1. 歌詞の概要
「Polly」は、Nirvanaのセカンドアルバム『Nevermind』(1991年)に収録された静かなアコースティック・ナンバーであり、その陰鬱なテーマと対照的に、淡々とした語り口と簡素なサウンドが印象的な楽曲である。歌詞は、実在した性的誘拐事件をもとに書かれており、語り手は加害者の視点から描かれている。
その不気味さと冷たさは、暴力の“生々しさ”を露骨に描写するのではなく、“精神的に凍てついたまなざし”で提示することで、より強い衝撃を与える構造となっている。被害者ではなく加害者の視点で描くという構成により、カート・コバーンは“物語”ではなく、“構造”――つまり暴力を可能にしてしまう無関心や軽視のメカニズム――に焦点を当てたのだ。
「Polly」は、メッセージを押しつけず、感情を激しく揺さぶるわけでもなく、静かに語られる。だがその静けさの中には、“ぞっとする現実”が横たわっており、それが聴き手の心にじわじわと侵食してくる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Polly」は、1987年にワシントン州で実際に起きた誘拐・暴行事件にインスパイアされている。当時、14歳の少女が誘拐され、火をつけられ、拷問されたものの、最終的には機転を利かせて犯人から逃れることができた。この事件を知ったカート・コバーンは、その残酷さに衝撃を受け、「Polly」という楽曲として昇華させた。
カートはこの曲において、犯人の視点を採用することで、暴力そのものの異常性を浮き彫りにしようとした。彼が伝えたかったのは、暴力の恐ろしさそのものではなく、“それが存在するということを許している社会の沈黙”に対する告発であった。
加えて、カートはフェミニズムや女性の権利問題に深い関心を持っており、性暴力を決して「ショッキングな題材」として消費することなく、その背景にある構造的問題に意識的であろうとしたアーティストである。この「Polly」は、その姿勢の象徴とも言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“Polly wants a cracker
I think I should get off her first”
ポリーはクラッカーが欲しいって
まずは彼女の上から降りるべきかもな“I guess I should have some fun
Unless I find a way to get this done”
楽しんでみるのもいいかもな
ちゃんと終わらせる方法が見つかるまでは“It isn’t me, it’s not my fault
It’s not my conscience”
僕じゃない、僕のせいじゃない
良心なんてものはないのさ
引用元:Genius Lyrics – Polly
加害者の視点で語られることで、彼の自己正当化や倫理観の欠如が浮き彫りになる。感情のない一人称語りが、不気味さをさらに際立たせている。聴き手はその冷たさに恐怖を覚えると同時に、「なぜこの視点で描かれているのか?」という問いを自然に抱くことになる。
4. 歌詞の考察
「Polly」は、その物静かな表現とは裏腹に、カート・コバーンの最も政治的・社会的な楽曲のひとつである。加害者視点という手法を選んだことは、単にショッキングな表現を狙ったものではない。むしろそれは、暴力を取り巻く“社会の無関心”や“加害者の自己欺瞞”を、より赤裸々に描き出すための冷徹な方法だった。
この曲を聴いて「これはひどい」と思う人がいれば、それは当然の反応だ。だがその反応こそが、カートが仕掛けた問いへの“第一歩”となる。「なぜ私たちは、暴力が起きるまで沈黙していたのか?」「なぜ被害者の声は、加害者の語りによって消されてしまうのか?」――その問いは、楽曲の中で直接語られることはないが、静かに、重たく、空気のようにそこにある。
また、ギターと声だけというミニマルな構成も、歌詞の内容を際立たせる。音楽的な装飾をそぎ落とすことで、“言葉”が主役となり、聴く者に直接突き刺さる。これはNirvanaの他の曲とは異なる、“沈黙の重み”が最大の武器となった楽曲である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fast Car by Tracy Chapman
女性の視点から描かれる社会的抑圧と逃避の物語。穏やかなトーンに潜む痛みが「Polly」と共通する。 - Fool’s Gold by The Stone Roses
ミニマルな構成の中に、繰り返しのフレーズが浮遊する。精神的な麻痺や倦怠感というテーマが通じる。 - Exit Music (For a Film) by Radiohead
静かな音の中に、怒りや悲しみがじわじわと積み重なっていく構成。「Polly」と同じく、静けさが凶器になる。 - Kim by Eminem
加害者の視点から語られる危険な曲だが、その背後にある“狂気の構造”と“倫理の欠落”を浮き彫りにする構成が共通する。
6. 静寂が告発する、社会の鈍感さ
「Polly」は、Nirvanaが“静けさ”の中に込めた、最も強い告発の楽曲である。激しく叫ぶことも、ギターをかき鳴らすこともせず、ただ淡々と、乾いた声で歌うことで、むしろその暴力性が際立つ。その冷静さこそが恐ろしく、そして耳を離れない。
カート・コバーンはこの曲を通して、「これは他人事ではない」という事実を突きつけてくる。暴力が起きる社会、被害者が語れない社会、加害者が“無意識”でいられる社会――それは、私たちがどこかで目を背けている現実なのだ。
「Polly」は、そうした社会構造の歪みを音楽として告発した異色のバラードである。そしてその沈黙の中にこそ、最も強い声が潜んでいる。だからこそ、この曲は30年以上を経ても、今なお鋭く私たちの胸を刺し続けているのだ。
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