
発売日:2022年8月26日
ジャンル:オルタナティヴ・ロック、プログレッシヴ・ロック、エレクトロニック・ロック、ハードロック、シンセポップ
概要
Will of the Peopleは、イギリスのロック・バンド、Museが2022年に発表した9作目のスタジオ・アルバムである。1990年代末に登場したMuseは、レディオヘッド以降の英国オルタナティヴ・ロックの文脈から出発しながら、クラシック音楽的な構成、プログレッシヴ・ロックの壮大さ、ヘヴィ・ロックの攻撃性、エレクトロニック・ミュージックの未来的な質感を融合させ、2000年代以降のアリーナ・ロックを代表する存在となった。
本作は、前作Simulation Theoryで強く打ち出された1980年代シンセウェイヴ/SF映画的な音像から一歩戻り、Museの過去の要素を総覧するような作品になっている。つまり、初期の切迫したギター・ロック、中期の壮大な政治的ロック・オペラ、エレクトロニックな実験、メタル的な重量感、ピアノ・バラードまで、バンドの特徴的な手法がコンパクトに再配置されている。
アルバム・タイトルのWill of the Peopleは「民衆の意志」を意味する。Museはこれまでも、監視社会、権力、陰謀論、戦争、テクノロジー支配、反体制的な怒りを繰り返しテーマにしてきた。Absolutionでは終末感、Black Holes and Revelationsでは政治的不信と宇宙的スケール、The Resistanceでは反ユートピア的な革命思想、Dronesでは軍事支配と個人の洗脳が描かれた。本作もその延長線上にあり、社会的混乱、群衆心理、暴力的な怒り、情報環境への不信が中心にある。
ただし、本作の特徴は、ひとつのコンセプトを長大に展開するというより、Muse自身の代表的な表現を短く鋭くまとめ直している点にある。全10曲、比較的コンパクトな構成でありながら、楽曲ごとに大きく表情が変わる。アンセム的なロック、ダークなエレクトロ、メタル、クイーン的なコーラス、オペラ風の劇性、ピアノ・バラードが並び、バンドのカタログを圧縮したような印象を与える。
音楽的には、過去作の要素を意識的に再利用している部分も多い。これは単なる自己模倣ではなく、Museが築いてきた様式を、現代の混乱した政治的・社会的空気の中で再び鳴らす試みといえる。大仰さ、皮肉、怒り、メロドラマ、SF的な不安が過剰に混ざり合う点こそ、Museというバンドの本質である。本作はその過剰さを、2020年代の不穏な空気に合わせて再起動したアルバムである。
全曲レビュー
1. Will of the People
表題曲「Will of the People」は、アルバムのテーマを直接的に提示するオープニング曲である。シンプルで反復的なリズム、群衆のチャントを思わせるコーラス、行進するようなビートが特徴で、政治集会や暴動の現場を思わせるムードを持つ。
タイトルの「民衆の意志」は、一見すると民主主義的で肯定的な言葉だが、この曲ではかなり皮肉を帯びている。群衆の声は自由や解放を求めるものにも聞こえるが、同時に扇動され、単純化された怒りに支配される危険も感じさせる。Museはここで、民衆の反乱を単純に美化するのではなく、集団的な怒りがどのようにエンターテインメント化され、スローガン化されるかを描いている。
サウンドは意図的に単純で、複雑な展開よりも、反復による中毒性が重視されている。これはスタジアムで大勢が叫ぶことを想定したアンセムとして機能する一方、群衆心理の危うさを音楽的に模倣しているともいえる。アルバム冒頭として、本作が政治的言語、メディア的演出、民衆の怒りを扱う作品であることを明確にする楽曲である。
2. Compliance
「Compliance」は、支配と服従をテーマにしたシンセポップ寄りの楽曲である。タイトルは「服従」「従順」「規則への適合」を意味し、権力が個人に対して差し出す甘い誘惑を描いている。Museが長年扱ってきた管理社会への不信が、本曲では非常に明快な形で表れている。
サウンドは、硬質なシンセサイザーと滑らかなメロディが中心で、前曲の粗いロック感とは対照的である。ビートは機械的で、全体に人工的な清潔感がある。この清潔さこそが曲の怖さを生んでいる。権力は必ずしも暴力的に支配するわけではなく、安心、安全、帰属、承認を与えるふりをして、人々を従わせる。
歌詞では、「従えば守ってやる」「仲間に入れてやる」というような、支配者側の語り口が想起される。これは全体主義的な政治体制だけでなく、企業、宗教、SNS上の集団、あるいは現代の情報社会全般にも当てはまる。Museらしい陰謀論的な語彙とポップなメロディが結びつき、耳に残りやすい一方で不気味な楽曲となっている。
3. Liberation
「Liberation」は、タイトル通り「解放」をテーマにした楽曲であり、クイーンを思わせる大仰なコーラスとピアノを中心に構成されている。Museは以前から、クラシック音楽やオペラ的な劇性をロックへ持ち込むことに長けてきたが、この曲ではその要素が特に明確に出ている。
歌詞では、抑圧された人々が自由を求める姿が描かれる。前曲「Compliance」が従順を求める権力の声だとすれば、この曲はそれに対する反動としての解放の歌である。ただし、ここでもMuseは単純なプロテスト・ソングに留まらない。解放への願いは真剣でありながら、音楽はあまりにも演劇的で、革命そのものが壮大な舞台劇のようにも響く。
ピアノの響き、重なるコーラス、ドラマティックな展開は、マシュー・ベラミーの作曲家としての特徴をよく示している。彼は怒りや不安を、しばしばオペラ的な高揚へ変換する。この曲も、政治的なテーマを扱いながら、最終的にはMuseらしい過剰な美学によって支配されている。
4. Won’t Stand Down
「Won’t Stand Down」は、本作の中でも最もヘヴィな楽曲の一つであり、Museがメタル的な領域へ大きく踏み込んだナンバーである。低く刻まれるギター・リフ、強烈なドラム、攻撃的なヴォーカルが組み合わされ、アルバムに激しい緊張感を与えている。
タイトルは「引き下がらない」「屈しない」という意味であり、歌詞には虐げられた側が反撃へ転じる感覚が込められている。過去の傷、操作、支配に対して、もう従わないという強い意志が示される。Museの反体制的なテーマが、ここでは最も直接的で身体的な怒りとして表現されている。
サウンド面では、ニューメタルやモダン・メタルに近い重量感があり、従来のMuseのスペース・ロック的な浮遊感とは異なる地面に叩きつけるような感触がある。一方で、サビではメロディの開放感もあり、単なるヘヴィネスではなく、Museらしい劇的な対比が維持されている。
この曲は、本作が過去のMuseを総覧する作品であると同時に、より現代的なロックの重量感も取り込んでいることを示している。怒りを抑制せず、サウンドの質量として表現した重要曲である。
5. Ghosts (How Can I Move On)
「Ghosts (How Can I Move On)」は、アルバムの中で最も静かで感傷的なピアノ・バラードである。ここまで社会的怒りや権力への反抗が中心だった流れから一転し、個人的な喪失と向き合う楽曲となっている。
タイトルの「Ghosts」は、去ってしまった人々、記憶の中に残り続ける存在を意味する。「How Can I Move On」という副題が示すように、中心にあるのは、過去を抱えたままどう前に進むのかという問いである。Museの作品では大きな政治的テーマが目立ちやすいが、マシュー・ベラミーの楽曲には、こうした個人的で脆い感情も繰り返し現れる。
サウンドは非常にシンプルで、ピアノとヴォーカルが中心に置かれる。過剰なアレンジを避けることで、歌詞の喪失感が直接伝わる。派手なロック・オペラ的展開ではなく、静かな問いとして感情が表現されている点が印象的である。
本作全体の中では、社会的な混乱と個人的な悲しみをつなぐ役割を持つ。革命や支配への抵抗だけではなく、人間はそれぞれの喪失を抱えている。その視点が加わることで、アルバムの感情的な幅が広がっている。
6. You Make Me Feel Like It’s Halloween
「You Make Me Feel Like It’s Halloween」は、ホラー映画的な遊び心とダークなシンセ・ロックが融合した楽曲である。タイトル通り、ハロウィン的な不気味さ、仮装、恐怖、ユーモアが混ざり合っている。Museの演劇的な側面が、ここでは怪奇趣味として表れている。
サウンドには、オルガン風のシンセや跳ねるようなリズムが使われ、ゴシック・ホラー的な雰囲気が作られている。深刻な社会批評とは異なり、この曲では恐怖がポップな娯楽として扱われている。ただし、歌詞の背後には、支配的な関係や心理的な圧迫も読み取れる。
相手の存在によって、自分が常に恐怖や疑念の中に置かれる感覚が描かれており、これは恋愛関係の不安としても、監視されている感覚としても解釈できる。Museはしばしば、個人的な関係と政治的な支配を重ね合わせるが、この曲でもその二重性がある。
音楽的には、アルバムの中で軽妙な位置を占めるが、単なるコミカルな曲ではない。不気味さをエンターテインメント化することで、恐怖が日常化した現代社会の空気を戯画的に描いている。
7. Kill or Be Killed
「Kill or Be Killed」は、本作の中でも特に攻撃的で、メタル色の強い楽曲である。タイトルは「殺すか殺されるか」を意味し、競争、暴力、サバイバルの論理を極端な形で示している。Museが長年描いてきたディストピア的世界観が、ここでは生存競争の言葉として表現されている。
サウンドは非常にヘヴィで、リフの重さ、ドラムの迫力、ヴォーカルの緊張感が目立つ。プログレッシヴ・メタルにも近い複雑さと、アリーナ・ロックとしての大きなフックが共存している。楽曲の展開も劇的で、静と動の切り替えが明確である。
歌詞では、社会が個人に対して過酷な選択を迫る状況が描かれる。生き残るためには他者を蹴落とさなければならないという論理は、戦争、資本主義的競争、政治的分断、オンライン上の攻撃性など、多くの現代的テーマに接続できる。
この曲は、Museのヘヴィな側面を代表する楽曲であり、本作の中でも特にライブ映えする構造を持つ。怒りと絶望が、メタル的な音圧によって最大化されている。
8. Verona
「Verona」は、本作の中でも特にロマンティックで、シンセポップ/ドリームポップ的な広がりを持つ楽曲である。タイトルはシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の舞台として知られるイタリアの都市ヴェローナを想起させ、禁じられた愛や悲劇的なロマンスのイメージを含んでいる。
サウンドは柔らかく、シンセサイザーの層が広がり、マシュー・ベラミーのヴォーカルも繊細に響く。前後のヘヴィな楽曲と比べると、空気が大きく変わり、夢の中に入るような感覚がある。
歌詞では、外部世界が危機に満ちている中で、それでも愛を求める姿が描かれる。社会的な混乱、分断、恐怖が背景にあるからこそ、愛は逃避であると同時に抵抗にもなる。Museのロマンティシズムはしばしば終末感と結びつくが、この曲でも、美しい愛のイメージの背後に破滅の気配がある。
「Verona」は、本作の中で最も叙情的な瞬間の一つであり、アルバムに感情的な奥行きを与えている。過剰な政治的怒りだけではなく、崩れゆく世界の中でなお美しいものを求めるMuseの側面が表れている。
9. Euphoria
「Euphoria」は、アルバム終盤に配置されたスピード感のある楽曲であり、タイトル通り高揚感や陶酔をテーマにしている。ただし、ここでの陶酔は単純に幸福なものではなく、不安や閉塞を一時的に忘れるための人工的な高揚にも聞こえる。
サウンドは疾走感があり、シンセとギターが一体となって前進する。Museらしい宇宙的な浮遊感とロックの推進力が結びつき、初期から中期のバンドを思わせるエネルギーがある。メロディも非常にキャッチーで、アルバム後半に明るい速度を与える。
歌詞では、暗い現実から逃れるために高揚を求める感覚が描かれる。現代社会では、人々は不安や怒りから一時的に解放されるため、娯楽、薬物、テクノロジー、集団的興奮に身を委ねることがある。この曲の「Euphoria」は、そうした危うい快楽としても解釈できる。
曲調は明るいが、背景にあるテーマは決して軽くない。Museはここでも、ポップな高揚感とディストピア的な不安を同時に鳴らしている。
10. We Are Fucking Fucked
アルバムを締めくくる「We Are Fucking Fucked」は、タイトルからして非常に直接的で、破滅的なユーモアを持つ楽曲である。これまでのMuseの終末論的なテーマを、最も露骨で皮肉な言葉に凝縮したような曲である。
サウンドはパンキッシュで、勢いがあり、アルバムの最後に混沌としたエネルギーを爆発させる。深刻なバラードや壮大なフィナーレではなく、半ば笑いながら世界の破滅を認めるような終わり方が特徴である。
歌詞では、気候危機、戦争、社会崩壊、集団的な愚かさなど、現代世界の危機が荒々しく並べられる。Museはこれまでにも終末的な世界観を描いてきたが、この曲ではそれがほとんどブラック・コメディの領域に達している。救済や革命の希望よりも、「もうどうしようもない」という諦念と怒りが混ざり合っている。
ラスト曲として、この曲はアルバム全体の政治的・社会的テーマを皮肉に締めくくる。民衆の意志、服従、解放、反抗、恐怖、陶酔を経た後に残るのは、世界全体が危機にあるという身も蓋もない結論である。その過剰なまでの悲観を、あえて派手で騒がしいロックとして鳴らす点に、Museらしい演劇性がある。
総評
Will of the Peopleは、Museのキャリアを総括するような性格を持つアルバムである。過去作のように一つの大きなコンセプトを長く掘り下げるというより、Museがこれまで培ってきた要素を短く濃縮し、2020年代の混乱した社会状況に合わせて再配置している。政治的な怒り、ディストピア的な世界観、クラシック的な劇性、エレクトロニックな人工性、メタル的な重さ、ロマンティックなバラードが、コンパクトなアルバムの中に詰め込まれている。
本作の中心にあるのは、支配と反抗の循環である。「Will of the People」では民衆の声が描かれ、「Compliance」では従順を求める権力の声が現れ、「Liberation」や「Won’t Stand Down」では反抗と解放が歌われる。しかし、その先に単純な希望はない。「Kill or Be Killed」では暴力的な生存競争が描かれ、「We Are Fucking Fucked」では世界の破滅的状況が皮肉に提示される。つまり本作は、革命のアルバムであると同時に、革命そのものへの不信のアルバムでもある。
音楽的には、Museの過剰さが非常に分かりやすく表れている。クイーン的なコーラス、ラフマニノフやリストを思わせるクラシック的ドラマ、デペッシュ・モード以降のシンセポップ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン的な反体制的リフ、モダン・メタルの重さ、アリーナ・ロックの大きなサビが混在する。通常であれば過剰すぎる要素だが、それをひとつのバンドの人格として成立させてしまう点がMuseの特徴である。
一方で、本作には自己参照的な側面も強い。過去のMuseの作品を知っているリスナーであれば、多くの曲に既視感を覚える可能性がある。The Resistanceの反ユートピア性、Dronesの政治的コンセプト、Simulation Theoryのシンセ志向、Absolutionの終末感、Black Holes and Revelationsの宇宙的スケールが、形を変えて再登場している。その意味で本作は、完全に新しいMuseを提示する作品ではなく、Museという様式を再確認する作品である。
歌詞面では、現代社会の不安が非常に直接的に反映されている。分断、陰謀論、群衆心理、権力への不信、気候危機、戦争への恐怖、個人的な喪失が、時に真剣に、時に戯画的に描かれる。Museの歌詞はしばしば大げさで、単純化されているように見えるが、その大げささは現代の情報環境そのものを映している。スローガン化された怒り、過剰な危機感、劇場化する政治。そうしたものを、Museはあえて大仰なロックとして表現している。
日本のリスナーにとってWill of the Peopleは、Museの全体像を短時間で把握しやすい作品である。初期の緊張感や中期の壮大さに比べると、アルバムとしての革新性は控えめだが、Museがどのようなテーマを扱い、どのようなサウンドを得意としてきたのかが非常に分かりやすい。政治的なロック、SF的な不安、派手なアリーナ・サウンド、そして極端なドラマ性を好むリスナーには適した一枚である。
Will of the Peopleは、混乱した時代におけるMuse流のロック・ショーである。怒り、服従、解放、恐怖、陶酔、絶望を、すべて大きな音と劇的なメロディに変換する。その過剰さは時に滑稽でもあるが、同時に、現代の危機そのものがすでに滑稽なほど過剰であることを示している。Museは本作で、世界の終わりを告げる警報を、スタジアム級のアンセムとして鳴らしている。
おすすめアルバム
- Absolution by Muse
終末感、宗教的イメージ、個人的不安が結びついた初期の代表作。Will of the Peopleの破滅的なムードを理解するうえで重要。
– Black Holes and Revelations by Muse
政治的不信、宇宙的スケール、ダンス・ロック的要素が融合した作品。Museの大衆性と実験性が高いバランスで表れている。
– The Resistance by Muse
反ユートピア的な物語性とクラシック的な構成が強いアルバム。本作の政治的・革命的テーマと深くつながる。
– Drones by Muse
軍事支配、洗脳、個人の喪失をテーマにしたコンセプト・アルバム。Will of the Peopleの権力批判をより直線的に展開した作品として聴ける。
– A Night at the Opera by Queen
壮大なコーラス、演劇性、ロックとオペラの融合という点でMuseの重要な先行文脈。特に「Liberation」のような楽曲を理解するうえで関連性が高い。

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