アルバムレビュー:Pod by The Breeders

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発売日: 1990年5月28日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、インディーロック、ポストパンク、アートロック


闇と欲望のフォークロア——“サイドプロジェクト”が切り開いた90年代インディの地下回路

1990年、PixiesのベーシストKim Dealが、Throwing MusesのTanya Donellyとともに立ち上げたプロジェクトThe Breedersが、デビュー作『Pod』をリリースした。
Pixiesが活動休止に向かう中で、Kim Dealはこの作品によってより内的でフェティッシュな音世界を追求する自由を得た。
結果として生まれたのは、官能と不条理が混ざり合う奇妙な夢のようなロックアルバムである。

プロデュースを手がけたのは、あのSteve Albini
彼の無機質でドライな録音スタイルが、Dealの低体温なボーカルと見事に交錯し、
このアルバムをして「熱を持たないフェティッシュ」とでも言うべき独自のサウンドに仕上げている。

Pod』はその後のLo-fiやグランジ、Riot Grrrlの精神的源流ともなる作品であり、1990年代初頭のインディ・ロックの転換点を示す記録でもある。


全曲レビュー

1. Glorious

アルバムの幕開けにして、静かにねじれた美学がすでに提示される。
Kim Dealのヴォーカルは感情を抑えたまま、それでいて内側から燃え上がるような熱を秘めている。

2. Doe

緊張感のあるベースと細いギターが、皮膚の下で蠢くようなリズムを作る。
“Doe”という無垢な名前と、楽曲の不穏な雰囲気のギャップが印象的。

3. Happiness Is a Warm Gun

ビートルズの名曲をダークにカバー。
ここではオリジナルのアイロニーがさらに抽象化され、性、暴力、宗教性が分解された断片のように漂う

4. Oh!

不規則な展開と変拍子に近い構成が不安定さを生み出す。
「Oh!」としか言いようのない感情が、サウンドの間隙に凝縮されている。

5. Hellbound

タイトルの通り、地獄へ引きずり込まれるような歪み。
ギターが短く刺さり、声はどこか諦めたような響きを持つ。

6. When I Was a Painter

過去の自己と向き合うような、内省的かつぼんやりとした時間が流れる。
絵を描いていた頃の夢想が、モノクロの風景として浮かび上がる。

7. Fortunately Gone

アルバムの中で唯一、Tanya Donellyがリードヴォーカルを取る明るめのナンバー。
それでもその明るさには、“過去の破片”のような切なさが漂う。

8. Iris

不穏でありながらどこか祈りにも似た静けさをたたえる。
断片的な歌詞と持続音の中に、名前を呼ぶことの痛みがにじむ。

9. Opened

金属的で冷たいリフが印象的。
“開かれた”という言葉の中に、暴力性とエロスが同居する不穏な空気。

10. Only in 3s

ポップでキャッチーな展開ながら、なぜか冷たさが抜けない。
数字とリズムの遊びが、何かから感情を切り離す装置として機能する。

11. Lime House

スローで不安定、どこか廃墟の中で響く歌のような錯覚
時間が伸び縮みしていくような構成。

12. Metal Man

アルバムのラストは、語りに近いモノローグで幕を閉じる。
“金属の男”というイメージが、テクノロジーと肉体性の間にある不気味な空間を示唆している。


総評

Pod』は、90年代インディ・ロックの中でも異様な静けさと歪みを持った、フェミニンでフェティッシュな異物である。
Steve Albiniの冷徹な録音が、Kim DealとTanya Donellyの内面のささやきや断片的感情を引き出し、
その結果として、“崩壊寸前の美しさ”が音として固定された希少な記録となっている。

この作品はPixiesの延長線上ではなく、むしろPixiesの制約から解放されたKim Dealの“告白”とも言えるだろう。
その語りは常に抽象的で、感情の核心に触れる手前でふと視線を逸らす。
だがその“逸れ”こそが、90年代以降の女性オルタナティヴの言語となっていった。


おすすめアルバム

  • Throwing Muses – House Tornado
    Tanya Donellyの本流バンドによる、不条理な言語と切迫した音像の結晶。
  • PJ HarveyDry
    女性の欲望と怒り、無力感を鋭く突きつけるロウなロック。
  • Slint – Spiderland
    静けさと語りによるポストロックの源流。『Pod』の緊張感と共振。
  • Cat Power – What Would the Community Think
    内省と不安、女性の孤独を丁寧に描いたLo-fi名盤。
  • Sleater-KinneyDig Me Out
    『Pod』以降のフェミニスト・パンクの回答。声が武器となる瞬間。

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