
発売日:1992年7月27日
ジャンル:オルタナティヴ・ロック、インディー・ロック、グラム・ロック、ロカビリー、ブリットポップ前夜の英国ギター・ロック
概要
Morrisseyのサード・ソロ・アルバム『Your Arsenal』は、The Smiths解散後の彼が、単なる元バンドのフロントマンではなく、1990年代英国ロックにおける独立した存在として再定義された重要作である。1988年のソロ・デビュー作『Viva Hate』は、The Smithsの余韻を残しながらも、スティーヴン・ストリートのプロダクションとヴィニ・ライリーのギターによって繊細な内省性を打ち出した作品だった。続く『Kill Uncle』では、より小品集的で古風なポップ感覚が前面に出たが、バンドとしての推進力という点ではやや抑制された印象もあった。
それに対して『Your Arsenal』は、明確にロック・アルバムである。Morrisseyの作品の中でも、とりわけギターの音が前面に押し出され、リズムは力強く、楽曲は短く鋭い。プロデューサーには、David Bowie、T. Rex、Mott the Hoopleなどの仕事で知られるミック・ロンソンが起用された。ロンソンの存在は、本作の音楽性を決定づけている。The Smiths的なジャングリーなギターの繊細さではなく、1970年代グラム・ロックの華やかさ、ロカビリーの肉体性、パブ・ロック的な荒々しさが導入され、Morrisseyの歌詞世界に新しい肉体感を与えた。
本作の背景には、1990年代初頭の英国社会が持つ不穏な空気がある。サッチャー政権後の社会的分断、労働者階級の不満、若者文化の変化、右翼的ナショナリズムの影、フットボール文化やストリートの暴力性。Morrisseyはこれらを直接的な社会評論としてではなく、アイロニー、誇張、登場人物の声、倒錯したロマンティシズムを通して歌う。『Your Arsenal』では、失業、孤独、欲望、暴力、階級意識、性的曖昧さ、英国的アイデンティティへの執着が、鋭いギター・サウンドの中で交錯する。
アルバム・タイトルの『Your Arsenal』は、多義的である。「arsenal」は兵器庫を意味し、同時にロンドンのフットボール・クラブであるアーセナルも連想させる。Morrisseyらしい言葉の選び方であり、個人が抱える武器、攻撃性、自己防衛、階級文化、英国的な集団意識が一語に重ねられている。本作の主人公たちは、多くの場合、強者ではない。社会の端に追いやられ、愛されず、理解されず、それでも皮肉や怒りやスタイルを武器にして生き延びようとする人物たちである。その意味で、タイトルの「武器庫」は、弱者が携える言葉、ポーズ、欲望、幻想の集積とも読める。
キャリア上の位置づけとして、『Your Arsenal』はMorrisseyが最もロック・バンド然とした音像を獲得したアルバムである。ここで大きな役割を果たしたのが、ギタリストのアラン・ホワイトとボズ・ブーラーを中心とする新たな演奏陣である。彼らは以後のMorrissey作品においても重要な存在となり、ロカビリー、グラム、ハードなギター・ロックの要素を彼の音楽へ定着させた。The Smiths時代のジョニー・マーのギターは、複雑で流麗な旋律性を持っていたが、『Your Arsenal』のギターはより直線的で、身体を揺らす力を持つ。これはMorrisseyの表現にとって大きな転換だった。
本作は、後のブリットポップにも間接的な影響を与えた。OasisやSuede、Pulp、Blurといったバンドが本格的に台頭する直前、英国ロックは新しい自己像を探していた。『Your Arsenal』は、1960年代や1970年代の英国ポップ/ロックの遺産を参照しつつ、1990年代の不満や屈折を歌う作品として、ブリットポップ前夜の空気を先取りしている。特にSuedeの性的曖昧さ、労働者階級的な演劇性、グラム・ロックの復権は、本作と並べて聴くことで時代的な連続性が見えてくる。
ただし、Morrisseyの表現は常に論争的でもある。本作にも、ナショナル・アイデンティティや階級表象をめぐって解釈が分かれる要素が含まれる。彼はしばしば危険な象徴や挑発的な言葉を使い、聴き手に不快感や疑問を残す。その曖昧さは、彼の作品を単純な政治的主張として読みにくくしている一方で、批評的な検討を必要とする要因にもなっている。『Your Arsenal』は、音楽的には非常に明快なロック・アルバムでありながら、歌詞やイメージの面では簡単に整理できない複雑さを持つ作品である。
全曲レビュー
1. You’re Gonna Need Someone on Your Side
オープニング曲「You’re Gonna Need Someone on Your Side」は、本作の方向性を一気に提示する力強いナンバーである。The Smiths的な繊細なイントロではなく、鋭いギターと推進力のあるリズムが前面に出ることで、アルバムが従来のMorrissey像から明確に踏み出していることが示される。ミック・ロンソンのプロデュースはここで早くも効果を発揮しており、音は乾いていながら厚く、バンド全体が前へ突進するような感覚を持つ。
タイトルは「君には味方が必要になる」という意味であり、直接的な励ましにも聞こえるが、Morrisseyの歌詞においては単純な温かさだけでは終わらない。ここでの「味方」は、孤独な人物が社会の中で生き延びるために必要とする支えであり、同時に、敵対的な世界を前提とした言葉でもある。つまり、この曲の出発点には、すでに対立や防衛の感覚がある。
ヴォーカル面では、Morrisseyは以前よりも力強く、やや挑発的に歌っている。彼の声には、悲哀や皮肉だけでなく、ここではロック・シンガーとしての身体的な勢いがある。サビは明快で、ライブでの合唱を想定したような開放感を持つが、その中にも孤立した者への呼びかけという緊張がある。
この曲は、『Your Arsenal』というアルバムが、弱さや孤独を単に嘆くのではなく、それを武装化する作品であることを示す。誰かが必要だという言葉は、依存の告白であると同時に、戦場のような社会を生きるための戦略でもある。冒頭曲として非常に機能的であり、本作のギター・ロック化を象徴する楽曲である。
2. Glamorous Glue
「Glamorous Glue」は、アルバムの中でもグラム・ロック色が強く、タイトル自体にもMorrisseyらしい皮肉が込められている。「glamorous」は華やかさ、「glue」は接着剤を意味するが、英国の若者文化においては接着剤の吸引など、荒廃した逃避行為を連想させる側面もある。華やかさと貧しさ、スタイルと自己破壊が結びつくことで、曲全体に不穏な魅力が生まれている。
音楽的には、T. RexやMott the Hoopleを思わせるグラム・ロックの直線的なリフが中心にある。ギターは派手すぎず、しかし十分に艶を持ち、リズムは軽快に進む。Morrisseyの声は、どこか演劇的で、英国的な退廃を楽しむようなニュアンスを帯びている。ミック・ロンソンの起用が最も分かりやすく表れた曲のひとつであり、1970年代の英国ロックの記憶を1990年代初頭の不況感へ接続している。
歌詞では、英国の社会的閉塞、若者の退屈、階級的な行き詰まりが背景にある。華やかなポップ文化のイメージとは対照的に、現実には出口のない生活があり、そこで人々はスタイルや逃避にしがみつく。「glamorous」と「glue」の組み合わせは、その矛盾を鋭く表現している。美しく見えるものが実は安価な麻痺であり、逃避が同時に自己破壊でもあるという構図である。
この曲は、Morrisseyが単に過去のグラム・ロックを懐古しているのではなく、その美学を社会的な荒廃の描写へ転用している点で重要である。音は明るく、リズムは乗りやすいが、内容は決して楽観的ではない。華やかな表面と暗い内実の落差こそが、この曲の核心である。
3. We’ll Let You Know
「We’ll Let You Know」は、本作の中でも最も不穏で、Morrisseyの英国的アイデンティティへの執着が複雑に表れた楽曲である。タイトルの「こちらから知らせる」という言い回しは、就職面接や選別の場で使われるような冷たい決まり文句を思わせる。そこには、誰かが誰かを評価し、受け入れるか排除するかを決める権力関係がある。
音楽的には、曲はゆっくりとした緊張感を持って進む。ギターの響きは重く、リズムは行進のような感覚を生み出す。派手なサビで一気に開放されるというより、抑圧された集団的な感情がじわじわと膨らむ構成である。Morrisseyの歌唱も、ここでは語るようでありながら、含みのある調子を保っている。
歌詞では、集団、男たち、ナショナルな帰属意識、暴力性が絡み合う。フットボールの観客、街頭の若者、失業や階級的不満を抱えた人々の声が重なっているようにも聞こえる。Morrisseyは、彼らを単純に称賛するのでも非難するのでもなく、彼らの中にある孤独、誇り、攻撃性、被害者意識を曖昧な距離で描く。
この曖昧さが、曲の問題性であり、同時に批評的な重要性でもある。英国社会における階級的な痛みや帰属意識は、しばしば排外主義や暴力と結びつく危険を持つ。Morrisseyはその危険な地点にあえて近づくが、明確な解答を提示しない。そのため「We’ll Let You Know」は、聴き手に不安を残す曲である。アルバムの中でも、最も慎重な読解を必要とする楽曲と言える。
4. The National Front Disco
「The National Front Disco」は、『Your Arsenal』の中でも最も論争的な楽曲である。タイトルに含まれる「National Front」は、英国の極右団体を指す言葉であり、それを「Disco」と結びつけることで、非常に挑発的な響きが生まれている。Morrisseyのキャリア全体でも、この曲は政治的解釈をめぐってしばしば議論の対象となってきた。
サウンドは、意外なほどキャッチーで、ロカビリーやグラムの要素を含んだ軽快なロックとして進む。だからこそ、タイトルや歌詞の不穏さとの落差が強まる。楽曲のメロディは親しみやすく、バンドの演奏も明快で、表面上はポップなロックンロールとして機能している。しかし、その明るさは内容の暗さを中和するのではなく、むしろ危うさを際立たせる。
歌詞では、デヴィッドという若者が極右的な世界へ引き寄せられていく様子が描かれる。家族や周囲の人々は彼を心配し、戻ってくるよう呼びかける。ここで重要なのは、Morrisseyが極右思想そのものを明確に賛美しているというより、社会から孤立した若者が危険な共同体へ吸い寄せられる過程を、奇妙な親密さをもって描いている点である。ただし、その距離感は非常に曖昧であり、批判なのか共感なのか、風刺なのかロマン化なのかが簡単には判断できない。
この曲の問題性は、まさにその曖昧さにある。極右的象徴を扱う場合、表現の距離が曖昧であれば、聴き手によっては誤読や不快感を招く。Morrisseyはしばしば、危険なイメージを美学的に使用することで、社会の暗部を描こうとする。しかし、その方法は常にリスクを伴う。「The National Front Disco」は、Morrisseyの才能と危うさが同時に表れた曲であり、本作を語るうえで避けて通れない存在である。
5. Certain People I Know
「Certain People I Know」は、アルバム前半の重いテーマから一転して、軽快なロカビリー調の楽曲である。タイトルは「私の知っている特定の人々」という意味で、Morrisseyらしい観察者の視点が前面に出ている。彼の歌詞には、しばしば身近な人物への皮肉や社会的な身振りへの違和感が描かれるが、この曲もその系譜にある。
音楽的には、ロカビリーや初期ロックンロールへの明確な接近が見られる。ギターは跳ねるように鳴り、リズムは軽快で、曲全体は短く引き締まっている。ボズ・ブーラーのロカビリー的な感覚がよく表れた楽曲であり、Morrisseyのソロ期における新しいバンド・サウンドの特徴を示している。
歌詞では、周囲の人々の振る舞い、流行への追随、表面的な成功や虚栄が皮肉られる。Morrisseyは、群れに属しながら自分を特別だと思いたい人々、スタイルを持っているようで実は借り物の身振りに依存している人々を、冷ややかに観察する。The Smiths時代から続く社会的スノビズムへの批判が、ここではより軽妙な形で表れている。
この曲の魅力は、重い批評性を持ちながらも、サウンドが非常に軽やかな点にある。Morrisseyの皮肉は、深刻なバラードだけでなく、こうしたロックンロールの形式でもよく機能する。アルバムの中では小品的だが、テンポと空気を変える重要な役割を果たしている。
6. We Hate It When Our Friends Become Successful
「We Hate It When Our Friends Become Successful」は、Morrisseyの皮肉と人間観察が最も分かりやすく表れた代表曲のひとつである。タイトルは「友人が成功すると嫌になる」という意味で、嫉妬、階級意識、友情の偽善、芸術家同士の競争心を一言で言い当てている。
音楽的には、明るくキャッチーなギター・ロックであり、サビのメロディも非常に印象的である。皮肉な歌詞を、あえて軽快で親しみやすいメロディに乗せることで、曲の毒がより強くなる。Morrisseyのヴォーカルは、嘲笑するようでありながら、どこか自分自身にも向けられているように響く。
歌詞の主題は、成功をめぐる人間関係の歪みである。友人が苦労している間は同情し、親しみを感じることができる。しかしその友人が成功した途端、祝福よりも嫉妬や不快感が生まれる。これは音楽業界や芸術の世界だけではなく、日常的な人間関係にも広く当てはまる。Morrisseyはその醜さを、道徳的に説教するのではなく、喜劇的に暴き出す。
この曲は、彼のソングライターとしての鋭さを示している。複雑な感情を、短いタイトルと分かりやすいメロディで表現する能力は非常に高い。『Your Arsenal』の中でも、社会批評とポップ・ソングとしての即効性が最もよく結びついた楽曲である。
7. You’re the One for Me, Fatty
「You’re the One for Me, Fatty」は、タイトルからしてMorrisseyらしい挑発的なユーモアを持つ楽曲である。「Fatty」という呼びかけは粗野で、親密さと侮蔑が同時に含まれる。Morrisseyの歌詞では、愛情表現がしばしば不器用で、過剰で、奇妙に失礼な形を取るが、この曲はその典型である。
サウンドは、軽快なギター・ロックで、ポップな親しみやすさがある。メロディは非常に分かりやすく、ライブ向きの明快な構成を持つ。タイトルの奇妙さに対して、楽曲そのものはむしろ古典的なラブソングの形式に近い。このギャップが曲の魅力を作っている。
歌詞では、理想化された美しさやロマンティックな表現から外れた愛が描かれる。ここでの「Fatty」は、単なる身体への言及として受け取ると問題を含むが、Morrissey的な文脈では、標準的な恋愛表現を崩すための不器用な愛称としても機能している。彼のラブソングは、しばしば美しい言葉ではなく、滑稽で傷つきやすい言葉によって成り立つ。
この曲の重要性は、Morrisseyが愛を常に優雅なものとしてではなく、ぎこちなく、社会的に不適切で、少し醜いものとして描く点にある。そこには、規範的な美や恋愛の形式への反発がある。ただし、表現の粗さが聴き手に違和感を与える可能性もあり、その点も含めてMorrisseyらしい楽曲である。
8. Seasick, Yet Still Docked
「Seasick, Yet Still Docked」は、本作の中でも特に内省的で、沈んだ美しさを持つ楽曲である。タイトルは「船酔いしているのに、まだ港に停泊している」という意味で、動き出してもいないのにすでに疲弊している状態を示している。これはMorrisseyの孤独や停滞感を象徴する非常に優れた比喩である。
音楽的には、アルバム中盤までのロックンロール的な勢いから離れ、テンポを落としたバラードとして進む。ギターの響きは抑制され、メロディは陰影を帯びている。Morrisseyの声は、ここでは攻撃性よりも疲労と諦念を強く表現している。ミック・ロンソンのプロデュースも、過度に装飾せず、曲の孤独を引き立てる方向で機能している。
歌詞では、人生の出発点にすら立てないような無力感が描かれる。船酔いは通常、海に出た者が経験するものだが、この曲の語り手はまだ港にいる。つまり、行動する前からすでに挫折し、未来へ向かう力を失っている。この比喩は、社会的な停滞、恋愛の不能、自己嫌悪、鬱屈した内面を一度に表現している。
『Your Arsenal』は全体として力強いロック・アルバムだが、この曲があることで、Morrisseyの本質的なメランコリーが失われていないことが分かる。外側では武装し、皮肉を言い、ロックンロールのポーズを取っていても、内側には出航できないまま傷ついている人物がいる。この曲は、その内面を最も静かに明かす重要な場面である。
9. I Know It’s Gonna Happen Someday
「I Know It’s Gonna Happen Someday」は、Morrisseyのソロ・キャリアの中でも屈指のドラマティックなバラードである。後にDavid Bowieがカバーしたことでも知られ、MorrisseyとBowie的な演劇性、グラム・ロックの系譜を結びつける楽曲としても重要である。タイトルは「いつかそれが起こることを知っている」という希望の言葉だが、その響きには不確かさと切実さが混ざっている。
音楽的には、スローなテンポから大きく感情を高めていく構成を持つ。ミック・ロンソンのプロデュースは、ここで非常に劇的に機能している。ピアノやギターの響きは荘厳で、曲が進むにつれてスケールが広がる。Morrisseyのヴォーカルも、抑えた語りから徐々に高揚していき、最後には祈りのような強度を帯びる。
歌詞では、愛や救済がいつか訪れるという希望が歌われる。しかし、それは明るい確信ではなく、ほとんど絶望に近い場所から発せられる信念である。現在は満たされず、愛されず、救われていない。それでも「いつか起こる」と言い続けることが、語り手にとって唯一の支えになっている。この構図は、Morrisseyのロマンティシズムの核心である。
この曲の特徴は、皮肉が比較的薄く、感情の大きさが正面から提示されている点にある。Morrisseyはしばしば自己憐憫や誇張をユーモアとして扱うが、ここではその誇張がほとんど宗教的な祈願に近づく。『Your Arsenal』の中でも、最も壮大で、最も感情的なピークと言える楽曲である。
10. Tomorrow
アルバムの最後を飾る「Tomorrow」は、Morrisseyの代表的な終曲のひとつであり、『Your Arsenal』のテーマを締めくくるにふさわしい楽曲である。タイトルの「Tomorrow」は未来を意味するが、Morrisseyの歌詞において未来は単純な希望ではない。むしろ、今を耐えるために想像される、まだ来ない不確かな時間である。
サウンドは、力強いギターと重心のあるリズムを持ち、アルバムのロック的な方向性を最後まで保っている。メロディは哀愁を帯びながらも大きく、Morrisseyの声は切実に響く。楽曲全体には、終わりに向かう高揚感と、解決されない孤独が同居している。
歌詞では、愛、拒絶、未来への問いかけが中心にある。語り手は、相手に対して明日も自分を愛してくれるのか、あるいは受け入れてくれるのかを問い続ける。ここでの「明日」は、単なる翌日ではなく、関係が継続するかどうか、存在が肯定されるかどうかの象徴である。Morrisseyの歌において、愛されることはしばしば生存の問題に近い。この曲でも、恋愛の問いが、自己の存在価値そのものへと拡大している。
終曲としての「Tomorrow」は、『Your Arsenal』が怒りや皮肉、社会批評だけのアルバムではないことを示す。最終的に残るのは、誰かに選ばれたい、明日も存在を認められたいという非常に単純で切実な願いである。冒頭の「You’re Gonna Need Someone on Your Side」と呼応するように、アルバムは他者の必要性をめぐって閉じられる。そこには、Morrisseyのソロ作品に一貫する孤独とロマンティシズムが凝縮されている。
総評
『Your Arsenal』は、Morrisseyのソロ・キャリアにおける最重要作のひとつであり、彼がThe Smithsの影から完全に離れ、1990年代の英国ロックの中で独自の身体性と攻撃性を獲得したアルバムである。『Viva Hate』が繊細な移行作であり、『Kill Uncle』が小品的なポップ・アルバムであったとすれば、『Your Arsenal』はバンド・サウンドの力によってMorrisseyを再武装させた作品である。
本作の最大の特徴は、グラム・ロックとロカビリーの導入である。ミック・ロンソンのプロデュースは、Morrisseyの歌に1970年代英国ロックの艶と荒々しさを与えた。ボズ・ブーラーとアラン・ホワイトを中心とする演奏陣も、The Smithsとは異なる直線的なギター・サウンドを作り出し、以後のMorrisseyの基本形を定めた。これにより、彼の音楽は内省的なインディー・ポップから、より肉体的なロックへと変化した。
歌詞面では、孤独、嫉妬、階級、英国的アイデンティティ、暴力性、愛への渇望が複雑に絡み合っている。「We Hate It When Our Friends Become Successful」では人間関係に潜む嫉妬を喜劇的に暴き、「Seasick, Yet Still Docked」では行動する前から疲れ切った人物の内面を描く。「I Know It’s Gonna Happen Someday」と「Tomorrow」では、救済や愛への希望が、ほとんど祈りのように提示される。一方で、「We’ll Let You Know」や「The National Front Disco」では、英国社会の暗部に接近することで、作品全体に危険な緊張を与えている。
この危険さは、本作を評価するうえで避けて通れない。Morrisseyはしばしば、挑発的な象徴や曖昧な語りを用いることで、社会の不安や疎外された人々の感情を描こうとする。しかし、その方法は常に倫理的なリスクを伴う。特にナショナリズムや極右的なイメージを扱う場合、批判と共感の距離が曖昧になることで、聴き手に強い違和感を与えることがある。『Your Arsenal』は名盤であると同時に、無批判に称賛するだけでは不十分な作品でもある。
しかし、その複雑さこそが本作の歴史的な重要性を高めている。1990年代初頭の英国ロックは、まだブリットポップの明確な物語を持つ前の段階にあった。『Your Arsenal』は、グラム・ロックの再評価、労働者階級的なロマンティシズム、英国性への執着、インディー・ロックの自己意識を結びつけ、後のSuedeやOasis、Pulpの時代へ向かう空気を先取りした。もちろんMorrisseyはブリットポップそのものではないが、その前史として本作が持つ意味は大きい。
日本のリスナーにとって『Your Arsenal』は、The Smiths以後のMorrisseyを理解するための最初の重要な入口になりうる作品である。The Smithsの繊細なギター・ポップを期待すると、冒頭から鳴る力強いロック・サウンドに驚くかもしれない。しかし、歌詞の孤独、皮肉、愛への渇望、社会から外れた者への視線は、The Smiths時代から連続している。違うのは、その感情がより武装され、より大きな音で鳴らされている点である。
『Your Arsenal』は、甘美なメランコリーだけのアルバムではない。そこには嫉妬があり、悪意があり、危険な幻想があり、救いへの願いがある。Morrisseyはそれらを整理された道徳の言葉ではなく、ロックンロールの身振り、グラムの艶、ロカビリーの跳ね、そして独特の歌詞のねじれによって提示する。そのため本作は、聴きやすいギター・ロックでありながら、聴き終えた後に不穏な問いを残す。
総合的に見て、『Your Arsenal』はMorrisseyのソロ作品の中でも、音楽的な統一感、歌詞の鋭さ、時代性の反映という点で非常に完成度が高い。『Vauxhall and I』の内省的な美しさとは異なり、本作には外へ向かうエネルギーがある。孤独な人物が、ただ部屋で嘆くのではなく、言葉とスタイルを武器にして世界へ出ていく。その危うい姿を捉えたアルバムとして、『Your Arsenal』はMorrisseyの「武器庫」というタイトルにふさわしい作品である。
おすすめアルバム
1. Morrissey『Viva Hate』
The Smiths解散後のMorrisseyのソロ・デビュー作であり、彼のソロ表現の出発点である。『Your Arsenal』のような力強いロック色はまだ薄く、より繊細でメランコリックな音像が中心となっている。「Suedehead」や「Everyday Is Like Sunday」など、ソロ初期の代表曲を含み、The Smithsからソロへの移行を理解するうえで重要な一枚である。
2. Morrissey『Vauxhall and I』
『Your Arsenal』の次に発表されたアルバムで、より内省的で静かな美しさを持つ作品である。攻撃的なギター・ロックから一歩引き、孤独、死、愛、記憶を繊細に描いている。Morrisseyのソロ最高傑作として語られることも多く、『Your Arsenal』の外向きのエネルギーと対比することで彼の表現の幅が見えてくる。
3. The Smiths『The Queen Is Dead』
Morrisseyの作詞家としての核心を知るために欠かせないThe Smithsの代表作である。ジョニー・マーの流麗なギターとMorrisseyの皮肉、孤独、英国社会への批評が高い水準で結びついている。『Your Arsenal』の歌詞にある英国性や階級意識、ユーモアの源流を理解するうえで重要な作品である。
4. David Bowie『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』
ミック・ロンソンのギターとアレンジが大きな役割を果たしたグラム・ロックの古典であり、『Your Arsenal』の背景を理解するうえで重要なアルバムである。演劇性、性的曖昧さ、ロックンロールの華やかさと退廃は、Morrisseyのソロ期の美学にも通じる。特に『Your Arsenal』のグラム色を深く味わうための参照点となる。
5. Suede『Suede』
1993年に登場したSuedeのデビュー・アルバムで、ブリットポップ前夜から初期にかけての英国ロックの空気を象徴する作品である。グラム・ロックの影響、性的曖昧さ、都市の孤独、英国的な退廃という点で『Your Arsenal』と強く響き合う。Morrissey以後の英国ロックがどのように彼の美学を継承し、変形したかを知るうえで有用な一枚である。

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