発売日: 1978年10月11日
ジャンル: ピアノロック、ジャズロック、ブルーアイド・ソウル、ポップロック
ピアノとトランペットのあいだで——大人になったビリー・ジョエルの“ニューヨークの肖像”
1978年に発表されたBilly Joelの6作目のアルバム『52nd Street』は、前作『The Stranger』の成功に続き、よりジャズ色と都会的洗練を増した、“成熟したシンガーソングライター像”を示した重要作である。
アルバム名の“52nd Street”は、ニューヨーク・マンハッタンのジャズクラブが並ぶ通りであり、ビリー自身が育ったNYの夜の匂いと音楽的伝統を反映したタイトルだ。
前作と同様、プロデューサーにはPhil Ramoneを起用。
だが本作ではより洗練されたアンサンブルと、ジャズ、ファンク、ソウル、ラテンといったエッセンスを大胆に取り入れたサウンドアプローチが特徴で、当時のAOR(アルバム・オリエンテッド・ロック)潮流とも合致した内容となっている。
その結果、本作は1979年の第1回グラミー賞「最優秀アルバム賞」に輝くという快挙を成し遂げた。
全曲レビュー
1. Big Shot
ロックンロール・ピアノと毒舌的な歌詞が炸裂する、都会の“成金スノッブ”批判。
「お前はすっかり有名人気取りだな」と突き放すようなリリックが、怒りと哀しみを同時に帯びて響く。
ジョエルの荒々しいボーカルが映える一曲。
2. Honesty
シンプルなピアノバラードで、虚飾に満ちた世界の中で“誠実さ”の価値を静かに問う。
ストリングスを加えた控えめな編曲と、ビリーのまっすぐな歌唱が心に沁みる。
彼のバラードの中でも特に人気が高く、日本でも大ヒットした。
3. My Life
ポップで明快なリズムが光る、“自己決定の賛歌”。
「放っておいてくれ。俺は俺の人生を生きる」というテーマは、独立と自立を志す若者たちの共感を呼んだ。
キャッチーなフックと転調が爽快。
4. Zanzibar
本作を象徴するジャズ色濃厚なトラック。
バー“ザンジバル”を舞台に、スポーツ、酒、愛といった男の夢と幻想が交錯する。
トランペット・ソロ(由Dave Grusin)が圧巻で、ジョエルのピアノも躍動する。
5. Stiletto
“ハイヒールの刃”を意味するタイトル通り、魅力的だが危険な女性像を描いたナンバー。
ファンクとジャズを感じさせるリズムに乗せて、恋のスリルと緊張感が表現されている。
6. Rosalinda’s Eyes
ジョエルの母親の名前“ロザリンダ”を冠した、ラテンの香り漂う温かい楽曲。
異国的なパーカッションとフルートが彩るサウンドが、母への敬意とノスタルジーを優しく包み込む。
7. Half a Mile Away
ソウルフルなコーラスと軽快なホーンセクションが印象的な、希望に満ちたミッドテンポ・チューン。
都会の喧騒から少し離れた場所にある“何か”を求めて歩く感覚を描く。
8. Until the Night
フィル・スペクター風の“ウォール・オブ・サウンド”にインスパイアされた、壮大なロマンスバラード。
Righteous Brothers的な情熱と切なさが同居し、ジョエルの歌唱も感情的な振り幅が広い。
9. 52nd Street
タイトル曲にして、軽快でジャジーなインストゥルメンタル風ボーカル曲。
ニューヨークの夜、灯り、酒、そして音楽をすべて包み込むような締めくくり。
サックスとピアノの絡みが心地よい。
総評
52nd Streetは、Billy Joelが単なる“ピアノの詩人”ではなく、音楽的ジャンルの垣根を超えた洗練されたアーティストであることを証明したアルバムである。
“都会的”という言葉がこれほど似合うロックアルバムは稀であり、ニューヨークの夜を音で描いた音楽的ポートレートとしても高く評価される。
フォークから始まり、ジャズ、ソウル、ラテン、ポップへと自由に行き来しながらも、どの楽曲にも人間味のある語りとメロディの温もりが宿っている。
そして、歌われるのはいつも「誰か」の人生。
その“誰か”とは、遠くの知らない人ではなく、聴いている“あなた”自身なのだ。
おすすめアルバム
- Steely Dan – Gaucho
都会的洗練とジャズ要素の融合が際立つ名盤。『Zanzibar』や『52nd Street』好きに。 - Paul Simon – One-Trick Pony
人生と音楽の交差点を穏やかに描く、大人のポップソング集。 - Donald Fagen – The Nightfly
ニューヨークと夜とラジオのノスタルジア。ジャズポップの金字塔。 - Boz Scaggs – Silk Degrees
ブルーアイド・ソウルとAORの融合。都会の夜に似合う洒脱なグルーヴ。 - Michael Franks – The Art of Tea
ジャズとポップを知的にブレンド。Billy Joelのリリカルな側面と好相性。
コメント