アルバムレビュー:Moonmadness by Camel

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発売日: 1976年3月**
ジャンル: プログレッシブ・ロック、シンフォニック・ロック、ジャズロック


月の狂気が照らす内なる宇宙——叙情と浮遊の極北を描いたキャメルの名盤

『Moonmadness』は、1976年にリリースされたCamelの4作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの叙情的スタイルが頂点に達した最も完成度の高い作品の一つである。
前作『The Snow Goose』の全編インストゥルメンタル構成に対し、本作では再びヴォーカルを取り入れながらも、その配置は控えめで、“楽器が語る物語”という姿勢は変わっていない。

タイトルの“Moonmadness(月の狂気)”が示すように、本作は明確な物語よりも“感覚”“雰囲気”“内的世界”を描く作品であり、まるで一晩の夢のように、静かに、時に奇妙に展開していく。
メンバー4人それぞれの個性を反映した楽曲も多く、キャメルというバンドがいかに繊細かつ協調的な集合体であったかを実感させる一枚である。


全曲レビュー

1. Aristillus

アルバム冒頭を飾るショート・インストゥルメンタル。
ムーグ・シンセによるメロディが月面のクレーター“アリスティルス”の静寂を表現し、まるで宇宙に一歩踏み出すような感覚。
ユーモラスな響きもあり、旅のはじまりにふさわしい序章。

2. Song Within a Song

本作の真髄とも言える叙情的ナンバー。
穏やかなピアノとサックスの旋律が交差し、“一つの曲の中に宿るもう一つの物語”が音楽によって描かれる。
終盤でシンセが高らかに舞い上がる瞬間は、キャメルの中でも屈指の美しさ。

3. Chord Change

タイトル通り、複雑なコード展開と変拍子が特徴のジャズロック寄りのインストゥルメンタル。
ピーター・バーデンスのキーボードがスリリングな展開をリードしつつ、ラティマーのギターが浮遊感を添える。
技術と感性の両立が見事な一曲。

4. Spirit of the Water

バーデンスがボーカルを務める、幻想的で儚いピアノ曲。
水の精霊のような存在がささやくような構成で、不安と安らぎが共存する音の詩。
「If time were gone, would I still be here?」というフレーズが心に残る。

5. Another Night

ややロック色の強いナンバーで、ラティマーのギターが前面に出る構成。
とはいえ、単なるロックではなく、緻密なアレンジと浮遊感が保たれており、都市の夜の孤独と熱気が同時に描かれるような印象。

6. Air Born

静かなイントロから広がるバラード調の名曲。
“空を舞う”というテーマにふさわしく、ピアノとフルートが風のように駆け抜ける。
中盤のサックスとギターの絡みも絶妙で、キャメルの詩的側面を体現したような一曲。

7. Lunar Sea

アルバムの締めくくりにして、本作中もっともテクニカルかつダイナミックなインストゥルメンタル。
“月の海”というタイトルが示すように、スペーシーで浮遊感のあるサウンドが、ジャズロック的なテンションとともに展開される。
メンバー全員の演奏力が炸裂しつつ、最後は静かに余韻を残して幕を閉じる。


総評

『Moonmadness』は、Camelというバンドが持つ“叙情・技巧・空間美”の三位一体が極めて自然に融合した名盤である。
本作にはドラマティックな構成や大仰なコンセプトは存在しない。
だが、その代わりに、夢の中で揺れる感情、誰にも語られない記憶、内なる宇宙の風景——そうした曖昧で私的なものが、驚くほど明瞭に音楽化されている。

まるで夜更けに静かに読み進める詩集のようなアルバム。
そして、それを読み終えた後に、ふと空を見上げたくなるような——そんな余韻を残す傑作である。


おすすめアルバム

  • Genesis『Wind & Wuthering』
     抑制の美学とメロディの叙情が共鳴する後期プログレの傑作。
  • Steve Hackett『Spectral Mornings』
     ギター主導の幻想的音世界。Camelファンにも親和性が高い。
  • Happy the Man『Happy the Man』
     緻密な構成と美しいメロディがCamelの系譜にある米国プログレの逸品。
  • Focus『Focus 3』
     ジャズロック的即興と構築美の融合。Camelのインスト志向と共鳴。
  • Anthony Phillips『Wise After the Event』
     内省的なトーンと穏やかな叙情が、Moonmadnessの“もう一つの月”として響く。

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