
楽曲の概要
「Straight Up and Down」は、The Brian Jonestown Massacreが1996年に発表したアルバム『Take It from the Man!』の収録曲である。アルバムには通常版と約11分に及ぶロング・ヴァージョンの2種類が収録されており、通常版は約4分30秒。クレジット資料ではAnton NewcombeとJeff Daviesが作者として記載され、Anton NewcombeとLarry Thrasherがプロデュースを担当している。演奏にはMatt Hollywood、Brian Glaze、Joel Gionら当時のメンバーも参加し、複数のギターとオルガン、メロトロン、パーカッションを重ねた厚いアンサンブルが作られている。
この曲が登場した1996年は、バンドにとって異例なほど制作量の多い時期だった。The Brian Jonestown Massacreは同年に『Take It from the Man!』だけでなく、『Their Satanic Majesties’ Second Request』『Thank God for Mental Illness』も発表している。「Straight Up and Down」はその中でも、1960年代のガレージ・ロックやRolling Stones周辺のサイケデリックなロックを思わせる反復性と、荒々しい録音感覚が強く表れた曲である。のちにHBOドラマ『Boardwalk Empire』のオープニング・テーマとして使われ、バンドを知らない層にも広く耳にされる楽曲となった。
歌詞の概要
歌詞の中心にいるのは、他者との関係に疲れながらも、その相手を完全には切り離せない語り手である。冒頭では、自分は物事を見ようとしてきたのに実際には何も見えていなかったのではないか、という自己認識が示される。しかも失望を繰り返した結果、それ自体が身近な存在になってしまったように語られる。相手が本当はどんな人間なのか分からず、それでも相手が「誰になるのか」を待ち続けているため、単純な失恋というより、人間関係の中で相手と自分の輪郭を見失っていく歌として読むことができる。
サビで繰り返されるのは、「自分自身であること」と「自由になること」をめぐる言葉である。ただし、そのメッセージは明快な自己肯定にはならない。相手に自由になるよう求めながら、語り手自身も相手との関係から自由になれていないからだ。愛情は残っている一方、その関係によって自分が引きずり下ろされているという感覚もある。終盤では、誰が本当の友人なのかさえ分からないという不信感が現れ、最後には自分自身を自分の味方にするという方向へ視線が移る。タイトルそのものは歌詞の物語を直接説明する言葉ではないが、上昇と下降を繰り返すような曲の運動感や、安定しない心理状態を連想させる。
制作背景・時代背景
『Take It from the Man!』は、初期The Brian Jonestown Massacreの方向転換をはっきり示す作品である。1995年の『Methodrone』にはシューゲイズの影響が濃かったが、『Take It from the Man!』では1960年代のBritish Invasion、ガレージ・ロック、ブルース・ロック、サイケデリアへと重心が移っている。1990年代半ばにはBritpopやオルタナティヴ・ロックが大きな市場を形成していたが、彼らは当時の主流的なロックの音を追うのではなく、Rolling Stones、The Beatles、The Velvet Undergroundなどにつながる過去の語彙を意図的に掘り返していた。
同時に、この時期のバンドは過去の音楽を整然と再現するタイプのリバイバル・バンドではなかった。古いロックのリフ、タンバリン、オルガン、反復するコードといった要素を使いながら、録音には粗さや過剰さを残している。「Straight Up and Down」はその性格が特によく分かる曲で、Anton Newcombeは後年、この曲をカセットへミックスしたことを振り返っている。通常版をアルバム中盤に置きながら、最後にさらに長い別テイクを収録する構成も、完成された一つの録音だけを決定版とするより、演奏が続いていく時間そのものを作品化しようとするバンドの感覚を伝えている。
歌詞の抜粋と和訳
この曲では「見ること/見えないこと」「自分自身であること」「自由」「失望」「友人」といった言葉が繰り返し結び付けられている。特に重要なのは、相手に自分自身でいるよう求める言葉と、その相手によって自分が消耗しているという告白が同じサビに存在する点である。語り手は相手を変えたいのか、そのままでいてほしいのか、あるいは自分が相手から離れたいのかを整理できていない。
その曖昧さは終盤になると自分自身へ向かう。他人の正体や友情の確かさを見極めようとしていた語り手が、最後には自分自身を最も身近な味方にできるのではないかと考えるためだ。ここには劇的な解決はなく、むしろ他者への期待を減らすことで何とか自分を保とうとする感覚がある。自由を語る歌でありながら爽快な解放へ着地しないことが、この曲の歌詞に独特の苦さを与えている。
サウンドと歌詞の考察
「Straight Up and Down」の核にあるのは、細かな展開よりも反復によって勢いを増していくバンド演奏である。テンポは速すぎず、ドラムは一定の脈拍を保ちながら、タンバリンを含むパーカッションがその周囲を細かく埋めていく。ベースも目立った技巧を見せるより、コードとリズムを粘り強く支える役割が大きい。そのため曲は一直線に走るというより、同じ場所を何度も回りながら少しずつ熱を上げていくように聞こえる。この反復感は、相手との関係を理解しようとして同じ疑問へ戻ってしまう歌詞とも自然に重なる。
ギターは一つの明瞭なリフだけを前面に置くのではなく、複数の音が重なって全体の質感を作っている。乾いたコード、歪んだ持続音、フレーズの断片が互いに入り込み、その奥にはオルガンやメロトロンの響きも加わる。音を一つずつ分離して聞かせる現代的なミックスとは逆に、各パートの境界が少し曖昧で、バンド全体が一つの大きな塊として鳴っている印象が強い。この音の混濁が、歌詞にある「相手が誰なのか分からない」「自分にもよく見えていない」という感覚を結果的に補強している。何かをはっきり確認しようとしても、別の音が重なって視界を曇らせるようなアレンジである。
Anton Newcombeの歌唱も、感情を整理して伝えるタイプではない。メロディは比較的単純で、同じ音型や語尾の引き伸ばしを利用しながら、バンドの反復へ声を食い込ませていく。サビには複数の声が加わるため、個人的な告白だった歌が突然、集団から投げかけられる言葉のようにも聞こえる。歌詞では「自分自身でいること」が問題になっているのに、そこで一人の声が複数の声へ広がるのが面白い。誰が誰に自由を求めているのかが少し曖昧になり、語り手自身もその言葉の対象であるように感じられるからだ。
さらに重要なのが、通常版とロング・ヴァージョンの存在である。通常版でも反復による催眠的な性格は十分に強いが、約11分のロング・ヴァージョンでは、曲を「歌」として完結させる感覚がさらに薄くなる。後半になるほど反復そのものが主役となり、演奏の高揚をどこまで維持できるかというジャムに近づいていく。終盤の集団的なヴォーカルは、Rolling Stones「Sympathy for the Devil」やThe Beatles「Hey Jude」の長いコーダを連想させる作りで、1960年代ロックへの親近感を隠そうとしていない。ただし録音のざらつきや演奏の危うさによって、豪華なクラシック・ロックの再現ではなく、もっと地下室的で不安定な音になっている。
ここにThe Brian Jonestown Massacreらしさがある。彼らは1960年代の音楽語法を引用しているが、過去をきれいに復元するのではなく、反復を過剰にし、音を濁らせ、演奏が崩れそうな瞬間まで残す。「Straight Up and Down」の歌詞も同様に、自由や自己認識という分かりやすそうなテーマを提示しながら、明確な答えを与えない。相手を愛しているのに苦しめられ、自分らしくあれと語りながら自分自身も迷っている。その矛盾を解決せず、同じグルーヴを繰り返しながら抱え続けることが、この曲のサイケデリックな感覚を作っている。
のちに『Boardwalk Empire』のオープニングで使われたことも、この曲の性格を別の角度から浮かび上がらせた。1920年代を舞台にしたドラマに1990年代のネオ・サイケデリック・ロックを合わせるため、時代考証としては意図的にずれている。しかし、重い反復、ざらついたギター、どこか退廃的な高揚感は、禁酒法時代の犯罪と欲望を描く映像に奇妙な説得力を与えた。特定の時代を忠実に再現した音ではなく、過去のロックを1990年代の地下音楽として作り直した曲だからこそ、さらに別の時代を描く映像にも接続できたのである。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「Anemone」 by The Brian Jonestown Massacre
『Their Satanic Majesties’ Second Request』を代表する一曲。「Straight Up and Down」の荒々しい高揚に対し、こちらはゆっくりした反復と浮遊するボーカルで陶酔を作る。同じバンドのサイケデリアを静かな方向から確認できる。
「Vacuum Boots」 by The Brian Jonestown Massacre
同じ『Take It from the Man!』の冒頭曲。短く引き締まった構成の中に、1960年代風のギターとガレージ・ロックの粗さが凝縮されている。「Straight Up and Down」の長い反復が生まれる土台を理解しやすい。
「Sympathy for the Devil」 by The Rolling Stones
パーカッションと反復するコードを土台に、演奏が次第に集団的な熱狂へ変わっていく曲。「Straight Up and Down」のロング・ヴァージョン、とりわけ後半のコーラスを聴くと両者の音楽的な共通点が分かりやすい。
「Sister Ray」 by The Velvet Underground
単純なコードとリズムを長時間繰り返し、演奏そのものの熱によって曲を変化させていくロック。「Straight Up and Down」のロング・ヴァージョンにある、構成より持続とノイズを優先する感覚と重なる。
「Loaded」 by Primal Scream
1960〜70年代ロックへの愛情を隠さず、それを後の時代の感覚で再構成したという点でつながる一曲。音楽的な方法は異なるが、過去のロックを博物館的に再現せず、現在形の快楽へ変える姿勢が共通している。
まとめ
「Straight Up and Down」の特徴は、自由や自己認識について迷う歌詞を、答えへ向かって進む曲ではなく、同じグルーヴへ何度も戻るサイケデリック・ロックとして鳴らした点にある。ギター、オルガン、パーカッション、複数の声が境界を曖昧にしながら重なり、反復するほど演奏の熱が増していく。その構造は、相手を理解できず、自分自身についても確信を持てない語り手の状態とよく対応している。1960年代ロックの語彙を大胆に使いながら、粗い録音と過剰な反復によって1990年代の地下音楽へ作り替えた曲であり、『Take It from the Man!』期のThe Brian Jonestown Massacreを端的に示す一曲である。
参照元
- AllMusic『Take It from the Man!』作品・クレジット情報
- Apple Music『Take It from the Man』作品情報
- Dork「Straight Up and Down」トラック情報・クレジット
- Shazam「Straight up and Down」楽曲情報
- 『Take It from the Man!』ライナーノーツおよび関連資料
- 『Boardwalk Empire』楽曲使用情報

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