アルバムレビュー：Shoot Out at the Fantasy Factory by Traffic

アルバムレビュー

2025.04.192025.04.26

発売日: 1973年2月
ジャンル: ジャズロック、プログレッシブロック、ファンクロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）

概要

『Shoot Out at the Fantasy Factory』は、Trafficが1973年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、前作『The Low Spark of High Heeled Boys』で築かれたジャズロック志向をさらに深化させた作品である。
サウンド的にはよりファンクやリズムの厚みに比重が置かれ、セッション的な即興性よりも、バンドアンサンブルとしての“緊密さ”と“構造的展開”に重きが置かれている点が特徴である。

本作は前作同様、Islandレーベルとの黄金期に制作され、ロンドンとジャマイカでレコーディングが行われた。
メンバーはスティーヴ・ウィンウッド（ヴォーカル、キーボード、ギター）、ジム・キャパルディ（ドラムス、歌詞）、クリス・ウッド（サックス／フルート）に加え、セッション・メンバーとしてマッスル・ショールズ出身のリズム隊（デヴィッド・フッドとロジャー・ホーキンス）が参加し、グルーヴ感により重厚な深みが加えられている。

全5曲という収録数ながら、それぞれが6〜7分以上の大曲であり、楽曲構造は広がりと密度を兼ね備えている。
スピリチュアルな空気感とアーバンな洗練を併せ持ち、“幻想工場での銃撃戦”という比喩的タイトル通り、混沌と秩序、現実と幻影のはざまを行き来するような音世界が広がっている。

全曲レビュー

1. Shoot Out at the Fantasy Factory

アルバムのタイトル曲にして、緊張感に満ちたファンク／ジャズロックの幕開け。
スティーヴ・ウィンウッドのワウギターとタイトなベースラインが全体を牽引し、都市の雑踏と幻想の交錯を音に変換したかのような空間性をもつ。
“Fantasy Factory”という言葉が、音楽産業そのものを暗喩しているとも読める。

2. Roll Right Stones

10分を超える長尺トラックであり、全編にわたってミニマルかつじわじわと高揚していく構成が特徴。
歌詞は“転がり続ける石”に自己の旅や人生の比喩を託し、ジャズ的な即興とスピリチュアルなムードが交錯。
サックスとキーボードの掛け合いがとりわけ印象的で、深夜のジャムセッションのような空気を醸し出す。

3. Evening Blue

本作中でもっとも静謐でメランコリックなバラード。
“夕暮れの青”というタイトルが象徴するように、内省的な孤独と美しさが同居した一曲。
ウィンウッドのソウルフルなヴォーカルが、沈みゆく太陽のようにじんわりと胸を打つ。

4. Tragic Magic

インストゥルメンタルのジャズ・ファンク。
クリス・ウッドのサックスがリードを取り、ミッドテンポのリズムと絶妙なタイム感で展開していく。
“悲劇的な魔法”という矛盾的なタイトルが、曲の奇妙な浮遊感と予測不可能な展開にぴったりはまる。

5. (Sometimes I Feel So) Uninspired

アルバムのラストを飾るスローなブルース・ナンバー。
“時々、何もインスピレーションが湧かないんだ”という虚無感に満ちたリリックが、逆説的に深い共感を呼ぶ。
ウィンウッドの歌唱とオルガンが渦を巻くように絡み、聴く者を音の深淵へと引き込む。

総評

『Shoot Out at the Fantasy Factory』は、Trafficというバンドが“音の構築者”としての側面を前面に押し出し、リズム、メロディ、即興性の緊張関係を精緻に組み立てた作品である。
このアルバムでは、“幻想の工場＝音楽産業”の中で、自らの誠実さと創造性を保とうとするバンドの葛藤が、ジャズとロックの融合によって象徴的に描かれている。

全体のトーンは前作よりもやや硬質で、感情よりも構造、叙情よりもグルーヴに重きが置かれており、聴き手に即座の快楽よりも“じっくりと耳を傾けること”を要求するアルバムである。
その分、何度も聴くことで浮かび上がってくる深層のリズム、言葉にできない陰影があり、リスナーにとって“音楽との対話”を促す作品となっている。