1. 歌詞の概要
「Kool Thing(クール・シング)」は、Sonic Youthが1990年にリリースしたアルバム『Goo』に収録された代表曲であり、バンドの中でも最もポリティカルかつフェミニズム的な視点が強く表現された楽曲のひとつである。
この曲は、表面的には女性が“クールな男”に語りかけるという構成をとっているが、実際にはそれを通して1980年代末〜90年代初頭の男性中心的なロック文化、さらには社会全体に蔓延する“マチズモ(男らしさの過剰演出)”への鋭いアイロニーを投げかけている。
リードボーカルを務めるのはキム・ゴードンで、その語り口調のボーカルと、バックで挿入されるPublic Enemyのチャック・Dによる“問いかけ”のようなセリフが絡み合うことで、音楽と対話、フェミニズムとブラックカルチャー、ロックとヒップホップの緊張関係が絶妙に表現されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Kool Thing」は、キム・ゴードンがアメリカの音楽誌『Spin』のためにPublic Enemyのチャック・Dにインタビューを行った際の経験をきっかけに書かれた楽曲である。
インタビュー中、彼女はチャックの発言の中に女性蔑視的な価値観やブラック・ナショナリズムの強調を感じ取り、そこから着想を得て、女性としてアーティストとして感じた葛藤や違和感を音楽という形で昇華したのだ。
Sonic Youthにとって『Goo』はメジャーデビュー作であり、その中でもこの「Kool Thing」は、プロモーション用のシングルとして特に注目された。
キムの挑発的でクールな佇まい、チャック・Dの客演、そしてMVでのストリート・ファッションと白黒コントラストの強い映像演出は、90年代初頭の“オルタナティヴ・カルチャー”の象徴となった。
曲のタイトルである「Kool Thing」は、魅力的でクールな“あの人”への呼びかけであると同時に、その幻想を冷静に見つめ直す目線でもある。
つまりこの曲は、“クールさ”そのものを脱構築する一種のアイロニーでもあるのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – Sonic Youth “Kool Thing”
Kool Thing sittin’ with a kitty / Now you know you’re sure lookin’ pretty
子猫と一緒に座ってるクールなあんた
確かに見た目はカッコいいわよね
Do you believe in R-E-V-O-L-U-T-I-O-N?
あんたは“革命”って信じてる?
Are you gonna liberate us girls from male, white, corporate oppression?
あんたは白人男性支配の企業社会から 女たちを解放してくれるの?
Tell it like it is
ねえ、本当のことを言ってよ
4. 歌詞の考察
この曲の特徴は、キム・ゴードンによる“語り”が、挑発と期待、皮肉と願望の間を行き来しながら展開していく点にある。
語り手は、“クールな男”に惹かれながらも、その背後にある支配構造や暴力性を見抜いており、そのジレンマを隠さずにぶつけている。
「Do you believe in revolution?(あんたは革命を信じてる?)」という問いは、単に政治的な意味ではなく、“女性が主体となって生きること”への問いでもある。
それに続く「Are you gonna liberate us girls…?」という一節は、男性中心の社会で“解放”を男性に依存するという構造自体への批判を内包しており、“解放してくれるの?”と問いかけながらも、その依存構造を突き崩す意志が見える。
また、チャック・Dによるセリフ——「Word up」「No more clichés」「Freedom!」といった断片的なフレーズ——は、ヒップホップのポリティカルな文脈を引き込みながらも、キムの語りに対する明確な答えではなく、むしろ“ずれ”や“誤解”の余白を残す演出となっている。
そこには、ジャンルや人種、ジェンダーを越えて語ることの困難と、それでも語ろうとする意志の両方が含まれている。
「Kool Thing」は、女性アーティストによる“自己の声の獲得”という意味でも極めて重要な作品であり、当時のフェミニズム第3波のムードとも強く共振していた。
それは怒りに満ちたプロテストではなく、クールな態度とアイロニーによる“静かな抵抗”なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Rebel Girl by Bikini Kill
フェミニズム・パンクの代表曲。Kool Thingが抱える“女性の主張”をさらに直線的に押し出す。 - She’s in Parties by Bauhaus
クールで耽美的な女性像を描くポストパンクの名曲。ゴードンの語りと対照的なスタイルが印象的。 - Deceptacon by Le Tigre
元ビキニ・キルのキャスリーン・ハンナによるエレクトロ・パンク。政治とポップの融合がKool Thingと共鳴する。 - Cornflake Girl by Tori Amos
裏切りやフェミニズムをテーマにしたリリカルなピアノロック。異なるジャンルで共通の問題意識を共有する。
6. クールな仮面の下にある“問い”
「Kool Thing」は、Sonic Youthというバンドの“音の実験性”と“文化批評としての鋭さ”がもっともストレートに結びついた楽曲のひとつである。
この曲は、ロックにおける男性優位のヒエラルキー、政治運動におけるジェンダーの不均衡、そして“クールであること”そのものの意味を再定義しようとする。
だがそれを、怒りや断定ではなく、語りと挑発、そして余白によって描くことで、“問いを投げ続ける歌”として成立している。
「Kool Thing」は、決して答えを与えてくれない。
だがその代わりに、聴き手の中に違和感を残し、問いを起こし、思考を促す。
それは、アートとしての音楽が持ち得る、最も強くてクールな作用だ。
この曲を聴くことは、クールな仮面をまとった問いと対峙すること。
そしてその問いは、今もなお、時代の隙間に鋭く突き刺さり続けている。
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