アルバムレビュー:Wonderful Wonderful by The Killers

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発売日: 2017年9月22日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、ニュー・ウェーブ


脆さと祈りの音風景——“英雄”像の解体と再構築を試みたThe Killersの内省作

Wonderful Wonderfulは、The Killersにとって5枚目のスタジオ・アルバムであり、キャリアで最もパーソナルなアルバムとも称される作品である。
前作Battle Bornがアメリカ的ロックの壮大さを押し出した内容だったのに対し、本作ではフロントマンのブランドン・フラワーズが、自身の家族、信仰、男性性の葛藤といった内なる問題に切り込みながら、それをポップとロックの形式で表現するという、非常に大胆な試みがなされている。

音楽的にも、従来のThe Killersが得意としたアンセミックな高揚感から距離を置き、ダークで緊張感のあるアートロック的サウンドが中心となっている。
プロデューサーにはJacknife Lee(U2R.E.M.など)が迎えられ、ソリッドで陰影のある音作りが全体を引き締めている。
これは、ロックスターの仮面を一度外し、“父”であり“夫”である自分自身を舞台に立たせたThe Killersの異色作なのだ。


全曲レビュー

1. Wonderful Wonderful

アルバムの冒頭を飾る、不穏で重たいミッドテンポのトラック。
砂漠の風を思わせるシンセとギターが、精神的な旅の始まりを告げる。

2. The Man

ファンキーでグルーヴィーな異色曲。
“俺は男だぜ”というマッチョなキャラを戯画的に演じることで、逆説的に“男性性”を問い直す。
MTV的イメージと自己批判が共存する、鋭いポップアート。

3. Rut

アルバム中もっとも痛切で真摯な楽曲。
フラワーズの妻のうつ状態に触れた歌詞は、「I’m climbing, I’m trying」というリフレインに昇華され、希望という名の繰り返しとして響く。

4. Life to Come

スプリングスティーン的な構成に、U2的な高揚感を重ねた一曲。
未来に対する祈りと、信仰的なテーマが浮かび上がる。

5. Run for Cover

初期The Killersのエネルギーを思わせる高速ナンバー。
政治的な比喩と、逃げることでしか得られない自由についての物語が交差する。

6. Tyson vs Douglas

タイソンが敗れた試合にインスパイアされた、ヒーロー像の崩壊を描いたロックチューン。
フラワーズ自身の“信じていたものが崩れる”瞬間と重ね合わせられている。

7. Some Kind of Love

ブライアン・イーノのアンビエントトラックをベースにした、静謐なラブソング。
“君はこの愛のなかで守られている”という優しさが、エレクトロニックな浮遊感とともに響く。

8. Out of My Mind

ノスタルジックなギターと、カメラのフラッシュのような歌詞が印象的な曲。
自己肯定と狂気の境界をユーモラスに描く。

9. The Calling

ギターリフがうねるゴスペル調のロックナンバー。
冒頭では俳優ウディ・ハレルソンによる聖書朗読が入り、信仰と誘惑の二項対立を強く印象づける。

10. Have All the Songs Been Written?

ピアノバラードに近い、静かなクロージング・トラック。
創作の意味、言葉の力、それらへの疑念と希望が静かに語られる。


総評

Wonderful Wonderfulは、The Killersがこれまで築いてきた“ロック・ヒーロー”像を一度解体し、人間的弱さや脆さをさらけ出すことによって、再び立ち上がろうとしたアルバムである。
それは必ずしも聴きやすい作品ではないし、かつての煌めくような高揚感は控えめかもしれない。

だがそこには、誠実な問いと、音楽による癒しの力がたしかに息づいている。
華やかさの裏にある日常の影と、それでも前へ進もうとする意志——
それを歌えるロックバンドであり続けることこそが、The Killersの“進化”であり、“祈り”なのだ。


おすすめアルバム

  • Songs of Experience by U2
     ——成熟した視点から“個人”と“世界”を見つめ直した叙情的なロック。
  • Skeleton Tree by Nick Cave & The Bad Seeds
     ——喪失と愛をめぐる、痛みの中から生まれた詩的傑作。
  • A Moon Shaped Pool by Radiohead
     ——音響と内省が交錯する、静かなカタルシスに満ちた作品。
  • Ghosteen by Nick Cave & The Bad Seeds
     ——父性、死、希望の再構築。Wonderful Wonderfulの精神的親戚とも言える。
  • We Got It from Here… Thank You 4 Your Service by A Tribe Called Quest
     ——混沌の時代における“自己”と“集団”の在り方を問う、ジャンルを超えた問い。

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