発売日: 2002年4月22日
ジャンル: エレクトロニカ、ダーク・ポップ、インダストリアル・ロック、トリップホップ
概要
『Bloodsport』は、Sneaker Pimpsが2002年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、
内省的な電子音楽と暴力的な比喩が交錯する、“快楽と破壊のエレクトロ・ノワール”として高く評価された作品である。
前作『Splinter』でヴォーカルをクリス・コーナーに交代し、バンドはより内面へと沈み込む暗いトーンへと移行したが、
『Bloodsport』ではその方向性をさらに深めながら、ビートの強度を高めた“攻めの静寂”が導入されている。
アルバム・タイトルの「Bloodsport（流血の競技）」が象徴するように、
本作には性愛、権力、痛み、暴力といった欲望の極限にある生々しい感情と身体性が滲んでいる。
同時に、サウンド面ではエレクトロクラッシュやインダストリアルロックの要素を取り込み、
2000年代初頭の暗黒エレクトロ／ポストトリップホップの重要作として再評価されるべき一枚なのだ。
全曲レビュー
1. Kiro TV
不穏な電子音とアシッド的シンセが交錯するイントロダクション。
“キロTV”という架空のチャンネル名が、メディアと暴力の交錯する虚構世界を予告する。
2. Sick
アルバムの中核を成すエレクトロ・ロックナンバー。
“病的な愛”を描いたリリックは、執着と依存、性的暴力のスレスレを描くラブソング。
3. The Fuel
ダークなベースラインとミニマルなビートが特徴。
“燃料”というタイトルが示すように、感情を突き動かす衝動＝破壊の源泉をテーマとする。
4. Bloodsport
タイトル曲。
静かで不穏な序盤から、徐々にエネルギーを高める構成が印象的。
恋愛や欲望を“流血のスポーツ”になぞらえたメタファーは圧巻。
5. Black Sheep
ゆったりしたテンポと陰鬱なメロディラインが光る。
“はぐれ者”としての孤独と自己否定が、エレガントに表現された痛みのバラード。
6. Small Town Witch
ゴシックな質感を持つエレクトロクラッシュ・チューン。
“田舎町の魔女”というテーマが、社会的逸脱者へのシンパシーとアイロニーを同時に示す。
7. Lightning Field
前作からの再録。
エモーショナルで叙情的なサウンドが、本作の中でも一際静謐な瞬間を演出。
8. Bloodsport (Reprise)
タイトル曲のアンビエント風リワーク。
血の匂いが薄まり、代わりに空間の広がりが漂う。
9. Blue Movie
ポルノと夢の間を揺れるような音像。
“青い映画”という隠喩が、欲望と欺瞞、快楽と倦怠を映し出す。
10. Grazes
シューゲイザー的なギターのフィルターとレイヤーが印象的。
“擦り傷”という繊細なタイトル通り、静かに痛みを訴える詩的なナンバー。
11. Soft
ミニマルでありながら濃密な空気を漂わせる楽曲。
“Soft”＝柔らかさという言葉に、脆弱性と快楽の両義性が込められている。
12. Loretta Young Silks
女優ロレッタ・ヤングにちなんだタイトル。
クラシックな美と、時代に押し潰された女性像の二重性がモチーフに。
総評
『Bloodsport』は、Sneaker Pimpsのディスコグラフィにおいて、最も鋭利で、最も物語性が深く、
最も肉体的なアルバムとして位置づけられる作品である。
クリス・コーナーのボーカルはここで完全に板につき、
アンドロジナス（両性具有的）な声色が、性や痛みに対する曖昧な立ち位置を強化している。
その結果、本作は“ただの電子音楽”ではなく、生身の人間の葛藤や暗部を直視するアートとして成立している。
トリップホップの文脈から始まった彼らが、
ここではエレクトロクラッシュ、インダストリアル、アートポップといったジャンルを横断しながら、
独自の“耽美と破壊の詩学”を完成させたことは、過小評価されてはならない。
本作を最後にバンドは長期の沈黙に入るが、
『Bloodsport』は今なお、時代の皮膚に爪を立てるような音楽として、生々しく鳴り続けている。
おすすめアルバム
- IAMX / The Alternative
クリス・コーナーのソロプロジェクト。『Bloodsport』の世界観をさらに深化。 - Nine Inch Nails / With Teeth
エレクトロ・ロックと内面の暴力性を突き詰めた作品。 - Goldfrapp / Black Cherry
セクシュアルで官能的なエレクトロ・ポップとの共振。 -
Depeche Mode / Playing the Angel
ダークで宗教的、官能的な電子音楽の現在形。 -
Placebo / Sleeping with Ghosts
性的曖昧性とロマンティシズムが同居する、痛みのロック。
歌詞の深読みと文化的背景
『Bloodsport』の歌詞は、性的メタファー、暴力、孤独、社会的逸脱といったテーマが濃密に織り込まれており、
90年代の“クィア感覚”やポストモダンな身体性の表現としても読み解くことができる。
「Sick」や「Blue Movie」では、快楽がどこまで許されるのか、という倫理と快楽の臨界点を探るような言葉が並び、
「Small Town Witch」では、社会に適応できない“異端”に対する共感と投影が露わになる。
また、“Bloodsport”というコンセプト自体が、
恋愛や人間関係が“感情の格闘技”であることを認めたうえで、その痛みごと肯定しようとするアルバムの姿勢を体現している。
『Bloodsport』は、ただの音楽作品ではない。
それは、深夜の鏡に映る自分の姿と正面から向き合うような、極めてパーソナルで暴力的な祈りの記録なのだ。
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