発売日: 1979年11月16日
ジャンル: パンク・ロック、モッズ・リバイバル、ニュー・ウェーブ
1979年、The Jamの4枚目のアルバムSetting Sonsは、バンドにとって新たな野心と深化を示した作品としてリリースされた。このアルバムはコンセプトアルバムとして構想され、戦後のイギリス社会における変化や友人関係、階級闘争といったテーマが中心に描かれている。ポール・ウェラーの鋭い視点と感情的な歌詞がさらに力強くなり、アルバム全体に重厚なテーマ性が込められているのが特徴だ。レコードレーベルのポリドールとプロデューサーのヴィック・スミスの支援のもと、The Jamは一層シリアスなトーンで、社会問題を音楽の中に取り入れた。
アルバムの多くの楽曲では、若者たちが戦後の変わりゆく社会で見失いがちな友情やアイデンティティをテーマに、力強くも切ないメッセージを送っている。戦争や階級闘争の影響を背景に、ウェラーが描く物語はシリアスでありながらも親しみやすく、聴く者の心に深く響く。また、パンクのエネルギーとモッズ・リバイバルの影響が融合し、彼らのアイデンティティがより確立されているのがこの作品だ。
トラックごとの解説
1. Girl on the Phone
このオープニング曲は、現代社会における疎外感や個人の喪失感を描いたもので、電話越しに聞こえる無機質な声に象徴される孤独がテーマとなっている。ポップでありながらも皮肉に満ちたサウンドで、聴き手に一抹の寂しさを感じさせる。
2. Thick as Thieves
アルバムのハイライトのひとつで、少年時代からの友情が大人になるにつれて変わりゆく様子を歌っている。ウェラーの歌詞には、友情の絆とそれが薄れていく切なさが繊細に表現され、メロディはメランコリックで美しい。青春の儚さを描いたこの曲は、誰しもが一度は感じる感情を掘り下げている。
3. Private Hell
ウェラーはこの曲で現代人が抱える不安と孤独を鋭く描写している。タイトル通り、各自が抱える「個人的な地獄」に焦点を当て、家庭内での孤独感や抑圧された感情を表現している。ダークで激しいサウンドが、閉塞感と焦燥感を増幅させる一曲。
4. Little Boy Soldiers
戦争の恐ろしさと、その背後にある無意味さをテーマにしたコンセプト色の強い楽曲。ウェラーの強烈な反戦メッセージが響き渡り、緊張感のあるアレンジと展開の多様性が印象的である。短い劇のようにシーンが変わり、戦場に向かう若者たちの悲劇を映し出す。
5. Wasteland
都市の荒廃とそれに対する無力感を描いた、物悲しさと美しさが同居する曲。スローなテンポと哀愁を帯びたギターが、寂れた街並みを思わせる。ここでは都会生活の冷たさや、空虚な未来への危機感がテーマとなっている。
6. Burning Sky
ここでは野心と現実の狭間で葛藤する人々を描き、企業社会や労働の無機質さに対する反発が込められている。疾走感あるサウンドと共に、ウェラーの歌詞が一層鋭く響く。夢を追ううちに見失われていくアイデンティティを描く。
7. Smithers-Jones
ブルース・フォクストンが作詞・作曲を手がけたこの曲は、弦楽アレンジが特徴的で、退職間近の会社員の悲哀と空虚感を表現している。普段のパンクサウンドから一転して、シンプルな弦楽器の美しいメロディが印象的だ。人生の意味を問いかけるような物悲しさが漂う。
8. Saturday’s Kids
ここでは、土曜日の夜に集まる労働者階級の若者たちの姿が描かれている。彼らの小さな楽しみや日常の一コマをウェラーは鮮やかに切り取り、皮肉を込めながらも親しみ深く表現している。軽快なリズムとシニカルな視点が共存する曲だ。
9. The Eton Rifles
アルバムの中でもとりわけ強烈な楽曲であり、階級闘争と政治的な分断をテーマにしている。この曲は英国チャートでヒットし、ウェラーの社会批判が多くの共感を呼んだ。エリートと労働者階級の対立を鮮やかに描き、パワフルなギターリフとリズムが圧倒的な迫力を生み出している。
10. Heat Wave
マーサ&ザ・ヴァンデラスのカバーで、アルバムの最後を飾る軽快なナンバー。The Jam独自のエッジが加わり、オリジナルとはまた違ったパンク的なエネルギーに溢れている。アルバム全体のテーマがシリアスである中、少し息抜きのような感覚もある一曲だ。
アルバム総評
Setting SonsはThe Jamが音楽的・精神的にさらに深化したことを示すアルバムで、ウェラーが描く社会観察と個人的な感情が緻密に交差する傑作である。友情や階級闘争、現代社会の孤独といったテーマを通じて、リスナーはそれぞれの「個人的な戦い」に共感しやすい。各楽曲のアレンジと物語性が秀逸で、The Jamの音楽的な進化を感じさせる作品だ。本作はバンドが社会に訴えるメッセージと共に、彼らの成熟した音楽を堪能するに相応しいアルバムである。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
London Calling by The Clash
The Clashの代表作で、パンクとロックの境界を超えた多彩な音楽性が特徴。社会的なメッセージが強く、階級闘争や政治的テーマに共感するリスナーにおすすめ。
Sound Affects by The Jam
The Jamの次作であり、ウェラーのソングライティングがさらに進化した作品。社会批判と個人的なテーマが入り混じり、The Jamのファンには必聴の一枚。
Quadrophenia by The Who
モッズ文化をテーマにしたロックオペラで、The Jamに影響を与えたアルバム。青春期の葛藤と自己探求が描かれ、Setting Sonsのテーマ性と共通する部分が多い。
Entertainment! by Gang of Four
同時代のポストパンクバンドによるアルバムで、社会批判的な歌詞と斬新なサウンドが特徴的。階級闘争や政治的テーマに関心があるリスナーに特に響くだろう。
Closer by Joy Division
個人的な苦悩や内面の葛藤を描いたダークなポストパンク作品。Setting Sonsのテーマに共通する「個人的な地獄」を掘り下げており、内省的なリスナーにおすすめ。
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