Dunes by Alabama Shakes(2015)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Dunes」は、Alabama Shakesが2015年にリリースしたセカンドアルバム『Sound & Color』に収録された楽曲のひとつであり、精神的な砂嵐の中をさまようような、儚くも深い内省に満ちた作品である。

“Dunes”――つまり砂丘は、形がなく、風によって姿を変えるもの。この曲においては、感情や記憶、そしてアイデンティティといった、人間の不安定な内面を象徴するメタファーとして登場する。歌詞は断片的でありながら、確かな痛みと戸惑いを内包しており、全体として「自分自身が見失われていく感覚」が表現されている。

またこの曲では、外の世界と自分の関係性、すなわち“自分が社会の中でどのように見られ、どう感じているか”という疎外感や違和感が巧みに描かれている。砂丘のように崩れていく自分、それでもなお何かにしがみつこうとする意志――その静かで強い揺らぎが、この曲の中には確かに息づいている。

2. 歌詞のバックグラウンド

Sound & Color』は、Alabama Shakesがブルースやソウルの影響を受けた前作から大きく進化し、より実験的でジャンルを超えたアプローチを試みた作品である。

「Dunes」は、そのアルバムの中でも特に個人的で深い曲として位置づけられている。ブリタニー・ハワードのパーソナルな視点から書かれたこの曲は、明確なストーリーや出来事を描写しているわけではないが、その曖昧さこそが“生きること”のリアリティを強く感じさせる。

制作当時、ハワードはジェンダー、アイデンティティ、自己の居場所について深く向き合っており、「Dunes」はそうした内的葛藤と、それに伴う孤独や不確かさを昇華させた作品とも読める。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、歌詞の中から象徴的な一節を抜粋し、和訳を添えて紹介する。

I gave myself to the fire / But it just burned and burned
自らを炎に差し出した でもその炎はただ燃え続けただけだった

I gave myself to the ocean / It just covered me up
海に身を委ねた でも海は僕を覆い隠しただけだった

It’s hard to explain / Something’s wrong
言葉にするのは難しい でもどこかが狂っているんだ

I’m a stranger in my home
自分の家なのに、僕はよそ者のように感じてしまう

出典:Genius.com – Alabama Shakes – Dunes

この歌詞には、癒しを求めたのに拒絶された感覚、自分自身の場所を見失ってしまったことへの困惑、そして根源的な孤独がにじんでいる。

4. 歌詞の考察

「Dunes」というタイトルが象徴するのは、形のないもの、変化し続けるもの、つまり“安定しない自己”である。

この曲では、「炎」や「海」といった自然の大きな力に対して身を預けようとするが、それらは救いをもたらすのではなく、むしろ“自分を覆い尽くす”存在として描かれる。それはまるで、自分の感情が自分自身を飲み込んでしまうかのような不安定な精神状態を暗示している。

「I’m a stranger in my home」というフレーズは特に強烈で、自分が本来いるべき場所でさえ安らぎを感じられないという、深いアイデンティティの揺らぎを表している。これは、家庭や社会、あるいは自分自身の中にあっても、“居場所がない”という現代的な疎外感そのものだ。

しかし、この曲は単なる絶望や喪失を歌っているのではない。むしろ、その混乱のなかで自分自身を見つめ直そうとする意志、その“揺らぎを生きる”という選択に美しさが宿っているのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Motion Sickness by Phoebe Bridgers
     内省と傷ついた感情が静かに燃えるように描かれた名曲。

  • Nude by Radiohead
     透明感のあるサウンドのなかで、自己と社会の違和感が美しく漂う。
  • Slow Show by The National
     愛と不安の距離感を詩的に描いたスロー・ナンバー。

  • Little Brother by Grizzly Bear
     繊細なサウンドとアンニュイな旋律が、揺らぎの感情を包み込むように響く。

6. 音の砂丘 ―「Dunes」の音響構造と感情の余白

「Dunes」は、そのリリース当初から“詩的な抽象性”と“静かな重さ”を評価されてきた楽曲である。その構成は非常にシンプルで、一定のテンポの中に反復されるギターのコード、ゆったりと進行するベースライン、そしてブリタニー・ハワードの息を含むようなヴォーカルが印象的だ。

特徴的なのは、楽曲が“閉じている”ように感じられる点である。エモーショナルな爆発も、派手な展開もない。むしろ、どこにも行きつかないまま、同じ場所で揺れ続けるような構造になっている。

だが、それこそが「Dunes」の本質なのだ。答えのない問いを繰り返し、終わりのない感情の砂丘を歩き続ける――この楽曲は、その“過程”そのものを音にしている。


**「Dunes」**は、自分を見失いながらも、その曖昧さの中で“何かを掴もうとする心の軌跡”を描いた作品である。

Alabama Shakesはこの曲で、“強さ”ではなく“揺らぎ”に寄り添うという、音楽におけるもう一つの優しさを提示してくれた。そしてその静かな波のような歌声の奥には、混沌の中で静かに希望を探す、誰の中にもある小さな魂の灯が、確かに揺れているのだ。

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