1. 歌詞の概要
『VCR』は、The xxが2009年にリリースしたデビューアルバム『xx』に収録された楽曲のひとつであり、彼らの作品群の中でもとりわけノスタルジーと親密さが色濃く漂う楽曲である。タイトルにある「VCR」はビデオカセットレコーダーの略で、かつて日常の中にあった古いテクノロジーを象徴しており、それが示すのは、過ぎ去った時間と、ありふれたけれどかけがえのない思い出への静かな賛歌である。
この曲では、恋人同士がテレビの前に並んで座り、一緒にビデオを見るという極めてささやかな行為が描かれている。それは派手なドラマではないが、日常の中で共有される一瞬の幸福を凝縮したような光景であり、その穏やかで繊細な情景こそが、この曲の本質である。The xxは、何気ない時間にこそ真実の愛が宿るというメッセージを、控えめながらも真摯に伝えている。
2. 歌詞のバックグラウンド
『VCR』が収録されたデビューアルバム『xx』は、リリース当時メンバー全員がまだ若く、ロンドンの音楽学校で出会った彼らが内省的な感性を持ち寄って制作した作品である。録音も自宅の小さなスタジオで行われ、限られた機材や環境の中で完成したその音楽は、逆に他のバンドにはない静けさと密度を生み出した。
本曲は、オリヴァー・シムとロミー・マドリー=クロフトの二人による穏やかなデュエットが印象的で、それぞれが恋人同士のように対話するように歌う構成が特徴となっている。Jamie xxの控えめなドラム・パターンとスペースのあるギター・リフが、楽曲に無音の余白を与え、その静寂の中に感情が浮かび上がるような仕上がりになっている。
『VCR』の大きな魅力のひとつは、現代的でありながらどこかレトロな感覚を同時に持っている点にある。タイトルにある「VCR」という単語自体が、もはや過去の遺物となってしまったテクノロジーであり、それをモチーフにすることで、感情や思い出がどれだけデジタルの時代を生き延びているかを示唆している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に『VCR』の象徴的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。
You used to have all the answers
君はいつも答えを持っていたAnd you, you still do
そして今でも、そうなんだ
冒頭からすでに、かつての親密さと現在の関係性が重なり合って語られる。変わらぬ愛情と、時間を経た安心感が静かに表現されている。
We, we watch things on VCRs
僕たちは、VCRでいろんなものを見たよねWith me and talk about big love
僕と一緒に、「大きな愛」について語ったね
「VCR」という具体的でノスタルジックなモチーフを通じて、特別ではないけれど深く心に残る過去の共有体験が浮かび上がる。
I think we’re superstars
僕たちはまるでスーパースターみたいだったYou say you think we are the best thing
君は僕らが最高だって言ってくれた
他愛のない会話の断片を通して、二人の関係にあった無垢な幸福と肯定感が伝わってくる。まるで世界が二人のためにあるかのように感じられた、あの頃の情景が思い起こされる。
引用元:Genius – The xx “VCR” Lyrics
4. 歌詞の考察
『VCR』の歌詞は、The xxならではのミニマルな語り口の中に、感情のディテールを濃密に凝縮している。恋愛の大きな出来事ではなく、小さな習慣や日常の中で交わされる言葉にこそ、ふたりの関係の深さが宿っているという視点は、現代の多くのラブソングとは一線を画す。
「VCR」というモチーフは、記録された映像を見るという行為に重ねて、過去の記憶を再生し、そこに立ち戻ろうとする願望を象徴している。同時に、それはもう過去のものになってしまったという切なさも帯びており、幸福な記憶と、それが戻らないことへの気づきが、曲全体に静かに流れている。
この曲の核心は、「一緒に過ごした日常こそが、最も大切なものだった」という静かな真理にある。そしてそれは、リスナー自身の記憶や感情と自然に重なり合い、まるで自分の物語のように響いてくる。The xxの音楽が「個人的」でありながら「普遍的」である理由は、こうした感情の翻訳能力にあるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Holocene by Bon Iver
ミニマルで繊細なサウンドと、自省的な歌詞が特徴。『VCR』と同じく、過ぎ去った時間とそれに対する感情を美しく描いている。 - First Day of My Life by Bright Eyes
親密で素朴なラブソング。日常の中の幸せをテーマにしており、『VCR』と同じトーンを感じられる。 - Sea of Love by Cat Power
淡々としたメロディと控えめな感情表現が特徴。愛と孤独が同居する感覚が、『VCR』に近いものを持っている。 - To Build a Home by The Cinematic Orchestra
ピアノとボーカルによるシンプルな構成の中に、深い感情の揺れを含んだ名曲。家庭、記憶、静けさの重要性を歌っている点で共通性がある。
6. 静けさの中にあるノスタルジーの力
『VCR』はThe xxの美学を最も純粋に体現した楽曲のひとつとして、多くのファンに愛されている。その理由は、派手な表現や強い感情の起伏がなくとも、日常の静かな風景にこそ最大の感情が宿るという真実を、音と詩で証明しているからである。
この楽曲の力は、聴くたびにリスナー自身の記憶を呼び起こし、無意識に自らの「VCR」の再生ボタンを押してしまうところにある。個人的な回想でありながら、誰にでも共通する「大切だった時間」へのまなざしが、この曲を時代を超えて愛される理由である。
歌詞引用元:Genius – The xx “VCR” Lyrics
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