1. 歌詞の概要
「Movies」は、アメリカのシンガーソングライター Weyes Blood(ワイズ・ブラッド)ことNatalie Meringが2019年にリリースしたアルバム『Titanic Rising』に収録された楽曲であり、映画というメタファーを通して、愛、夢、現実、そして自己幻想の崩壊を描く内省的で壮麗な一曲である。
この曲では、語り手は子供の頃に抱いていた「映画のような人生」への憧れを回想しながら、それが現実世界では必ずしも叶わないことに気づいていく。そしてその失望や空虚を抱きながらも、映画(=理想)に対する愛と、それがもたらす希望の光を手放せない自分自身の姿を繊細に描いている。
静かに始まる曲調は、徐々にシンセの波と壮大なストリングスに包まれ、まるで映画のクライマックスシーンのような劇的な展開へと到達する。音と詞の両面で、「人生は映画のようにはいかないが、それでも人は映画を夢見てしまう」という人間の本質的な願望と哀しみが凝縮されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Movies」は、Weyes Bloodが2019年にSub Popからリリースしたアルバム『Titanic Rising』の中でも、特に高い評価を受けた楽曲である。このアルバムは、気候変動、技術への不信、人間関係の不安といった21世紀的テーマを背景にしながら、1970年代のソフトロックやバロックポップの手法を現代的に再構築した意欲作である。
Natalie Meringはこの曲について、「私たちは、子供のころから“映画のような人生”を期待するように育てられてきた。でも実際の人生はそうじゃない」と語っており、「Movies」はその幻想と現実のギャップを見つめる歌として書かれた。
また、この曲はビジュアル的にも強い印象を残しており、ミュージックビデオでは水中や赤い照明の中で浮遊するようなWeyes Bloodの姿が映し出され、“夢の中で目覚める感覚”と“現実に飲み込まれる恐れ”のあいだを視覚的に表現している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Movies」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を併記する。
This is how it feels to be in love
これが、恋をしているときの感覚This is life from above
これが、上から見た人生There’s no books anymore
もう本なんて誰も読まないI’m bound to that summer
私は、あの夏に縛られているI wanna be the one, I wanna be the one
私は“あの人”になりたい、“あの主役”になりたいI want to be the star of my own movie
自分の映画の主人公になりたい
出典:Genius – Weyes Blood “Movies”
4. 歌詞の考察
「Movies」の歌詞は、現実と理想、受動と能動、夢と覚醒の二項対立を縦糸に、そこに絡みつく個人の感情の揺らぎを横糸にして編まれている。
「I want to be the star of my own movie(自分の映画の主役になりたい)」というフレーズは、単なる夢見る少女の願望ではない。これは、自己の人生において自分自身が能動的に生きたいという強い欲求の表れであり、同時にそれがどれほど困難であるかを知っている語り手の、ほろ苦い願いでもある。
「There’s no books anymore(もう本なんて誰も読まない)」という行は、現代社会における想像力の喪失や文化的空洞化への批評とも取れるし、「私はもう“ストーリー”に期待していない」という語り手自身の心情の反映としても解釈できる。
そして、「This is how it feels to be in love(これが愛というもの)」と続く冒頭の一節からは、理想とされるロマンスさえも、どこかフィルター越しのように空虚に響く。Weyes Bloodはここで、“映画のような愛”への渇望と、“現実にはそのような愛は存在しないかもしれない”という絶望のあいだで揺れる複雑な感情を、叙情的かつ静謐な言葉で描き出している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Only You Know by Dionne Warwick
愛と夢の落差をやさしく包み込む、クラシックなバラード。 - Motion Sickness by Phoebe Bridgers
理想と現実、恋愛と自己の分裂を冷静に綴った現代的な失恋ソング。 - Fourth of July by Sufjan Stevens
死と記憶、喪失と愛情が淡々と語られる、内面世界の深淵に触れる名曲。 - Hope Is a Dangerous Thing for a Woman Like Me to Have – But I Have It by Lana Del Rey
女性性、夢、崩れそうな現実を静かに語りながらも、光を手放さない歌。 -
Cosmic Dancer by T. Rex
人生を“踊り”になぞらえて描く、ロマンティックで少し悲しいグラムロック。
6. “人生は映画じゃない。でも映画がなければ生きていけない”——幻想と現実の交差点で生まれた名曲
「Movies」は、現実の生活において“映画のような瞬間”を追い求め、それが叶わないことに絶望しながらも、それでも夢を見続けたいという人間の本能的な欲求を、言葉と音楽で深く描いた作品である。
Weyes Bloodの音楽には、1970年代のレトロなサウンドと現代的な憂いが同居しており、その魅力はまさに**“時間軸の外にある”感覚を与えてくれること**にある。現実を正面から描くのではなく、幻想や想像力のなかで現実と向き合うという、21世紀的な生き方の音楽的表現なのだ。
映画が好きな人、映画のような恋や人生に憧れながらも、そこに到達できないもどかしさを抱えている人。そんなあなたにとって、「Movies」はまさに心のフィルムをもう一度回すための主題歌となるだろう。たとえ現実が映画のようでなくても、この音楽があなたの世界に光を当ててくれる。あなたが、あなた自身の映画の主役であることを思い出させるために。
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