YYZ by Rush(1981)楽曲解説

1. 歌詞の概要(インストゥルメンタル曲のため解説形式)

「YYZ(ワイ・ワイ・ゼット)」は、カナダのプログレッシブ・ロック・トリオ、Rush(ラッシュ が1981年に発表したアルバム『Moving Pictures』に収録されているインストゥルメンタル楽曲であり、彼らの音楽的技巧と創造性を象徴する代表的な一曲です。

タイトルの「YYZ」とは、カナダ・オンタリオ州トロントの ピアソン国際空港 のIATA空港コードのことで、Rushのメンバーにとっては故郷への入り口、すなわち“帰る場所”として特別な意味を持っています。この楽曲は、空港の滑走路に降り立った瞬間の高揚感や、旅の終わりに感じる安堵、そして飛行の躍動感を、言葉を使わずに音だけで鮮烈に表現した作品です。

2. バックグラウンドと制作背景

「YYZ」は、ゲディー・リー(ベース/シンセサイザー/ボーカル)ニール・パート(ドラム) によって共作されました。特筆すべきは、曲のイントロで使用されている独特なリズムパターン。これは モールス信号による“YYZ”の符号(・−・− ・−・−− −−・・) を、5/4拍子のパルスとしてベースとドラムで再現しているという、極めて知的で遊び心に満ちたアイデアに基づいています。

この発想は、ニール・パートが実際に空港のナビゲーション無線(VORビーコン)から発せられる「YYZ」のモールス信号を耳にした際に、「これをリズムにしたら面白いのでは」と思いついたことから始まったとされています。結果として生まれたのは、Rushならではのテクニカルで複雑、かつメロディックなインストゥルメンタル作品でした。

3. 曲構成と演奏技術の魅力

「YYZ」は、約4分半の中に 複雑な拍子転換、スリリングなリズム、リードベースの見せ場、ドラムの変幻自在なフィルイン、ギターソロの爆発力 といった、Rushの3人の演奏力が余すところなく詰め込まれています。

  • イントロでは、先述したモールス信号を模した5/4拍子のベースとドラムのユニゾンが、トランスのようなリズム感を生み出します。

  • ヴァース的な部分では、ベースとギターが交互にリードをとりながら、音楽的に“会話”をしているかのような構成。

  • 中盤のソロセクションでは、アレックス・ライフソン(ギター)がギターの音を空間的に広げるプレイを展開し、ジャズやフュージョンの影響も感じられる即興性を披露。

  • 終盤では、ふたたびモールスリズムが戻ってきて、曲全体が「環状構造」として締めくくられます。

Rushの持つ「3人とは思えない音の密度」を象徴する楽曲であり、各楽器が一体となって音の構造体を築き上げる様は、まさに建築的です。

4. YYZの文化的・象徴的意義

Rushにとっての「YYZ」は単なる空港コードではなく、“帰郷”や“自分たちのルーツ”を象徴するサウンド・アイコンです。ワールドツアーで各地を回った後、YYZに戻ることは「日常への回帰」であり、「ホーム」の感覚を取り戻す瞬間。それゆえ、この曲には郷愁や誇りが強く込められていると解釈することもできます。

また、この曲はライブでも頻繁に演奏され、Rushファンにとっては“演奏力の証明”のような存在になっています。ライブではしばしばメンバーのソロパートに移行し、観客との一体感を高めるクライマックスとして機能します。

さらに、「YYZ」はインストゥルメンタル楽曲としては異例の人気と知名度を誇り、1982年にはグラミー賞「最優秀ロック・インストゥルメンタル」部門にノミネートもされました。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • La Villa Strangiato by Rush
    1978年のインストゥルメンタル曲。クラシック、ジャズ、ロックが融合したRushの最高峰テクニカル作品。

  • Orion by Metallica
    インストでありながら物語性を感じさせる構成。YYZと同様、ベースがリードを取る場面も多い。

  • Frankenstein by The Edgar Winter Group
    70年代のインストゥルメンタル・ロックの金字塔。シンセとドラムソロが印象的。

  • Peaches en Regalia by Frank Zappa
    ジャンルを超越する構成と技巧で知られるZappaの代表的インスト曲。構築美と遊び心がYYZと通じる。

  • YYZ (Live Versions)
    特に2008年の“Snakes & Arrows Live”バージョンや“Exit…Stage Left”収録の演奏はファン必聴。

6. 特筆すべき事項:インストゥルメンタル楽曲の金字塔として

「YYZ」は、Rushというバンドの特徴――知的さ、技巧主義、実験精神、そして抑制された情熱――を凝縮した一曲です。インストゥルメンタルでありながら強烈な個性を持ち、歌詞なしで「メッセージ」を伝えることに成功した希少なロック曲でもあります。

Rushの三位一体的な演奏力、特にゲディー・リーのメロディアスなベース、ニール・パートのポリリズム的ドラム、そしてアレックス・ライフソンの空間を彩るギターが、まるで数学的な精度で絡み合いながらも、決して冷たくならない“人間的熱量”を生み出しています。


**「YYZ」**は、Rushがいかに音楽を「知性と感情の融合体」として捉えていたかを明示する作品です。言葉がなくとも、楽器だけでここまで豊かな物語を紡げるのだということを証明しており、聴くたびに新しい発見がある、永遠のマスターピースです。ロックと芸術の境界線を超えたそのサウンドは、今なお世界中の音楽ファンを魅了し続けています。

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