アルバムレビュー:Razorblade Suitcase by Bush

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発売日: 1996年11月19日
ジャンル: グランジ、オルタナティヴ・ロック、ポストグランジ


鋭利な内面、音の深層へ——アメリカナイズされたグランジの“逆輸入”、その深化と痛み

Razorblade Suitcase』は、イギリス出身のオルタナティヴ・ロックバンドBushが1996年にリリースした2枚目のスタジオ・アルバムであり、
前作『Sixteen Stone』の成功を経て放たれた“音楽的進化と内省の深化”を刻んだダークなグランジ作品である。

このアルバムは、Nirvanaの『In Utero』を手がけたスティーヴ・アルビニをプロデューサーに迎えたことで注目された。
その結果、ノイズ、ディストーション、空間の余白、そしてリズムの生々しさが強調された録音が実現されており、
Bushという“イギリス産グランジ”が、より“本場的な退廃性”に接近した作品となった。

タイトル「Razorblade Suitcase」は、“刃物の入ったスーツケース”という比喩的イメージで、痛みやトラウマを持ち運ぶ心のメタファーとも解釈でき、
歌詞もまた、より抽象的かつ感情に深く踏み込むものとなっている。


全曲レビュー

1. Personal Holloway

ソリッドなギターとタイトなドラムが織りなす、静かな怒りのイントロダクション
感情の“空洞”を覗き込むような不穏さが全編に漂う。

2. Greedy Fly

グルーヴとノイズが交錯する中で、欲望と自己嫌悪を主題にした陰鬱な代表曲
不協和な美しさが、Bushのダークサイドを象徴する。

3. Swallowed

本作最大のヒット曲にして、中毒性の高いサビとダウナーなムードのコントラストが鮮烈な一曲。
“飲み込まれる”というメタファーが、自己崩壊と快楽の危うさを表している。

4. Insect Kin

ノイジーなギターと不規則なリズムが、内的混乱と身体性のねじれを露わにする。
生理的な不快感すらあるほどのリアルな質感。

5. Cold Contagious

アルビニらしい空間的ドラムサウンドが印象的な、破滅と冷却のバラード
スロウな展開が、じわじわと心の奥に染み込んでくる。

6. A Tendency to Start Fires

攻撃的で疾走感あるナンバー。
社会的ストレスや個人の衝動を“火種”として比喩化した、心理的な爆発の歌。

7. Mouth

後に映画『An American Werewolf in Paris』でリミックスがヒットした楽曲。
原曲はより内省的で、囁きと怒声の間を揺れるような演出が不気味に美しい

8. Straight No Chaser

ジャズ用語をタイトルに据えつつ、内容は激情と幻滅の断片を集めたグランジ的アートロック
ラウドと静寂の落差がスリリング。

9. History

繊細なギターイントロと囁くようなボーカル。
記憶と罪悪感のアーカイブのような構成で、過去に縛られた男の独白のように響く。

10. Synapse

神経のシナプスを意味するタイトルの通り、反応と感情の交錯を音で描写
硬質な音像の中に浮かぶ詩情が切ない。

11. Communicator

タイトルとは裏腹に、断絶や誤解をテーマにした静かな叙情曲
ヴォーカルの距離感が、よりいっそう孤独を際立たせる。

12. Bonedriven

サイケデリックな浮遊感と深いディレイが印象的。
“骨に突き動かされる”という原初的衝動と死生観が滲む。

13. Distant Voices

アルバムを締めくくる不穏で夢のような終曲。
遠ざかる声=記憶や存在の喪失を象徴し、静かな終末感をもたらす。


総評

Razorblade Suitcase』は、グランジというスタイルの中で、Bushが“音楽的な本質”に肉迫しようとした作品である。
それはよりノイジーで、より感情的で、より解釈困難な領域へと踏み込んだアルバムであり、
ポストグランジの商業性とオルタナティヴの誠実さのあいだを揺れ動く、危うくも誠実な記録だ。

ギャヴィン・ロスデイルの歌詞は、ここでより抽象的かつ詩的になり、
リスナーに“読み取らせる”ことを要求する作家性の深まりも感じさせる。

商業的には前作ほどのインパクトはなかったが、
“これは芸術的挑戦だった”と理解するならば、Bushの真価がよりくっきりと見える一枚である。


おすすめアルバム

  • NirvanaIn Utero
    プロデューサー共通。音響美と破壊衝動が共存する原典。
  • SoundgardenDown on the Upside
    重厚で芸術的な方向性を志向した、グランジ後期の傑作。
  • Helmet – Betty
    リフの重厚さと抽象的リリックの融合。Bushのダークサイドに通じる。
  • A Perfect CircleMer de Noms
    叙情性と神秘性を持ったヘヴィ・オルタナの代表作。
  • Failure – Fantastic Planet
    宇宙的スケールと内省が交錯する、グランジ以降のサイケ・オルタナ名盤。

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