99 Miles from L.A. by Albert Hammond(1975)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

99 Miles from L.A.」は、イギリス出身のシンガーソングライター、**アルバート・ハモンド(Albert Hammond)**が1975年にリリースしたアルバム『99 Miles from L.A.』のタイトル曲にして、その代表作のひとつである。

この曲は、タイトル通り**「ロサンゼルスまであと99マイル」**という地点を走るドライバーの視点で語られるロードソングでありながら、その実、再会への期待と不安が繊細に編み込まれたラブソングである。

主人公は車を運転しながら、会いたい相手への想いを胸に、ロサンゼルスへと向かっている。風景の描写とともに、心の中で恋人への語りかけが続いていく。そして、距離が縮まるにつれ、再会の喜びとともに、別れの傷や時間の経過への戸惑いが微かに漂い始める。

99マイルという距離は、遠すぎず近すぎず、感情の揺れを映し出すには絶妙な“間”として機能している。この曲は、風景と心象がシンクロする美しい瞬間を音楽に封じ込めた、旅と愛の詩である。

2. 歌詞のバックグラウンド

99 Miles from L.A.」は、アルバート・ハモンドと盟友ハル・デヴィッド(Hal David)の共作であり、後者はバート・バカラックとの名コンビとしても知られる偉大な作詞家である。

この楽曲は、1970年代の西海岸を象徴するサウンドスケープ――温かくも透明感のあるストリングス、穏やかなメロディ、そして軽やかなリズム――をまといながら、ドライブという日常的行為の中に、ロマンティックな物語を溶け込ませた詩的な作品である。

リリース後、多くのアーティストにもカバーされており、特にジョニー・マティスやアート・ガーファンクルによるバージョンは名高い。アルバート・ハモンド自身も、シンガーソングライターとしての繊細な表現力をこの曲で確立し、以降のキャリアにおいて“ストーリーテラー”としての評価を高めるきっかけとなった。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、印象的な歌詞を一部抜粋し、対訳とともに紹介する。

Keeping my eyes on the road / I see you
道路から目を離さずにいる でも君の姿が見える

Keeping my hands on the wheel / I hold you
ハンドルを握ったままで 君を抱きしめてる気がする

99 miles from L.A. / I kiss you
L.A.まであと99マイル 君にキスをする

Taste your sweet lips / Your eyes, your hair
君の甘い唇の味 その瞳、髪の感触さえ思い出す

出典:Genius.com – Albert Hammond99 Miles from L.A.

言葉にされる“君”との再会はまだ訪れていないが、運転中の主人公の心にはすでに彼女の姿があり、感覚さえも伴って回想されている。現実の距離と、心の中の距離とのギャップが、この曲の切なさを引き立てている。

4. 歌詞の考察

99 Miles from L.A.」は、単なる恋愛ソングではなく、時間と距離が織りなす“感情の余白”を描いた詩である。

ロサンゼルスという都市は、この曲の中では単なる地名ではなく、“愛がある場所”として機能している。主人公はその場所に向かいながら、ただ会いたい気持ちだけでなく、過去の出来事や、再会後に起こるかもしれない変化への緊張感も抱えている。

そのなかで繰り返される「I see you」「I hold you」「I kiss you」といったフレーズは、実際には起きていない行為を、すでに心の中で感じてしまっているという、時間を超えた感情の強さを象徴している。

また、99マイルという距離が象徴するのは、“まだ完全には届かない状態”である。それは、期待と不安がせめぎ合う、もっとも感情が揺れやすい地点であり、聴き手にとっても自身の記憶と重ね合わせやすい“普遍的な場所”になっている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • The Only Living Boy in New York by Simon & Garfunkel
     都市と孤独、そして再生の予感を描いた美しいフォークバラード。
  • Do You Know the Way to San Jose by Dionne Warwick
     カリフォルニアの都市を舞台にした、夢と現実の狭間を歌う名曲。
  • Ventura Highway by America
     西海岸の空気感を音に変えた、浮遊感あふれるロードソング。
  • Southern Nights by Glen Campbell
     郷愁と温かさを運んでくれる、南部の夜を描いた心地よい一曲。

6. 「距離」と「記憶」が交差する瞬間 ― “99 Miles”という詩的装置

99 Miles from L.A.」は、ただのラブソングでも、ただのドライブソングでもない。それは、「もうすぐ再会する誰か」を想う時間そのものを音楽化した作品である。

ドライブとは、現実の空間を移動する行為だが、同時に人はその時間に思考をめぐらせ、記憶や感情の中を旅している。この曲は、その“心の旅”をなぞるように構成されており、外界の描写と内面の語りが見事に交錯する。

ブリッジ部分で流れる美しいストリングスは、視界の彼方に広がる夕焼けや、まだ見えないロサンゼルスのネオンを想像させる。そして、それらはすべて“その人と再び出会いたい”という、人間の最も純粋な願いによって色づけられている。


**「99 Miles from L.A.」**は、心に残る誰かへと向かう道の途中で生まれる、最も美しく、最も不安定な感情の揺らぎを描いた楽曲である。

あと99マイル。
それは物理的な距離であると同時に、心の中で“愛する人と再びつながるまでの揺れ”を象徴する時間なのだ。
Albert Hammondは、そのわずかな“間”に、人生のすべてを詰め込んでみせた。

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