。聴いていると、アメリカの深夜ラジオ、家庭内の闇、テレビ文化の麻痺が浮かぶ。
彼らは、社会の汚いものを美化しない。むしろ、汚いまま置く。それによって、聴き手は居心地の悪さから逃げられなくなる。22 Going on 23は、その代表的な曲である。
Jimi
Jimiは、Hairway to Stevenに収録された楽曲で、Butthole Surfersのサイケデリックな側面を象徴する。タイトルはJimi Hendrixを思わせるが、彼らのやり方は単純な敬愛ではない。
曲は長く、揺れ、幻覚的で、ギターはぐにゃりと歪む。Hendrix的なサイケデリアを、テキサスのアンダーグラウンドの悪夢へ引きずり込んだような感覚がある。Butthole Surfersは、サイケデリックロックの神聖化にも興味がない。彼らはそれを泥の中に戻し、そこから別の幻覚を作る。
I Saw an X-Ray of a Girl Passing Gas
I Saw an X-Ray of a Girl Passing Gasは、タイトルだけでButthole Surfersの悪趣味なユーモアを代表している。少女が屁をするX線写真を見た、という absurd で下品なイメージ。普通のロックバンドならまず題材にしない。
しかし、この下品さには、身体を神聖化しない態度がある。ロックのセクシーさや美化された肉体に対して、彼らはもっと生理的で不快な身体を突きつける。笑えるが、同時に気持ち悪い。その境界が彼らの居場所である。
Who Was in My Room Last Night?
Who Was in My Room Last Night?は、1993年のIndependent Worm Saloonを代表する楽曲であり、Butthole Surfersがよりハードロック的な音へ接近した時期の名曲である。
曲はリフが強く、演奏もタイトで、比較的聴きやすい。しかし、Gibby Haynesの声や歌詞には、酩酊、記憶の欠落、不安、被害妄想のような感覚がある。誰が昨夜自分の部屋にいたのか分からない。その問いは、ドラッグや酒の後の混乱にも、現実感の崩壊にも聞こえる。
この曲は、Butthole Surfersがメジャーに近づいても、根本的な不気味さを失わなかったことを示している。
Dust Devil
Dust Devilは、砂埃の竜巻を意味するタイトル通り、乾いた荒野のような不穏さを持つ楽曲である。テキサスの空気、砂、熱、幻覚が音にまとわりつく。
この曲では、彼らのアメリカ南西部的なサイケデリアがよく表れている。都会のノイズロックとは違う、荒野の狂気がある。Butthole Surfersの音楽は、ニューヨークのアートパンク的な洗練とは遠く、もっと土埃と腐敗の匂いがする。
Pepper
Pepperは、Butthole Surfers最大の商業的ヒット曲であり、1996年のElectriclarrylandを代表する楽曲である。語りに近いボーカル、ゆったりしたビート、奇妙にキャッチーなサビ。彼らにしては非常に聴きやすい曲であり、90年代オルタナティヴラジオで広く流れた。
だが、歌詞は決して明るくない。登場人物たちは事故、死、変な出来事に巻き込まれていく。淡々とした語り口が、かえって不気味さを増す。Pepperは、彼らの狂気がポップな形に圧縮された曲である。
この曲のヒットは、90年代オルタナティヴ時代の奇妙さを象徴している。かつてアンダーグラウンドの最も危険なバンドのひとつだったButthole Surfersが、ラジオヒットを持つようになる。その事実自体が、ほとんど彼らの悪い冗談のようである。
The Lord Is a Monkey
The Lord Is a Monkeyは、タイトルからして宗教的な冒涜と猿的な馬鹿馬鹿しさが混ざった曲である。神聖なものを動物的で滑稽なものに引きずり下ろす、Butthole Surfersらしい発想である。
彼らの音楽には、宗教的なイメージがしばしば登場するが、それは敬虔なものではない。むしろ、アメリカ南部やテキサスの宗教文化に対する不信、嘲笑、恐怖が混ざっている。The Lord Is a Monkeyは、その悪意あるユーモアがよく出た曲である。
アルバムごとの進化
Butthole Surfers:異形の始まり
1983年のEPButthole Surfersは、バンドの初期衝動を記録した作品である。まだ後のような音響的な完成度はないが、すでに彼らの異常性ははっきりしている。
パンクの荒さ、ノイズ、悪趣味なユーモア、奇妙なボーカル。ここには、普通のバンドになろうという意志がまったくない。むしろ、最初から聴き手を困惑させることを楽しんでいる。
この作品は、Butthole Surfersという名前の通り、ロックの下品で、汚く、奇妙な部分を前面に出した出発点である。
Psychic… Powerless… Another Man’s Sac:混沌の輪郭が見えた初期名盤
1984年のPsychic… Powerless… Another Man’s Sacは、Butthole Surfersの初期を代表するアルバムである。タイトルからして意味が崩れかけている。霊的で、無力で、他人の袋。言葉のつながりが不安定で、アルバム全体の感覚とよく合っている。
The Shah Sleeps in Lee Harvey’s Grave、Lady Sniffなど、初期の代表曲が収録されている。音は荒く、演奏は危険で、ボーカルは狂っている。しかし、その中に独特の構造感がある。彼らは無秩序に見えて、混沌をコントロールしている。
このアルバムは、アメリカン・ハードコア以後の新しい異常性を示した作品である。パンクは速く怒るだけではなく、狂うこともできる。Butthole Surfersはそれを証明した。
Rembrandt Pussyhorse:不気味な実験と悪夢のコラージュ
1986年のRembrandt Pussyhorseは、前作よりもさらに不気味で、実験的な作品である。タイトルもまた、芸術と下品さが衝突している。Rembrandtという美術史の巨匠と、Pussyhorseという馬鹿馬鹿しい造語。その組み合わせが彼ららしい。
このアルバムでは、曲の構成がより奇妙になり、テープ操作や変な音響も目立つ。普通のロックアルバムとして聴くと、かなり戸惑う。しかし、その戸惑いこそが作品の核である。
Butthole Surfersは、ここでロックを悪夢のコラージュへ変えている。整った曲よりも、気持ち悪い音の配置、突然の変化、笑っていいのか分からない雰囲気が重要になる。
Locust Abortion Technician:アメリカン・アンダーグラウンドの異常な金字塔
1987年のLocust Abortion Technicianは、Butthole Surfersの最高傑作として語られることが多いアルバムである。タイトルからして最悪であり、強烈であり、忘れがたい。直訳すれば、イナゴの中絶技師。意味よりも、言葉の不快な衝撃が先に来る。
Sweat Loaf、Human Cannonball、22 Going on 23など、バンドの代表的な曲が収録されている。アルバム全体には、Black Sabbath的な重さ、サイケデリックな歪み、テープコラージュ、悪趣味なユーモア、アメリカ的な狂気が詰まっている。
この作品は、単に変なアルバムではない。非常に独自の音響世界を持つ。音は汚く、曲は歪み、聴き手はしばしば不快になる。しかし、その不快さの中に、異様な創造性がある。Locust Abortion Technicianは、アメリカン・アンダーグラウンドが生んだ異常な金字塔である。
Hairway to Steven:サイケデリックな飛翔と悪趣味な完成度
1988年のHairway to Stevenは、タイトルからしてLed ZeppelinのStairway to Heavenを茶化している。天国への階段が、スティーヴンへの髪道になる。このくだらなさが最高である。
しかし、内容はかなり音楽的に充実している。Jimiなどに表れているように、サイケデリックな広がりが強まり、バンドの演奏もより深くなる。初期の無秩序な暴走から、より幻覚的で構築された混沌へ進んだ作品である。
このアルバムは、Butthole Surfersの悪趣味と音楽的完成度がよく釣り合った作品だ。ふざけているが、音は本気である。この矛盾こそが彼らの魅力である。
piouhgd:過渡期の奇妙な散漫さ
1991年のpiouhgdは、タイトルからして読みにくく、意味を拒否しているような作品である。前作までの強烈なインパクトに比べると、やや散漫に感じられる部分もあるが、Butthole Surfersらしい奇妙さは健在である。
この時期のバンドは、アンダーグラウンドからより大きなシーンへ移る過渡期にいた。90年代オルタナティヴの波が近づき、Butthole Surfersのような異端バンドにも、より広い注目が集まり始める。その手前の不安定な状態が、この作品にはある。
Independent Worm Saloon:John Paul Jonesと作ったヘヴィなメジャー期
1993年のIndependent Worm Saloonは、Led ZeppelinのJohn Paul Jonesをプロデューサーに迎えた作品である。これは意外なようでいて、非常に面白い組み合わせだった。Butthole Surfersの狂気に、よりハードロック的な骨格が与えられている。
Who Was in My Room Last Night?、Dust Devilなど、曲は以前よりもタイトで重い。メジャーレーベル期の作品だが、彼らの異常性は完全には薄まっていない。むしろ、音が整理されたことで、狂気の輪郭がはっきり見える瞬間もある。
このアルバムは、Butthole Surfersがアンダーグラウンドの怪物から、90年代オルタナティヴの奇妙な存在へ移行した作品である。
Electriclarryland:狂気がラジオに流れた時代
1996年のElectriclarrylandは、Butthole Surfers最大の商業的成功作である。Pepperのヒットによって、彼らはMTVやオルタナティヴラジオでも広く知られるようになった。
このアルバムは、以前よりも聴きやすく、曲も整理されている。だが、歌詞や雰囲気には依然として不穏さがある。Pepperは特に、ポップな表面の下に死と変な事件が並ぶ、彼ららしい曲である。
Electriclarrylandは、Butthole Surfersがメインストリームに最も近づいた作品であり、同時に90年代オルタナティヴブームの奇妙さを象徴している。こんなバンドがヒットを飛ばしたこと自体が、あの時代の特異さである。
Weird Revolution:電子音と後期の変質
2001年のWeird Revolutionは、後期Butthole Surfersの作品であり、電子音やデジタル的な質感が強くなっている。タイトル通り、奇妙な革命を掲げているが、かつての危険な混沌とは少し違う方向へ進んでいる。
この作品は評価が分かれる。初期のアンダーグラウンドな狂気を求めるリスナーには物足りなく感じられるかもしれない。しかし、Butthole Surfersが最後まで変な音に手を出し続けたことは確かである。
彼らは決してきれいに終わるバンドではない。むしろ、最後まで扱いづらく、変なままでいる。それがButthole Surfersらしい。
Gibby Haynesという異常なフロントマン
Gibby Haynesは、Butthole Surfersの顔であり、声であり、混沌の司祭のような存在である。彼のボーカルは、一般的な意味での歌唱力とは別の場所にある。叫び、変声、笑い、呻き、語り、壊れた説教。彼の声は、曲をメロディで導くというより、曲を汚染する。
ライブでのGibbyはさらに強烈だった。視覚演出、奇行、挑発、観客との危険な距離感。彼はロックスターというより、怪しいカルトの司祭、酔っぱらった見世物小屋の司会者、あるいは悪夢の道化師のような存在である。
彼の魅力は、理性と悪ふざけの境界を壊すところにある。賢くないとできない馬鹿をやる。危険を演出しながら、本当に危険な場所へ踏み込む。Gibby Haynesは、アンダーグラウンドロックにおける最も異様なフロントマンのひとりである。
Paul Learyのギター:サイケデリアを腐らせる音
Paul Learyのギターは、Butthole Surfersの音楽におけるもうひとつの核である。彼のギターは、ハードロック的なリフも弾けるが、それ以上に、音を歪ませ、伸ばし、腐らせる能力に優れている。
Learyのギターには、サイケデリックロック、ハードロック、ノイズ、カントリー的な感覚が混ざっている。しかし、それらはきれいに整えられることはない。音は常にどこか壊れている。まるでアンプが溶けているような感触がある。
Sweat Loafの重いリフ、Jimiの幻覚的な揺れ、Who Was in My Room Last Night?のタイトな攻撃性。Learyのギターは、Butthole Surfersが単なるノイズ集団ではなく、ロックバンドとしても強いことを示している。
King Coffeyとリズムの混沌
King Coffeyは、Butthole Surfersのドラマーとして、バンドの混沌を支えた重要人物である。彼のドラムは、時にハードコア的で、時にサイケデリックで、時に奇妙に踊れる。バンドがどれだけ音を崩しても、リズムには独特の粘りがある。
Butthole Surfersは、完全な無秩序のように聞こえることがある。しかし、実際にはリズムの土台があるからこそ、混沌が成立している。Coffeyのドラムは、その土台である。
また、彼はバンドの自主レーベル活動などにも関わり、アンダーグラウンドシーンの重要人物としても機能した。Butthole Surfersの狂気は、単なる突発的なものではなく、こうしたメンバーの持続的な活動によって支えられていた。
Jeff Pinkusのベース:重さと奇妙なグルーヴ
Jeff Pinkusは、Butthole Surfersのサウンドに太い低音と奇妙なグルーヴを与えたベーシストである。彼のベースは、曲にスラッジ的な重さを与える一方で、時にファンク的、カントリー的な感触も持つ。
Butthole Surfersの音楽には、ただ騒がしいだけでなく、妙に身体を揺らす力がある。気持ち悪いのに踊れる。重いのに笑える。その感覚を支えているのが、Pinkusのベースである。
彼の存在によって、バンドはノイズロックでありながら、低音の粘りを持つ奇妙なロックバンドになった。
ライブパフォーマンス:音楽と悪夢の見世物小屋
Butthole Surfersのライブは、伝説的である。彼らのライブは、単に曲を演奏する場ではなかった。ストロボライト、煙、フィルム映像、裸、火、奇妙な映像、過剰な音量、変調された声。それらが一体となり、観客を極限状態へ追い込む。
彼らのライブは、サーカスであり、ホラーショーであり、パンクの儀式であり、ドラッグ的な幻覚体験でもあった。観客は、楽しいライブに来たというより、何か危険なものを目撃してしまったような感覚を持ったはずである。
このライブ体験こそが、Butthole Surfersを特別な存在にした。録音作品だけでも異様だが、彼らの本当の恐ろしさは、身体を巻き込むパフォーマンスにあった。音、光、映像、匂い、恐怖、笑い。すべてが混ざる場所。それがButthole Surfersのライブだった。
アメリカン・アンダーグラウンドにおける位置
Butthole Surfersは、1980年代アメリカン・アンダーグラウンドにおいて、非常に重要な位置にいる。Black Flag、Minutemen、Sonic Youth、Big Black、Flipper、Meat Puppets、Hüsker Dü、Scratch Acidなどと同じ時代に、彼らは独自の異常な道を歩んだ。
Black Flagがハードコアの怒りを極限まで押し進め、Sonic Youthがノイズとアートを結びつけ、Big Blackが機械的な暴力を鳴らしたとすれば、Butthole Surfersは、悪趣味とサイケデリアとパンクを混ぜ、アメリカの狂気をカーニバルにした。
彼らの特異性は、知的なアートロックと下品な悪ふざけを同時に持っていたことだ。Sonic Youthのようなニューヨーク的洗練とは違い、Butthole Surfersはもっと泥臭く、もっと身体的で、もっと不快だった。そこが彼らの強さである。
同時代のバンドとの比較:Sonic Youth、Flipper、Big Black、Meat Puppetsとの違い
Sonic Youthは、ノイズギターをアートとして洗練させたバンドである。Butthole Surfersもノイズを使うが、その使い方はもっと下品で、幻覚的で、身体的である。Sonic Youthが美術館に近づくノイズなら、Butthole Surfersは廃墟の見世物小屋で鳴るノイズである。
Flipperは、遅く、重く、だらしないパンクを鳴らしたバンドであり、Butthole Surfersにも通じる反ロック的な態度がある。ただし、Flipperが虚無的な鈍さを極めたのに対し、Butthole Surfersはもっとカラフルで、悪夢的で、演劇的である。
Big Blackは、Steve Albiniを中心に、機械的で暴力的なノイズロックを作った。Butthole SurfersはBig Blackほど冷たくない。もっと湿っていて、腐っていて、ドラッグ的である。
Meat Puppetsは、パンクとカントリー、サイケデリアを融合したバンドである。Butthole Surfersもサイケデリックでカントリー的な感覚を持つが、Meat Puppetsよりもはるかに悪趣味で、攻撃的で、不快感を楽しむ。
影響を受けたアーティストと音楽
Butthole Surfersの音楽には、The Stooges、Black Sabbath、Captain Beefheart、Frank Zappa、The 13th Floor Elevators、The Residents、Chrome、Throbbing Gristle、Flipper、ハードコアパンク、サイケデリックロック、ノイズ、カントリー、ガレージロック、アメリカ南部の奇妙な文化の影響がある。
特にBlack Sabbath的な重いリフと、Captain Beefheart的なねじれた構造、Zappa的な悪趣味なユーモア、The Residents的な匿名的で不気味な実験性は、彼らの音楽を理解するうえで重要である。
ただし、Butthole Surfersは影響源を整理して提示しない。彼らはそれらを飲み込み、吐き出し、汚し、別の怪物に変える。そこが彼らの創造性である。
影響を与えたアーティストと音楽シーン
Butthole Surfersは、オルタナティヴロック、ノイズロック、グランジ、インダストリアル、実験的パンク、スラッジ、ストーナーロック、アンダーグラウンド全般に大きな影響を与えた。彼らの影響は、音楽そのものだけでなく、ライブ演出やバンドとしての態度にも及ぶ。
Nirvana、The Flaming Lips、Ween、Melvins、Ministry、Nine Inch Nails周辺、Mr. Bungle、Boredoms、White Zombie、Primusなど、直接的・間接的にButthole Surfers的な悪趣味、混沌、ジャンル破壊の影を見ることができる。
特に、90年代オルタナティヴがメインストリーム化する前に、Butthole Surfersは「ロックはここまで異常であってもよい」と示した。これは非常に大きなことだ。彼らは、商業的成功を前提としない表現の自由を極端な形で体現した。
歌詞世界:死、ドラッグ、テレビ、宗教、身体、悪趣味
Butthole Surfersの歌詞世界には、死、ドラッグ、テレビ、宗教、身体、暴力、奇形的なユーモア、アメリカ文化のゴミのようなイメージが頻繁に登場する。彼らの歌詞は、物語として整っていることは少ない。むしろ、壊れたテレビのチャンネルを高速で切り替えるように、断片的なイメージが現れる。
彼らは、美しい言葉で社会を語らない。むしろ、社会の汚い言葉、下品な冗談、意味不明なフレーズを使う。そこには、テレビ文化や消費社会によって壊れた意識の表現がある。
Butthole Surfersの悪趣味は、単なる幼稚な下品さではない。もちろん幼稚でもある。だが、その幼稚さが、アメリカ社会の幼稚さとつながっている。過剰な暴力、性的な商品化、宗教的な偽善、テレビ的な麻痺。彼らはそれをそのまま拡大して見せる。
Butthole Surfersの美学:美しさよりも異常さを選ぶ
Butthole Surfersの美学を一言で表すなら、「美しさよりも異常さを選ぶ」ことである。彼らは、聴き手を感動させるために音楽を作ったわけではない。むしろ、動揺させ、笑わせ、気持ち悪くさせ、混乱させるために音を鳴らした。
だが、その異常さの中には、確かに美がある。歪んだギターの奥に、サイケデリックな光が見える。下品な冗談の奥に、社会への鋭い視線がある。混沌の中に、独自の構造がある。Butthole Surfersの音楽は、汚いが、ただ汚いだけではない。汚さの中に、奇妙な輝きがある。
彼らは、ロックを清潔にしなかった。パンクを道徳的にしなかった。サイケデリアを平和にしなかった。すべてを汚し、歪ませ、笑い飛ばした。だからこそ、彼らはアメリカン・アンダーグラウンドの異形として今も特別である。
まとめ:Butthole Surfersが残した混沌の遺産
Butthole Surfersは、混沌と狂気の祭典であり、アメリカン・アンダーグラウンドの異形である。彼らは、パンク、ノイズ、サイケデリア、ハードロック、悪趣味なユーモア、映像的なショック、ドラッグ的な幻覚を混ぜ合わせ、誰にも似ていない音楽を作った。
Psychic… Powerless… Another Man’s Sacでは、初期の狂気とパンクの破壊力を示し、Rembrandt Pussyhorseでは悪夢のコラージュを深めた。Locust Abortion Technicianでは、Black Sabbath的な重さ、テープ操作、悪趣味、サイケデリアを融合し、アンダーグラウンド史に残る異常な名盤を作った。Hairway to Stevenでは、サイケデリックな飛翔と悪ふざけを高い完成度で結びつけた。Independent Worm Saloonでは、よりヘヴィでタイトな音へ進み、ElectriclarrylandではPepperによって、まさかのメインストリームヒットを生んだ。
Gibby Haynesの壊れた声、Paul Learyの腐ったサイケデリックギター、King Coffeyのリズム、Jeff Pinkusの重く奇妙なベース。これらが組み合わさり、Butthole Surfersは、音楽というより異常な体験を作った。
彼らの音楽は、きれいではない。優しくもない。時に不快で、下品で、馬鹿馬鹿しく、危険である。だが、その不快さの中に、ロックの自由がある。何をやってもいい。どこまで壊してもいい。美しくなくても、意味が分からなくても、音楽は成立する。Butthole Surfersは、そのことを極端な形で証明した。
アメリカの地下から吹き出した、悪臭のするサイケデリックな風。Butthole Surfersの音楽は、今もそのように鳴っている。狂っていて、笑えて、気持ち悪くて、しかし忘れられない。彼らは、ロックが正気でいる必要などないことを教えてくれる、最高に異形なバンドである。

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