アルバムレビュー:In Through the Out Door by Led Zeppelin

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:1979年8月15日

ジャンル:ハードロック、ブルースロック、プログレッシヴ・ロック、アート・ロック、シンセ・ロック、ロックンロール

概要

Led Zeppelinが1979年に発表した8作目のスタジオ・アルバム『In Through the Out Door』は、バンドの長いキャリアの中でも特に複雑な位置にある作品である。1969年のデビュー以降、Led Zeppelinはブルース、ハードロック、フォーク、ファンク、レゲエ、中近東音楽、プログレッシヴ・ロックなどを吸収し、1970年代ロックの巨大な中心として君臨した。『Led Zeppelin IV』(1971年)や『Physical Graffiti』(1975年)に代表されるように、彼らは単なるハードロック・バンドではなく、ロックの音響、神話性、即興性、アルバム表現の可能性を拡張した存在だった。

しかし『In Through the Out Door』が制作された時期のLed Zeppelinは、全盛期の勢いだけで動いていたバンドではなかった。1970年代後半、バンドはロバート・プラントの交通事故、プラントの息子の死、ジミー・ペイジの薬物問題、ジョン・ボーナムのアルコール問題など、深刻な困難を抱えていた。1976年の『Presence』は、そうした厳しい状況の中で制作された、硬質で切迫したギター中心の作品だったが、『In Through the Out Door』では方向性が大きく変化している。ここでは、ジミー・ペイジのギター主導の巨大なロック・サウンドよりも、ジョン・ポール・ジョーンズのキーボード、シンセサイザー、アレンジ能力が前面に出ている。

この変化は、本作を理解するうえで決定的に重要である。Led Zeppelinの一般的なイメージは、ペイジのリフ、プラントのシャウト、ボーナムの重いドラム、ジョンジーの柔軟なベースによるハードロックの巨大な音塊である。しかし本作では、その図式が崩れる。もちろんバンド特有の重量感や演奏力は健在だが、楽曲の多くはシンセサイザー、ピアノ、ラテン風のリズム、バラード、カントリーやロックンロールへの参照を含み、1970年代末という時代の変化を反映している。

アルバム・タイトル『In Through the Out Door』は、「出口から入る」と訳せるような逆説的な表現である。これは、バンドが通常の入り口ではなく、困難な状況や回り道を通って再び活動へ入ろうとしていたことを示すようにも読める。1970年代後半の音楽シーンでは、パンクとニューウェイヴが台頭し、Led Zeppelinのような巨大なロック・バンドは、若い世代から「過剰」「旧世代」と見なされる場面も増えていた。本作は、そのような時代において、Led Zeppelinが自分たちのサウンドをどのように更新しようとしたのかを示す作品でもある。

制作はスウェーデンのPolar Studiosで行われた。このスタジオはABBAが使用していたことでも知られ、1970年代末の洗練された録音環境を象徴する場所だった。『In Through the Out Door』のサウンドには、ロンドンやアメリカのブルース・ロック的な土臭さよりも、どこか明るく乾いた、現代的で整理された音像がある。これはLed Zeppelinのディスコグラフィの中でも異色であり、同時に本作が「過渡期の作品」として聴かれる理由でもある。

歌詞面では、ロバート・プラントの個人的な喪失や再生への感覚が色濃く出ている。以前のLed Zeppelinには、神話、ファンタジー、ブルース的な欲望、旅、神秘主義といったテーマが多かったが、本作ではより人間的で、疲労や傷を抱えた歌が目立つ。「All My Love」は特に、プラントの亡き息子へ向けた鎮魂の意味を持つ楽曲として語られることが多く、Led Zeppelinの中でも珍しく直接的な感情の深さを持つ曲である。

一方で、本作にはLed Zeppelinらしい多様性もある。「In the Evening」では重厚なロックの威厳を残し、「South Bound Saurez」ではピアノ主体の軽快なロックンロールを聴かせ、「Fool in the Rain」ではラテン風のリズムやサンバ的な展開を導入し、「Carouselambra」ではシンセサイザーを中心にした大作志向を示す。つまり『In Through the Out Door』は、Led Zeppelinが衰えたというより、バンド内の重心が変わり、従来とは異なる表現を試みたアルバムである。

ただし、このアルバムはLed Zeppelin最後の完全なスタジオ・アルバムとなった。1980年にジョン・ボーナムが急死し、バンドは解散を発表する。そのため『In Through the Out Door』は、結果的にLed Zeppelinの終章として聴かれることになった。本来は新しい方向への入口だったかもしれない作品が、バンドの出口にもなってしまったのである。この事実は、アルバム・タイトルの逆説性にさらに重い意味を与えている。

日本のリスナーにとって本作は、Led Zeppelinをハードロックの王者として聴く場合、やや異質に感じられるかもしれない。しかし、70年代末のロックが抱えた変化、シンセサイザーの導入、巨大バンドの成熟、個人的喪失の表現という観点から聴くと、非常に興味深い作品である。『In Through the Out Door』は、Led Zeppelinが自らの過去を繰り返すのではなく、時代の変化と個人的な傷の中で新しい出口を探していた記録である。

全曲レビュー

1. In the Evening

アルバムは「In the Evening」で幕を開ける。長い導入部では、ギターとシンセサイザーが不穏な空間を作り、やがて重いリズムが入ることでLed Zeppelinらしいスケールが立ち上がる。本作はキーボード色が強いアルバムとして知られるが、この冒頭曲では、まだバンドのハードロック的な威厳がしっかりと残されている。

ジミー・ペイジのギターは、初期作品のようなブルース直系の荒々しさというより、エフェクトを用いた空間的な響きを持つ。ジョン・ボーナムのドラムは重く、曲全体に推進力を与える。ジョン・ポール・ジョーンズのシンセサイザーは、単なる装飾ではなく、曲の不穏な雰囲気を支配する重要な要素として機能している。

歌詞では、夜、孤独、欲望、待つこと、心の不安定さが描かれる。ロバート・プラントの歌唱は以前ほど絶叫一辺倒ではなく、どこか疲労や陰影を含んでいる。ここでの「夜」は、若い衝動の場というより、何かを失った後に訪れる空白の時間に近い。アルバム冒頭にこの曲が置かれることで、『In Through the Out Door』は、過去のLed Zeppelinの力強さを引き継ぎながらも、より暗く成熟した世界へ入っていく。

2. South Bound Saurez

「South Bound Saurez」は、前曲の重厚さから一転し、ピアノを中心にした軽快なロックンロール曲である。タイトルの「Saurez」は「Suarez」の変形とも考えられ、南へ向かう動きや、ラテン的な響きを連想させる。Led Zeppelinはキャリアを通じて、ブルースやフォークだけでなく、ロックンロール、カントリー、ファンク、ラテンなどを柔軟に取り入れてきたが、この曲ではその軽やかな側面が表れている。

音楽的には、ジョン・ポール・ジョーンズのピアノが曲を主導しており、ジミー・ペイジのギターは主役というよりアンサンブルの一部として配置されている。これは本作全体の特徴でもある。Led Zeppelinのサウンドにおいて、ペイジのギターが絶対的中心ではなくなることで、バンドはより多彩な方向へ動いている。

歌詞は、移動、恋愛、軽い高揚感を伴う内容であり、深刻な内省よりも、気分の切り替えや身体的な楽しさが重視されている。アルバム全体には喪失や疲労の影があるが、「South Bound Saurez」はその中で一時的に明るい空気を作る。Led Zeppelinが巨大な叙事詩だけでなく、こうした気軽なロックンロールも自然に鳴らせるバンドであることを示す楽曲である。

3. Fool in the Rain

「Fool in the Rain」は、本作の中でも最も完成度が高く、Led Zeppelin後期を代表する楽曲の一つである。タイトルは「雨の中の愚か者」を意味し、待ち合わせに現れない相手を待ち続ける人物の滑稽さと切なさが描かれる。Led Zeppelinの歌詞としては比較的具体的で、コミカルな状況と恋愛の不安が結びついている。

音楽的には、ボーナムのシャッフル・グルーヴが非常に重要である。重く、跳ねるようなドラムは、単なるハードロックの直線的なビートではなく、ジャズやファンクの感覚を含んでいる。ジョン・ポール・ジョーンズのピアノとシンセサイザーは、曲に軽快さと明るさを与え、ペイジのギターは要所で鋭く入り込む。

中盤にはサンバ風のブレイクが挿入される。これはLed Zeppelinの中でも非常にユニークな展開であり、彼らがリズム面でいかに柔軟なバンドだったかを示している。ハードロック・バンドがラテン的なリズムを単なる装飾ではなく、曲のドラマとして取り入れている点が興味深い。

歌詞の主人公は、自分が間違った場所で待っていたことに気づく。ここには恋愛の滑稽さ、自己認識の遅れ、そして人間的な弱さがある。かつてのLed Zeppelinの男性像は、しばしば強く、神話的で、欲望に満ちていた。しかし「Fool in the Rain」では、語り手は愚かで、取り残され、少し情けない。この変化は、後期Led Zeppelinの人間的な成熟を示している。

4. Hot Dog

「Hot Dog」は、カントリー、ロカビリー、初期ロックンロールへのオマージュとして機能する軽快な楽曲である。Led Zeppelinはしばしばブルースを基盤にした重厚なバンドとして語られるが、アメリカ音楽への愛情は非常に幅広く、この曲ではその中でもカントリー・ロック的な側面が前面に出ている。

音楽的には、ペイジのギターがカントリー風のフレーズを弾き、プラントの歌唱もややユーモラスで軽い。ボーナムのドラムは大きく鳴るが、ここでは重厚なハードロックというより、酒場で演奏されるロックンロールのような楽しさがある。ジョン・ポール・ジョーンズの演奏も、曲全体を軽快に支えている。

歌詞は、テキサスやアメリカ南部を思わせるロックンロール的な題材を扱い、深刻なメッセージ性よりも遊び心が中心である。Led Zeppelinはアルバムの中にこうした軽妙な曲を置くことで、作品全体に幅を持たせてきた。「Hot Dog」は大作志向の曲ではないが、本作においては重いテーマの中に挟まれるユーモラスな息抜きとして機能している。

ただし、この曲はアルバムの中で評価が分かれやすい。Led Zeppelinらしい荘厳さや革新性を期待するリスナーには軽すぎると感じられる一方、バンドのルーツ音楽への愛着や演奏の柔軟さを示すものとして聴くこともできる。

5. Carouselambra

「Carouselambra」は、『In Through the Out Door』最大の大作であり、Led Zeppelin後期の新しい方向性を最も大胆に示した楽曲である。10分を超える長尺曲でありながら、従来のブルース・ロック的な展開ではなく、シンセサイザー主導の構成を持つ点が大きな特徴である。タイトルは「carousel」と「samba」などを組み合わせたような造語的響きを持ち、回転、祝祭、リズム、幻惑を連想させる。

音楽的には、ジョン・ポール・ジョーンズのシンセサイザーが曲の中心を占めている。ペイジのギターは以前のように曲を支配するのではなく、シンセの流れに対して差し込まれる役割を担う。ボーナムのドラムは複雑な構成を支え、曲全体に力を与えている。ここには、Led Zeppelinがもし1980年代へ本格的に進んでいたなら、どのような音楽へ向かっていたのかを想像させる要素がある。

曲は複数のパートに分かれ、明るく駆け抜けるシンセ・ロック的な部分、より重く沈む中間部、再び推進力を取り戻す展開を持つ。初期の「Dazed and Confused」や「No Quarter」とは異なり、ここでの実験性はギターの即興やブルースの拡張ではなく、キーボードと構成によるものである。

歌詞は抽象的で、共同体、欺瞞、変化、内面的な混乱を思わせる内容を含む。Led Zeppelin内部の関係や、バンドの状況を反映していると解釈されることもある。明確な物語ではなく、断片的なイメージが並び、曲の長大な構成と結びつくことで、終わりゆく70年代ロックの迷宮のような印象を与える。「Carouselambra」は、本作の中でも最も野心的で、同時に最も賛否を分ける楽曲である。

6. All My Love

「All My Love」は、『In Through the Out Door』の中でも最も感情的に重要な楽曲であり、Led Zeppelin全体の中でも特異なバラードである。この曲は、ロバート・プラントの亡き息子カラックへの思いが背景にあるとされ、Led Zeppelinの音楽において珍しく、非常に個人的な喪失と愛情が前面に出ている。

音楽的には、ジョン・ポール・ジョーンズのシンセサイザーが大きな役割を果たす。柔らかく、ややクラシカルな響きを持つシンセのフレーズは、曲に荘厳で哀切な空気を与えている。ペイジのギターは控えめで、プラントの歌を支える立場にある。ボーナムのドラムも過度に重くならず、曲の情感を保っている。

歌詞では、すべての愛を捧げるという非常に直接的な感情が歌われる。Led Zeppelinの過去の歌詞に多かった神話的な言葉やブルース的な欲望とは異なり、ここには飾りの少ない喪失と献身がある。プラントの歌唱は力強いが、同時に深い傷を抱えている。彼の声は以前のような若々しい叫びではなく、何かを失った後に残された者の声として響く。

この曲は、Led Zeppelinの従来のイメージからは外れる部分もある。ハードロックの鋭さやブルースの泥臭さは少なく、むしろシンセ・バラードに近い。しかし、その異質さこそが本作の意味を深めている。「All My Love」は、Led Zeppelinが単なる力のバンドではなく、深い個人的悲しみを音楽へ変えることができたことを示す楽曲である。

7. I’m Gonna Crawl

アルバムの最後を飾る「I’m Gonna Crawl」は、Led Zeppelinのブルース的な原点へ戻るようなスロー・ナンバーである。タイトルは「這っていく」という意味を持ち、誇り高いロック・スター的な姿ではなく、傷つき、弱りながらも相手のもとへ向かおうとする人物像を示している。これは、アルバム全体を締めくくるにふさわしい、非常に人間的な楽曲である。

音楽的には、ジョン・ポール・ジョーンズのシンセサイザーがムーディーな導入を作り、そこにプラントの深い歌唱が乗る。ペイジのギターは終盤に向けて感情を高める役割を果たし、ボーナムのドラムは抑制されながらも重い存在感を持つ。ブルースを基盤にしながらも、サウンドは1970年代末の洗練を帯びている。

歌詞では、愛への執着、弱さ、懇願が描かれる。初期Led Zeppelinのブルース曲では、語り手が強い欲望を持つ男性として描かれることが多かったが、ここではより脆く、依存的で、傷ついた人物として現れる。「這っていく」という表現は、プライドを捨ててでも愛に向かう姿を示すと同時に、長いキャリアの末に疲れたバンドの姿とも重なる。

プラントの歌唱は非常に重要である。彼はここで、若い頃の超人的なシャウトではなく、ソウルやブルースの深い表現へ近づいている。アルバム最後にこの曲が置かれることで、『In Through the Out Door』は派手な勝利宣言ではなく、傷ついた者の低い声で終わる。結果的にこれがLed Zeppelin最後のオリジナル・アルバムの締めくくりになったことを考えると、非常に象徴的な終幕である。

総評

『In Through the Out Door』は、Led Zeppelinの代表作として真っ先に挙げられることは少ない。しかし、バンドの終盤を理解するうえでは欠かせない作品である。ここには、1970年代ロックの王者が、時代の変化、個人的な喪失、バンド内部の重心の変化に向き合いながら、新しい音楽的出口を探す姿が記録されている。

本作の最大の特徴は、ジョン・ポール・ジョーンズの役割が大きく拡大している点である。シンセサイザー、ピアノ、アレンジ面での貢献により、アルバムは従来のギター中心のLed Zeppelinとは異なる色彩を持つ。「South Bound Saurez」「Fool in the Rain」「Carouselambra」「All My Love」では、ジョンジーの音楽的多才さがアルバム全体の方向を決定している。これは、ジミー・ペイジ主導の重厚なギター・ロックを期待するリスナーには物足りなく感じられるかもしれないが、バンドの別の可能性を示すものでもある。

ジミー・ペイジの存在感は、初期から中期の作品に比べると相対的に後退している。しかし、それは完全な不在を意味しない。「In the Evening」や「I’m Gonna Crawl」では、彼のギターは依然として深い表情を持っている。ただし本作では、ペイジのギターがバンド全体を支配するのではなく、キーボードや歌と共存する方向へ置かれている。このバランスの変化が、本作をLed Zeppelinの中で異色にしている。

ロバート・プラントの歌唱と歌詞も、本作の重要な要素である。彼の声は、若い頃の野性的なシャウトから、より内省的で、傷を含んだ表現へ変わっている。「All My Love」や「I’m Gonna Crawl」では、喪失、愛、弱さ、祈りに近い感情が表れる。これはLed Zeppelinの従来の神話的な男性像を変化させるものでもある。強さだけでなく、脆さを歌うLed Zeppelinがここにいる。

音楽史的には、本作は1970年代ハードロックと1980年代ロックの境界にあるアルバムである。パンクとニューウェイヴの台頭により、巨大なロック・バンドの時代は変化を迫られていた。Led Zeppelinはパンクに迎合するのではなく、シンセサイザーやリズムの多様性を用いて別の方向へ進もうとした。その試みは完全に成功したとは言い切れないが、少なくとも過去の栄光を単純に繰り返すものではなかった。

アルバム全体の完成度という点では、曲ごとの方向性にばらつきがある。「In the Evening」「Fool in the Rain」「All My Love」「I’m Gonna Crawl」は非常に強い楽曲であり、後期Led Zeppelinの成熟を示している。一方で、「Hot Dog」や「Carouselambra」は評価が分かれやすく、アルバムとしての統一感を不安定にしている。しかし、この不安定さもまた、当時のバンドの状況を反映している。『In Through the Out Door』は、迷いのない傑作ではなく、迷いそのものが刻まれた作品である。

日本のリスナーにとっては、まず『Led Zeppelin IV』や『Physical Graffiti』のような代表作を聴いた後に本作へ進むと、バンドの変化がより分かりやすい。初期のブルース・ハードロック、中期の壮大な多様性、後期の内省とシンセサイザーの導入。その流れの中で『In Through the Out Door』を聴くと、単なる異色作ではなく、Led Zeppelinが最後に見せた変化の記録として理解できる。

結果的に、本作はLed Zeppelinの最後のスタジオ・アルバムとなった。もしジョン・ボーナムが亡くならず、バンドが1980年代へ進んでいたなら、「Carouselambra」や「All My Love」で示された方向がさらに発展した可能性もある。その意味で『In Through the Out Door』は、終わりであると同時に、未完の始まりでもある。出口から入るというタイトルの通り、このアルバムはバンドが新しい入口を探していた記録でありながら、歴史的にはその出口になってしまった作品である。

おすすめアルバム

1. Led Zeppelin – Presence(1976年)

『In Through the Out Door』の前作であり、ジミー・ペイジのギター主導による硬質なアルバム。シンセサイザー色の強い本作とは対照的に、切迫したハードロックの緊張感が前面に出ている。後期Led Zeppelinの苦境と集中力を理解するうえで重要な作品である。

2. Led Zeppelin – Physical Graffiti(1975年)

Led Zeppelinの多様性が最も大きなスケールで示された二枚組アルバム。ハードロック、ファンク、ブルース、フォーク、東洋的な旋律、実験的な構成が混在し、バンドの総合力を知るうえで欠かせない。『In Through the Out Door』の多彩さを理解する前提となる作品である。

3. Led Zeppelin – Houses of the Holy(1973年)

Led Zeppelinがレゲエ、ファンク、プログレッシヴな構成、フォーク的な美しさを大胆に取り入れた作品。ギター中心のハードロックから広がっていく過程を示しており、『In Through the Out Door』におけるジャンル横断的な姿勢ともつながる。

4. The Who – Who Are You(1978年)

Led Zeppelinと同じく、1970年代を代表する英国ロック・バンドが、パンク/ニューウェイヴ時代の変化の中で制作した作品。シンセサイザーや大規模なロック・アレンジが用いられ、巨大バンドが時代の転換点にどう向き合ったかを比較するうえで有効である。

5. Queen – News of the World(1977年)

1970年代後半の英国ロックにおいて、ハードロック、ポップ、アリーナ・ロック、実験性をバランスよくまとめた作品。Led Zeppelinとは異なる方法で、巨大ロック・バンドがパンク以後の時代に対応した例として聴くことができる。『In Through the Out Door』の時代背景を理解するうえで関連性が高い。

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