発売日: 1995年9月26日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、ノイズロック、エクスペリメンタル
音は渦を巻き、日常は抽象に変わる——“洗濯機”という名の永遠のジャムセッション
Sonic Youthの9作目にあたるWashing Machineは、彼らが“ノイズ”と“ポップ”のあいだで揺れ続けてきた道のりの、
もっとも“長く、静かで、崇高な中庸”に辿り着いた一枚である。
前作Experimental Jet Set, Trash and No Starでのローファイな親密性を引き継ぎつつ、
ここではギターによるリフレイン、ミニマリズム、ジャム的構造が全体に広がり、
時に10分、20分におよぶ楽曲の中で、音が風景になり、風景が記憶になるという感覚をリスナーにもたらす。
タイトルの“Washing Machine(洗濯機)”は、反復、渦巻き、日常の中の無限ループを象徴しており、
その回転の中に、彼らはノイズとポップ、詩と現実、夢と日常を放り込んでいる。
全曲レビュー:
1. Becuz
シンプルなコード進行と、緩やかに揺れるギター。
オープニングとして、アルバムの“無方向性”と“浮遊感”を提示する。
日常的な言葉が、音の繭に包まれて反響する。
2. Junkie’s Promise
ダークで硬質なサウンドが一転、都市の焦燥や薬物依存の影を描き出す。
Thurstonの語りはあくまで冷静だが、その裏にある切実さが滲む。
3. Saucer-Like
Kim Gordonの不安定で挑発的なヴォーカルが印象的な一曲。
UFOのように現れては消える不穏なギターリフが、空中浮遊するような印象を与える。
4. Washing Machine
タイトル曲にして9分を超えるドローン・ジャム。
KimとThurstonのツイン・ヴォーカル、そしてギターの交差が、
洗濯機の中で回されるような快感と眩暈をもたらす。
日常のオブジェが、ここでは神秘的装置に変わる。
5. Unwind
“ほどける”という名のとおり、リズムとメロディが次第に緩み、身体が音と溶けていくような心地。
サーフ・ロックにも似た揺らぎが、感情を遠ざけていく。
6. Little Trouble Girl
Kim GordonとゲストのKim Deal(The Breeders)が織りなす甘くも不穏な二重唱。
まるで1960年代のガールズ・グループをノイズのベッドに乗せたような構造。
軽やかさの奥に、傷ついた少女たちの声が聞こえる。
7. No Queen Blues
攻撃的なギターと脱構築されたブルース進行が特徴。
“女王”のいない王国、つまり秩序と権威の不在の中で鳴る破壊的サウンド。
8. Panty Lies
Kimのアブストラクトな語りと繰り返しが、欲望とファッション、ジェンダーの構造をさりげなく崩す。
タイトルは挑発的だが、内容は極めて詩的。
9. Skip Tracer
Lee Ranaldoによる語りと旋律が印象的な、叙情的ロックトラック。
都市と記憶、逃走と回想——リーの作品はいつも“旅”の匂いがする。
10. The Diamond Sea
19分を超える大作にして、Sonic Youthの“永遠”を象徴する1曲。
最初の数分は美しく静謐なギターポップだが、後半はノイズとドローンの海へと沈んでいく。
この曲を聴くことは、夢の中で波に漂うことそのものである。
総評:
Washing Machineは、Sonic Youthというバンドが、音楽の中で“構造を捨てて漂う自由”を手に入れた作品である。
ノイズも歌もリズムも、ここではすべてが“何かを語る”ための道具ではない。
むしろ、語られないこと、削ぎ落とされた感情、曖昧な現実の中にこそ真実があるという信念が通底している。
日常の繰り返しの中に、美や混乱や痛みが混ざり込むこと。
そのすべてを、洗濯機の回転になぞらえながら、彼らは音にしてみせた。
聴くたびに、あなたの時間感覚と現実認識が、少しだけ“歪む”。
おすすめアルバム:
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Yo La Tengo / I Can Hear the Heart Beating as One
長尺ジャムとノスタルジアが共存するインディー・ロックの傑作。 -
My Bloody Valentine / Loveless
ノイズと夢の境界が消える、音の海に沈むようなシューゲイザー名盤。 -
Slint / Spiderland
静けさとノイズのあいだに言葉を漂わせるポストロックの源流。 -
Talk Talk / Laughing Stock
構造を捨て、ただ“在る”音として鳴らされる静謐な実験作。 -
Sonic Youth / Daydream Nation
本作の“夢見る持続性”の原点とも言える、1980年代オルタナの金字塔。
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